野宿をしよう
「野宿よ」
「え?」
帝国兵との小規模な戦争が終わり、現在レティア王国に向かうべく魔法国家の空白地帯を歩いている頃。
そろそろ日が暮れるなと思い始めた馬車の横を歩いているアレンに、馬車に乗っているリゼはそんなことを言った。
「も、もう一度おなしゃす……」
「今日は野宿をするわ」
聞き間違いでは? と思ったアレンにビシッと断言するリゼ。
今回はリゼの護衛でこうして行動を共にしている。
いわば、クライアントはリゼ、客人もリゼ。故に、極力アレン達はリゼの意向に沿わなければならないのだが───
「ちょ、ちょっと待ってくれよお嬢さん。俺ってば王子ですよ? 誰もが頭を垂れて「アレン様〜♡」って言い寄ってくる高貴なお方ですよ? それなのに、いつ蜘蛛が顔の横を這うか分からない大自然で寝ろと?」
「仕方ないじゃない。当初の行程が向こうにバレてるんだもの。これまで通り村に寄って寝泊まりをすれば蜘蛛じゃなくてナイフが顔を横切ることになるわ」
一度目の兵士を大量に送り込んでの襲撃は失敗した。
となれば別の手を打ってくる必要があるだろう。
スケジュールは把握しているので、寝込みでも襲えば最小限の人数でリゼを攻めることが可能だ。
「これだから戦争は嫌なんだよ……ふかふかのベッドと枕で寝るのはご法度なのか? 俺はアウトドア派じゃなくてインドア派なんだけど」
「ご主人様、ピクニックとか好きではありませんもんね」
「ここ最近、ピクニックばっかりしてるからね!」
それもスリルあるピクニックだ。
弁当を広げる場所には常に剣か敵兵の死体が転がっているのだから、中々にシュールなものである。
「しかし、こんなこともあろうかと……私、準備をしてきました」
「……何を? 言っておくが、望遠鏡を用意して喜ぶほど星空なんて好きじゃな───」
「快適な枕です」
「ほほう、素晴らしい」
安眠、大事。
日々疲れるような戦場で働いているからこそ、いかに快適な睡眠ができるかが重要になってくる。
そのため、快適な枕というのは海底に沈んだアレンに差す一筋の光のようであった。
「んで、その枕はどこから持ってきたの? 俺の部屋?」
「いえ、ご主人様の部屋からは着替えぐらいしか持ってきておりません」
「ん? だったら特注か?」
それはそれでいい。
使い慣れたものであってもいいが、戦争用の枕というのも乙なものがある。
アレンは顎に手を当ててセリアが用意してくれたであろう枕に期待を膨らませた。
「用意いいわね、あなた。でも、枕って結構かさばるものじゃないの?」
「いえ、持ち運びに不便はありませんよ───何せ、私の太ももですし」
「なん、だと……ッ!?」
期待を膨らませた先の枕が一瞬にしてピンク色に染まった。
「ふふっ、どうですご主人様? 快適な枕だと思いませんか?」
「ウン、スゴクカイテキダトオモウ」
なんなら戦争用じゃなくて日常的な枕にしてほしいと思ったアレンであった。
そんなセリアの発言に、馬車の窓から顔を出しているリゼは思わず苦笑いだ。
「それだと、あなたはアレンと同じ天幕ってことになるけど……いいの?」
「手枷と足枷は持ってきているのでご安心を」
「なら安心ね」
「安心じゃねぇよ」
眠る主人を捕縛して何をする気なのか?
快適が不安と恐怖で快眠の文字が薄れてしまった。
「まぁ、もう百歩譲って野宿でもいいけどさ……リゼ様的には大丈夫なわけ? 言っちゃなんだが、俺らがいるところで寝るって不安じゃねぇのかよ」
もちろん男だから……という意味も含まれているだろう。
それ以上に、あくまでアレン達は利害が一致しているだけの協力関係。ついこの前までは戦争を吹っかけてしまっていた間柄だ。
決して味方ではないというのは、リゼも承知しているはず。
もしかしたら裏切って首を狙うかも。
そう思ってしまっても不思議ではないはずだ。
「その時はその時よ。どうせ安全面を考慮して柔らかいベッドに寝たって、うちに寝首をかかれるだけだし。第二皇子の目論見通り動くなら、あなた達に殺された方がまだ今後第一皇子が動きやすいでしょ」
「…………」
「人はいつか死ぬ生き物。皇女として生まれたのならそれなりの意味を残して死ぬから安心してちょうだい」
なんの臆面もなく言い放ったリゼ。
まるで死ぬ恐怖なんてなく、利害のためなら死ねるとでも言わんばかりの発言。
それは、一国の頂点に立つ者としては模範的な解答だったのかもしれない。
トンズラしたいと考えるアレンとは、正反対の考えである。
だからか───
「……そんな悲しいこと言うなよ」
「え?」
「利害のためなら死ねる……みたいなことは言うな」
アレンが零した言葉に、リゼは思わず呆けてしまう。
それでも、アレンは口を開いた。
「上に立つ者でも、一人の人間だ。自分を勘定に入れないなんて、それってただの人形じゃねぇか。責務も義務も大義も立派なものだろうがさ、その前にリゼ様は一人の女の子だろ。綺麗事だけじゃなくて自分の幸せぐらい求めてもいいんじゃねぇの? でないと、お前のために命を張ってるこっちまでも悲しくなってくる」
国のために、自分の未来のためにリゼを守る───無論、それはあるだろう。
しかし、リゼ本人の幸せを願って剣を握る者だっているのだ。
そういう者が命を張る先がただの国益だなんて知ればどう思うか? アレンが言っているのは、そういう言葉だ。
「自分で言っておいてなんだが、安心しろよ。ここには女のためなら命を張れる男の鏡しかいねぇ。寝込みを襲ったりなんか無粋な真似は絶対にしねぇから……気楽に背中を任せてくれればいい。もちろん、俺だってやるからにはしっかりと守る。だって、お前にも帰りを待つ人間がいるだろうからな」
「…………」
「さっさと終わらせて服をいっぱい買うんだって言われた方が、俺達も俄然やる気が出るってもんさ。男っていうのは、女の子の笑顔だけで満足できる単純な野郎だからな」
そう言って、アレンは馬車を追い越して先を歩く兵士達の下へと向かった。
聞こえてくるのは「今日は野宿らしいぞ」という言葉と、それに反応する兵士達の声。
若干文句こそ聞こえてくるものの、その表情には嫌気など感じられなかった。
その背中を見て、リゼは───
「……ねぇ」
「はい、いかがしましたか?」
「あなたのご主人様って……素敵ね」
頬を少し染めながら口にした。
それを受けて、セリアは小さく口元を綻ばせる。
「えぇ……自慢のご主人様、ですから」
吹き抜ける風が心地いい。
靡く髪を押さえながら、セリアは主人の背中を眺めた。
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