回想〜英雄〜
アレン・ウルミーラが専属メイド、セリアという少女の出自について語ろう。
本名、セリア・セレスティン。
ルーゼン魔法国家、セレスティン伯爵家に生まれたご令嬢である。
魔法国家とはその名の通り、魔法を主体として築き上げられてきた国であり、今や目覚しい発展を遂げている大国だ。
数多の魔法士が集い、日々研究を重ねて自国の文化を支えていく。
世界では「魔法を学ぶのであれば魔法国家へ!」とも言われるぐらい、魔法に関して並ぶ国はない。
その国で生まれた少女は、少し特殊であった。
魔法国家では魔法こそが主軸。魔法を上手く扱える者こそ尊敬され、優遇されてきた。
セリアは優遇者だ。誰よりも、魔法に関しての才能が誰よりも軍を抜いていた。
体内に宿る魔力総量も、魔力を扱うセンスも、魔法を覚える記憶力も、全て。
それ故に、彼女は『神童』と呼ばれる。
扱う属性は『青』、成人として成長するまでに、セリアは青属性の魔法をほとんどの習得していった。
魔術師となるのも時間の問題───それは、誰が見ても明らかだ。
セリアも魔術師を目指すつもりではあった。
周囲から持て囃されることにうんざりしそうではあったが、それでも魔法を扱う者として上を目指したいと思うのが
容姿端麗、家督、キャリア、才能問題なし。魔術師にでもなれば、いよいよ周囲は放っておかない。
そう、だから───
研究しようとした。
セリアみたいな才能ある人間を量産できないか、と。
魔術師に届きうる人間が増えれば、魔法国家はいよいよ誰の手にも止められない強国となる。
何せ、魔術師一人で戦争を動かしてしまうのだから。
帝国の皇族直属騎士団? 神聖国の聖女? 連邦の最新兵器? 知らないよそんなもん。
魔術師が増えれば、誰だって相手にならない。
それこそ、魔法国家が誇る賢者を戦に出さなくてもどこにだって勝てる。
だから、増やそう、魔術師を。
その贄に選ばれたのは───セリアであった。
「はぁ……はぁ……っ!」
だからセリア逃げた。
研究に人権なんか与えられない。何を行うにしろ、悲惨な結果は目に見えている。
人として存命できれば御の字かもしれない。上の研究者がサディストでマッドサイエンティストなのは、貴族という枠組みに入っていれば嫌でも知っている。
だからセリアは逃げた。
家族が喜んで突き出した。友人も嬉々として居場所を上に報告した。
全部、魔法国家の発展のために。
セリアには、自分の身を捧げてまで貢献しようといった愛国心はない……ただ、生きたいだけ。
だが、魔法国家の魔法士はセリアを追いかける。
一人二人ならいざ知らず、魔術師になりきれていないセリアには何十人も何百人もいる魔法士と戦って勝てるはずもない。
故に、逃げるしかなかった。居場所など、どこにもないのに。
───そんな時だった。
セリアは、運命の人と出会う。
「……トンズラしようとした先に美少女っていうのは、ここから物語が始まるっていう前触れなのかね?」
追ってから逃げている最中。
具体的には、魔法国家と王国を繋ぐ空白地帯にて。
彼女は、荷物を抱えて歩いていた金髪の少年と遭遇してしまったのだ。
「まぁ、プロローグの語りだしみたいな悠長なことを言ってもいい状況じゃなさそうだな。大丈夫か、お前?」
少年は、少女の姿を見て心配してくれたのだろう。
とても令嬢とは思えないボロボロな服に、傷だからけの体。満身創痍というのはこのことだ。
事実、息も荒いし歩く気力もほとんど残っていない。
少年と出会ったこの場所こそ、終着点なような気がした。
「セリア……セレスティン、です……」
「いい名前じゃないか。もっとおめかししたら、きっと男共が寄ってくるに違いないな」
きっと、ではない。
今まで、何人もセリアの前に男が寄ってきた。
でも結局、誰一人として手を差し伸べてくれる者などいなかった。
「んで、帰る家はあるか? そんな成りじゃ、家族も心配するだろ」
帰る家など、ない。
沈黙と悲愴を混じえた、今にでも泣きそうな顔を見せることによって、セリアは少年の問いに答える。
すると、少年は酷く悲しそうな顔をした。
「……そっか、それは辛いな」
少年が口にした言葉は同情で間違いなかった。
可哀想に、そういう憐れみもあったのかもしれない。
その同情心が辛かったからか、それとも嬉しかったからか? セリアは糸が切れてしまったかのようにポロポロ泣き始めてしまう。
───するとその瞬間、セリア達の近くで多くの人数が姿を現してきた。
物騒に、杖やロープを向けてくるような形で。
「帰る家がないっていうのは、本当に辛い。俺はそういう人間を何度も見てきたし、帰りを待つ場所があるのに帰られなかった奴らも見てきた」
少年はセリアの前に立つ。
追ってくる魔法士の間に入るような形で。
「戦争なんて真っ平だ。そろそろ本気で戦争に参加させられそうだったからトンズラここうとしたが……こういう奴を見かけると、黙っちゃいられない」
少年は拳を握る。
そして、声を大にしてセリアへと言葉を投げた。
「帰る家がないなら俺のところに来い! 辛いなら助けを求めろ! 戦争とか本当に真っ平だが……そんな奴を放っておくほど腐っちゃいない。助けを求めるのなら、拳を握る理由が生まれる! 理由があれば……俺はお前を救ってやる」
だから、言え。
目の前に立つ人間に、縋って幸せを享受しろ。
そうすれば、自分は幸せになれるのだから───
「たす、け……」
セリアは涙を流しながら、掠れる声を震わせて叫んだ。
「お願い、ですから……私を助けてくださいッッッ!!!」
その言葉を受けて、少年は笑った。
慈しむように優しく、温かい瞳をセリアに向けながら。
「あぁ……任せろ」
そう言って、少年は一歩を踏み出した。
『そこのガキ、その少女を渡せ』
「ハッ! 馬鹿言うなよ……女が泣いてんだ、それだけでどっちの味方をするかなんて子供の算数ぐらい分かりやすくて明確だろうが」
『この人数を見て、そんな言葉が言えるとはな……愚かな奴だ』
「てめぇらが愚かじゃないっていう枠組みなら、俺は
何十人もの魔法士を前にして、臆することなく拳を握る。
淡くヒリつくような青い光を体から生み出し、己の周りを強調するかのように。
「さぁ、戦争だクソ野郎。こいつに帰る家ができたんだ───それを守るためなら、てめぇら纏めてぶっ飛ばす」
少女の代わりに、名も知らない少年が立ち塞がる。
その直後、少年の周りに天に昇る幾本もの雷の柱が生まれ始めた。
「『
───その背中は、まるで英雄のように見えた。
セリア・セレスティンにとってこの瞬間こそ……人生における最大の運命の出会いであると、今でもそう思っている。
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