二手
何度かの野営を繰り返し、あと少しでレティア国に辿り着こうというところで、アレン達は最後の山の麓で一つ休憩をしていた。
「とりあえず、ここからは二つに分かれようと思う」
見張り以外の皆を集め、円陣を組むように固まる中心でアレンは口にする。
「今のところこれといった襲撃はない。見張りの人間が頑張ってくれたおかげで暗殺は阻止できたし、夜襲も少なかった。だからそろそろ二手に分かれるべきだろう」
「どうしてですか? あと少しというのであれば、このまま固まって最後までお連れした方が危険性は少なくなると思いますが」
アレンの横に張り付くようにして聞いていたセリアが首を傾げる。
兵士達の「そこまでくっつかなくてもいいんじゃないですかねぇ~? イラッ(怒)」の視線はもちろん無視だ。
「単純な話、リスクの問題だな。確かに固まっていた方が護る人数も増える。けど、そもそも戦争にならない方がリゼ様を守れる確率も上がる。乱戦になったら、手持ちの帝国兵だけじゃ心許ないっていうのが失礼な話本音だ」
聞いていたリゼが連れてきた帝国兵の顔が険しくなる。
だが、ここで口を挟まないのはアレンが自分達以上に実力があるからだ。加えて、真剣に主人のことを考えている人間にちっぽけなプライドを挟んで異論を出すなど護衛としては失格。
主人の生存率を上げるなら、我慢は必須なのだ。
「どうせ、向こうさんは俺達のルート……レティア国に差し掛かる直前でもう一度戦争を始めるのは目に見えている」
「何せ、待ち伏せして手持ちの兵士を一気にぶち込んだ方が私を殺せる確率も上がるものね。残念なことに、ルートを変えていたけど第二王子側に特定されているでしょうから」
「何度も夜襲と暗殺未遂を繰り返されたのがいい証拠だな。ご丁寧にストーキングの実績を残していやがる。アピールこそ大事って何か履き違えた頭のおかしな連中ばかりで涙ものだよ」
行く先は把握している。
ちまちま兵士を投入して撃退されるよりかは、手持ちの駒全てを使った方が勝算が上がるのは分かり切っていることだ。
そして、分かっているからこそアレン達はその戦争から避けようと考えている。
何せ、そもそも論戦争さえしなければリゼが危ない目に遭うこともアレン達が命を賭けることもなくなるのだ。
「話は戻すが、二手に分かれるのは念のためでもある。戦争を避けようとルートを変えたところで、もしかしたらストーカーさんが報告してまた先回りをされるかもしれん。だから、二手に分かれて一方に情報を引き付けようと思う」
「となると、二手に分かれるのであれば……私とご主人様、それとその他ということろでしょうか」
「至極真面目に言っているから至極真面目に返そう……アホかボケ」
横に座るセリアの額をデコピンするアレン。
特段そこまで強くはなかったのだが、額を押さえて「痛いです……」と上目遣いを見せたセリア。
思わずドキッとしてしまったのは内緒である。
「順当に考えると、私とアレン、うちの兵士で、セリアとそっちの騎士ってところかしら? 同じ女であるセリアが顔を隠してくれれば偽装はできるでしょ」
「いや、できればおたくの兵士はリゼ様と一緒にしたくない。帝国兵を連れて行くと「こっちにいるかも?」って思われる可能性があるからな」
逆に言えば、リゼと違う集団にいれば更にストーカーを誤魔化せる要因が増える。
人数は少数に絞り、セリア達の集団こそ本命だと思わせたいのがアレンの考えだ。
「ご主人様と離れ離れ……」
「どうせすぐにレティア国に辿り着く。嫌でも合流はできるから寂しがるな」
「……だったら、今のうちにご主人様成分を補給しておきます」
「はいはい、お好きにどーぞ」
アレンが諦めたように両手を上げると、セリアが甘えるように抱き着いた。
これで納得してくれるのなら安いものだが、周囲の兵士達からの舌打ちが先程から凄まじい。
無事に合流できたとしても、そのあとが心配になって来たアレンであった。
「っていうわけだ、てめぇらは俺についてくる人間を決めとけ。人数は十人ぐらいでいい」
『『『『『ういーっす』』』』』
「言っとくが、いつもの通り死にそうになったら逃げていい。どうせ逃げても護衛対象はこっちにいるんだ、命あっての物種だってこと忘れんなよ」
アレン達王国兵のモットーは『命あっての物種』。
帰る家があるからこそ、帰らせてあげるのがアレンの方針であり、それに王国兵は感謝している。
こうして適当に返事をしているが、きっとそのような時になれば逃げることはないだろう。
何せ、逃げた先に敬愛すべき大将がいるのだから。
「っていうわけで、さっさと分かれて出発するぞ。早く帰ってこれまでのことは酒の肴にしようぜ」
♦♦♦
そして、それから少しして。
無事に分かれるメンバーが決まったアレン達は現在、大人数の兵士と別れて森の中へと入っていいた。
「お姫様に登山をさせるって、あとで帝国から果たし状がこないかな?」
生い茂る草木。視界は遮蔽物が多くて見晴らしも悪く、足元は整備されていないので歩き難い。
アレンの横には、ローブで全身を隠しているリゼの姿。
馬車はカモフラージュのためにセリアへ渡してしまったため、彼女は険しい山道を歩け歩けの状態であった。
「フォークすら持てない箱入りお姫様じゃないから安心しなさい。果たし状が来るとしても、それは覗きが理由ね」
「おっと、未遂で終わったのに帝国さんは根に持つタイプのようだ」
そもそも未遂の時点でアウトなのだが、それはそれ。
リゼの様子を見ていても疲れている様子もキツそうな様子もない。
本人の言う通り、箱入りのお姫様というわけではなさそうだ。
「それにしても、よかったの? 向こうを囮にするような真似をして」
「目標を履き違えんじゃねぇよ、帝国のお守り姫。俺達は無事にリゼ様をレティア国に連れて行けばいいだけで、向こうは鬼さんから逃げ切るだけで賞金がもらえるんだ。あいつらも馬鹿じゃねぇし、危なくなったらセリアと一緒に逃げるさ」
そう、と。
どこか釈然としない様子でリゼは頷く。
「それより、こっちを気にした方がいいんじゃねぇか? 帝国兵はおらず、飢えた狼さんが十一人。皇女様からしてみれば、よっぽど身の危険を感じるシチュエーションだと思うが」
「残念なことに、味方の帝国兵の方が身の危険を感じるのよ。それに、アレンを筆頭にそっちの兵士達は優しいっていうのはこの護衛の間に痛感したわ」
「そりゃお褒めに預かり光栄だな。なら、期待を裏切らないよう女王蟻さんを無事に巣へと帰さないと」
緊張感がないのか、それとも緊張をさせないようにしているのか。
二人は軽口を叩きながら笑い、険しい山道を兵士達と一緒に歩いて行く。
その時———
「……ん?」
ふと、アレンが横へ振り向いた。
「どうしたの?」
「いや、あれって魔法士じゃねぇか?」
そう言って指を差した先。そこには、ローブを羽織り、杖を持っている人間が数名森を歩いていた。
普通に考えれば、ここま魔法国家付近の空白地帯だ。魔法国家所属の魔法士だというのが考えられる。
「確かにそうね。にしても、どうしてここに魔法国家の魔法士がいるのかしら?」
「さぁ? 仲良く登山して山頂で弁当広げるためなんじゃね?」
空白地帯の巡回にしてはおかしな場所だ。
入り口ではなく、完全に森の中へと入っている。巡回というよりかは、何かを探しているような感じだろう。
とにかく、厄介なことになる前にこの場を離れよう。
そう思い、リゼとアレンは先を歩く。
「あ……?」
しかし、アレンの口からそんな呆けたような声が漏れてしまった。
それは見かけた魔法士が足を止め、火が浮かぶ杖をこちらに向けているからであり―――
「てめぇら、食卓に並ぶチキンになりたくなけりゃ今すぐ地面に伏せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
その瞬間、アレン達の頭上に巨大な火の玉が通った。
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