覗き

「へぇー……あなたとアレンにそんな過去が」


 ちゃぷ、と。水滴の滴る音が夜風に攫われる中、リゼはセリアの話に少し感心していた。


「そういうわけですので、私は魔法国家から亡命しました。メイドとして傍にいるのも、馴れ初めは行く場のない私に傍付きという居場所を与えてくれたからです」


 魔法国家の人間が行く宛てもなく王国に居続けることなど不可能。

 アレンの権限で家と金を与えることは可能だが、知り合いもいない環境で年頃の少女だけでは不安が残る。

 故にアレンはセリアを自分の傍に置いた。何かあっても助けられるだろうし、寂しくもないだろうからと。


 結果そのあと魔法の才覚伸び魔術師として成長したのだが、セリアはその場を離れることはなかった。

 何せ───


「ここはご主人様が与えてくれた帰る場所です。魔術師になってもメイドを続けているのはそういう理由ですよ」

「……ロマンチックね」


 もちろん、辛い背景もある。決して美談とは言えないだろう。

 しかし、そのあとに与えられたのが居場所というハッピーエンドだ。

 全てが丸く収まるぐらいの幸せが訪れたのなら、今が輝いて見えるのも当たり前である。

 それも、同年代の女の子であればなおさら。

 リゼは今の話を聞いて、少しだけ羨ましく思った。


「けど、いいの? そんなにペラペラと話して」

「構いませんよ。魔法国家の内部事情を話そうが、あんな国など潰れてしまえばいいと思っています。ネタにして弱みを握っていただけるなら本望です。それに……ご主人様の素晴らしい部分を知ってほしいと思うのは、メイドの性ですから」

「そう」


 眩しいな、というのがリゼの素直な言葉であった。

 皇族として生まれてきた、セリアは貴族として生まれてきた。

 違いはあるようでない、それでもこうして本人が幸せそうな未来を掴んでいる。

 何が違ったのか? 抗おうと思えばこうした未来が掴めたのか?


(……まぁ、ね)


 眩しいからといって憧れるわけではない。

 皇族として生まれてきたことに不満はないし、所詮は隣の芝だ。

 ただちょっと、眩しいだけ。それだけだ。


『野郎共……! 準備はいいか!』


 その時、ふと近くから声が聞こえてきた。

 ここには簡易な柵を立てて周囲からは見えないように配慮がされている。

 無論、声が聞こえたというとこは柵の向こうに誰かがいるということ。

 つまり───


『大将、恐れ知らずだな!』

『馬鹿野郎! 大将はやる時はやる男だ!』

『へっ……美少女が風呂に入っている時に覗かねぇのは男が廃るよな』


 ほほう、どうやら敬愛する阿呆共は覗きを企てているらしい。

 皇族の覗きなど即刻死刑ものなのだが、どうやら彼らの頭では色欲でいっぱいいっぱいのようだ。


『今日はセリアだけではない……なんと、帝国からの美少女も一緒に入浴中! この時を逃せば、俺達は一生後悔することになるだろう!』


 うちの兵士達は何をやっているのだろうか?

 堂々と覗きを企てる王国の兵士の声を聞きながら、ふとそんなことをリゼは思った。

 とはいえ、別に覗かれてもリゼは気にしない人間。見るなら勝手に見ればいいというのが心情といった、ちょっと変わった少女である。


(どうせ、政略結婚でもすれば知らない誰かに見られるわけだし……)


 淡白というより、自分に執着がないといったところか。

 割り切れるスタンスには脱帽はするが、アレンが聞いたらどこか悲しみそうだ。

 しかし、淡白にさせている要因が正しく自分なのだから目も当てられない。


『でも大将、覗きはしないって言わなかったでしたっけ?』

『そんな記憶はない』


 浅い記憶力である。

 そのセリフを吐いたのは、ついさっきのことなのに。


『安心しろ、この人数が一斉に押しかけたところで見た者全てが即刻死刑……なんてことにはならない。何せ、俺達がいないとレティア王国まで困るからだ!』

『流石は大将!』

『狡いことを平気で考える!』

『そこにシビれる憧れるゥ!』


 こいつら、聞こえているという可能性が頭からすっぽ抜けてやがる。


(こういうところでよく頭が回るわね、この男。ふふっ、やっぱり面白いわ)


 先程聞いた美談はどこに行ったのか?

 それがどうにもおかしくて、リゼは思わず笑ってしまった。


「はぁ……まったく、ご主人様は」


 その時、目の前で浸かっていたセリアがおもむろに立ち上がった。

 そして、近くにあったバスタオルを体に巻いてペタペタと足音を立てながら歩き始める。


「あら、どこ行くの?」

「どうやら姑息な考えをお持ちの敬愛すべき阿呆共がいらっしゃるようですので───こようかと」

「そう、行ってらっしゃい」


 リゼが小さく手を振ると、セリアはペコりと頭を下げる。

 すると、セリアの体が湯気に紛れ徐々に薄くなっていった。霞がごとく、周囲の視界が悪くなったように思えば、いつの間にかセリアの姿が消えている。

 そして───


『頭の中身は煩悩だけですか、このご主人様は?』

『や、やめっ……お、俺はシャチホコのように優雅な海老反りはできなァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!???』

『『『ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! セリア様のバスタオル姿だねやったねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』』』

『俺全然見れないんだけどてめぇらズルいぞ背中いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』


 外からそんな声が聞こえてきた。

 いつの間にセリアがそっちに行ったのか? そんな疑問こそあれど、聞こえてくる声がどうにも楽しそうで、リゼは急いで立ち上がった。


「あんな面白い場所に混ざらないなんてもったいないわよね」


 いっそのことこのまま合流でもしようかしら?

 そんなことを思いながら、リゼは簡易的に作られたお風呂場をあとにした。

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