戦場でのお風呂
「へぇー、もうしばらくはお風呂に入れないかと思っていたけど、まさか入れるだなんてね」
艶やかな肢体、引き締まったクビレ、凹凸のはっきりした胸部、サラリと靡く長髪。
薄暗く、星空が辺りを淡く照らしている頃、リゼはタオルを体に巻き、大きな棺桶を見て驚いていた。
桶の中には薪によって温められたお湯がはられており、一帯に湯気を立ちこませる。
戦場、遠征、野宿。
これらが全て揃っているにもかかわらず、まさかお風呂に入れるとは。
気持ち悪いのを我慢して体を拭くだけで留まると思っていたリゼにとって、これは大きな予想外であった。
「ご主人様が「お風呂ないとやる気でない」と今までに何度も仰られたので、今ではお風呂が当たり前になってしまいました」
リゼの後ろから現れるのは同じくタオルを体に巻いている桃色の髪の少女。
程よく実った胸部が布切れ一枚効果によっていつも以上に強調されている。
この二人の姿を見れば、誰もが鼻血を出して卒倒するだろう。しかし、残念ながら野郎の姿はなかった。
どうやらしっかりと分別は弁えているようだ。
「部下も大変ね。王族としては理解できる部分もあるけど」
「そもそもの話をすれば、王族が戦場の最前線で拳を握ることがおかしいのです。これぐらいの飴ちゃんを用意しておかないと、うちのご主人様は本当に泣いてトンズラしてしまわれます」
「さしずめ、あなたはベビーシッターってところかしら?」
「ご主人様のような子供なら大歓迎ですね。将来は三人ほど希望します」
大層好いているようで結構だわと、メイドの慕いっぷりに苦笑いを浮かべるリゼはゆっくりと浴槽に足を入れる。
そして、馴染ませるように体を沈めていくと、やがて気持ちのよさそうな声が漏れてしまった。
「ふぁぁっ……」
「ふふっ、お気に召したようで何よりです」
「最高よ。やっぱり、一日に一回はお風呂に入りたいわー」
直接戦闘したわけじゃないが、ずっと馬車に乗りっぱなしだったのだ。
野宿をするとはいえ、やはりお湯に浸かって疲れを取りたいと思ってしまうのも仕方ないだろう。
気持ちよさそうにするリゼの対面に、今度はセリアも浸かる。
水面に髪が当たらないように髪を纏める姿が、どこか艶っぽく品位のあるように感じた。
「それで、リゼ様としてはこの状況は順調ですか?」
「そうね、大きく想定から外れてないってところかしら? 情報が漏れてしまっている部分も想定していた範囲内の話だし、問題なく進められるんじゃないかしら」
「それは何より。であれば、早くこのクソッタレな魔法国家の空白地帯を抜けたいところですね」
現在、魔法国家の所持している空白地帯。
空白地帯とは、明確な領土区分がない場所を表わす言葉であり、基本的に他国が足を踏み入れても問題がないと定められている場所である。
基本的に、この空白地帯での揉め事は領土侵犯の範疇には入らず、大体の戦争がこの場所で行われることが多い。
「まぁ、あと四日ってところね。順調に行けばレティア国に辿り着けるわ。私もいい加減、ふかふかのベッドで羊を数えたいところね」
「そうですね、楽しい女子会も戦の話ばかりでははしたないでしょうし、パジャマパーティーのためにもこの護衛を終わらせなければ。もちろん、あなた方が今後ナイフを突きつけるような真似をしなければ、の話ですが」
「護衛が終わって第一皇子が即位できればちゃんと履行するわよ。元々、私は平和主義で慕われているお姉さんだもの」
「であれば、ご主人様も張り切って拳を握るでしょう。あと少しですし、今まで以上に気合が入るはずです」
とはいえ、レティア国まで辿り着いても待っているのは楽しみが終わった遠足の帰り。
アレンがふかふかのベッドで惰眠を貪るのもまだ先の話になりそうだ。
「……ねぇ、一個聞きたかったんだけど」
その時、唐突に脈絡もなくリゼが尋ねる。
「なんでしょうか?」
「あなた、本当にメイド?」
何気なしに呟かれた言葉。
その言葉に、セリアは驚く様子もなく笑みを浮かべる。
「その真意は? メイド服を着ていないから使用人に見えない……という頭の悪い質問ではないでしょう?」
「もちろん、そんなに少し前の姿を忘れるような阿呆ではないわ―――その逆、私って結構記憶力がいいの。だからね、この質問はそのままの意味で言わせてもらったわ。出会った時は流石に場を読んであえて聞かなかったけど」
別に真剣に問いただそうとしているわけではない。
ただ、何気ない会話の議題にそれが挙がっただけ。
リゼはさも興味なさそうにしながらセリアの方をチラリと見た。
「皇女という立場上、こうして他国に赴く機会も多かったわ。拮抗状態が続いていても、国交は国が発展していく上でどの国も不可欠。お世辞とドレスに溢れたパーティーなんかもよく参加されたの。そこで、あなたを見たことがあるのよね」
これ、やっぱり聞いてみたかったわ、と。
リゼは少し笑みを浮かべて最後にその言葉を口にした。
「魔法国家、セレスティン伯爵家の神童———セリア・セレスティン。あなた、いつから王国に亡命したの?」
その言葉を受けて、セリアは変わらずお淑やかな笑みを浮かべ続けた。
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