雷の魔術師
―――で、話は戻る。
「王国を出た瞬間になんで帝国兵がいるんだよ!? 完全に待ち伏せされてんじゃん!」
現在、リゼの護衛を引き受けざるを得なかったアレン達は五百人の兵士を連れてレティア王国へと向かう道中……正確に言えば、王国を出てすぐの魔法国家との国境付近で足止めをさせられていた。
見晴らしのいい荒野。強いて障害物があるとすれば、何年も風上にさらされてきた大岩があるぐらいだろうか。
故に、敵の姿も敵の数も残念なことにくっきりはっきり見えてしまう。
帝国兵、およそ二千。
こちらとは約四倍ほどの兵力差があった。
とはいえ、護衛に五百人など普通はあり得ないほどの数だ。心配でロイが「五百人ぐらいは必要じゃないかな?」と言わなければもっと酷いことになっていただろう。
そもそも、何故二千もの兵士を集められたのか? よほどリゼを排除したいのか……まぁ、それはさておき───
「情報が完全に漏れていますね。誰かが目を輝かすほどの宝石に目が眩んでお口が軽くなってしまったようです」
「イコール、それって単純に身内に裏切者がいるってことだよな!? おいおい、帝国さんは強固な絆で結ばれていますとかいう美談とかないのかよ!?」
「あるわけないでしょ」
アレンが迫る帝国兵を倒していると、後ろから声が聞える。
その少女は馬車から顔を出すような形で、どこか呑気に頬杖すらついていた。
「じゃなかったら、継承争いなんか起きないわよ。兄妹仲がよさそうなあなた達王国が羨ましいわ」
「開き直ってんじゃねぇよ、詫びろよ!? 身内に裏切者がいてすみませんでしたって、上目遣いと谷間の強調を忘れずにさ! ほら、さぁ! それだけでうちの者と俺のモチベが上がるから!」
「やってもいいけど……今やっても誰も見られないでしょ?」
「ちくしょうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
悲しみから生まれる叫びを上げるアレンの体から青い光が纏い始める。
迫る帝国兵はそんな姿を目撃して一瞬躊躇を始めるが、アレンはその隙を逃さない。
行動は至って単純。集団の中に突っ込み、ただ敵に触れるだけ。
帝国兵は振れられた瞬間に体がビクンと跳ね、そのまま地面へ突っ伏してしまった。
まるで、海水に浸っている最中に雷が落ちてきてしまったかのような。
「へぇー……それがあなたの魔術なのね。面白い面白い」
「呑気!? ちょっとー! そちらのお嬢様は戦争をファンシーなパレードと勘違いしてませんかー!?」
アレンは黄属性の魔術を極めた『
魔法とは、自然現象を自らの魔力を使って事象として引き起こすものであり、それぞれの色の属性によって引き起こせる現象が変わってくる。
たとえば、赤属性であれば火を。青属性であれば水を。緑属性であれば植物を。
自然にあるものを生み出し、それを操作していく。
アレンの魔術は黄属性を極めたものであり、それが引き起こせるものは光である。
どうして雷は降るのか?
それは、雲の中で起きた摩擦によって生まれたものが地上に落ちるからだ。
その光は火災を起こすこともあれば、人体を容易に焼き切ることもできる。
アレンの魔術は、魔法にはないその雷の光を研究することによってオリジナルへと昇華させた。
そう、アレンの魔術は―――
「電気、ねぇ……」
リゼはアレンに纏う光を見て感心したように呟く。
魔術師が持つ魔術は基本的に一つであり、その一つに幅広い効果が付与されている。
アレンが扱うのは電気。触れるだけで相手を感電させることもあれば、相手に向かって飛ばすこともできる。
触れるだけで相手を倒すことができるのだから、その強力性は言わずもがな。
(どうせ魔術師って名乗るぐらいだから他にも多様できるんでしょ。王国の英雄の名前は伊達じゃないわね……やっぱり、ほしいわ)
クスリと、リゼは笑う。
ここが戦場にもかかわらず、だ。
「っていうか、なんで俺達ばっかり戦ってんだよ!? おたくの兵士は!? 年に一回の遠足に来たわけじゃねぇだろ!? なのに、連れてきた兵士が少なすぎはしませんかねぇ!?」
「馬鹿ね、護衛のためだけに大勢の兵士を連れてきたらレティア国だけじゃなくて魔法国家にも「戦争しに来ましたー」って誤解されるじゃない。連れてきたのは十人ぐらいよ、遠足じゃなくて身内だけのピクニックね」
「よくもまぁ、お姉さんは帝国から無事におこしになられましたもので!」
考えてみれば当たり前だ。
これから友好関係を築こうとしている相手の場所でぞろぞろと兵士を連れて行けば圧をかけているのと同義。
たとえ本人にそんな意思があるわけじゃないとしても、相手に思われてしまえば一発でお終いなのだ。
「ふふっ、皆さん頑張ってちょうだいね」
『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』
リゼの一つトーンを上げた萌え声(※とびきりのスマイルを添えて)を受けた王国の兵士達の雄叫びが響き渡る。
よくもまぁ、金属の音と怒号が響き渡る戦場で美少女の声が拾えたものだ。
『可愛い子ちゃんのお願いとありゃ、死ぬ気で頑張らねぇとな!』
『あの笑顔を消そうとしている帝国兵……許すまじ!』
『女に剣を向ける輩などに正義はない!』
『見せてやれ! 女を守る男の生き様がどれほそ素晴らしいことかを!』
「こいつら、ほんっといい奴ばかりだなぁ!?」
「単純にご主人様と同じでチョロいだけなのでは?」
男の中の男という言葉を体現しているような兵士達に思わず涙が出てしまう。
「死にたくない! トンズラしたい! 戦争反対!」がセールスコピーなアレンにとっては些か眩しすぎるものだった。
セリアに至っては完全にジト目だが。
「あぁ、もぅっ! セリア!」
「はい」
「一気に片付けるから、こいつらを後ろに下げろ!」
「承りました、ご主人様」
セリアの体が霞む。
すると辺り一面に霧が覆い始め、濃い腕の輪郭が王国の兵士達へと伸びる。
そして、その首根っこを掴み思い切り後ろへと……ぶん投げた。
「お、おまっ! 男の中の男達になんて扱いを!?」
「私の中ではご主人様だけが男の中の男ですので」
男の中の男達、総勢五百人。
セリアの熱い手ほどきにて、首から地面へダイブしたような形になった。
「ま、まぁいい……これはある意味美少女からのご褒美だしな」
きっと本望だろう、と。アレンは渋々現実を受け入れた。
一気に相対していた王国の兵士が消えたからか、帝国兵の視線が一番前線にいるアレンへと注がれる。
その視線を受けて、アレンは「やっぱり王子のやることじゃねぇよなぁ」と嘆息つきながらも、腕を帝国兵へと向けた。
「『
放たれるのは電撃の一線。
青い光は幾本の筋を伸ばし、帝国兵へと向かっていく。
だが、やはり武力に特化した大国の兵士だからだろうか、アレンが動き出したのを見て一斉に盾を構え始める。
───しかし、それも当座しのぎ。
「それだけで止められるんだったら魔術師なんて名乗っちゃいねぇよ!」
雷撃の一線はまるで何物もなかったかのように貫通し、今度は別の兵士達の方向へと折れ曲がる。
その一線は次々に帝国兵を飲み込んでいき、やがて全ての帝国兵を倒すまでに至った。
これが魔術師、これが英雄。
ことの終わったアレンの背中から、どことなく威風を伝わる。
(うちにも魔術師がいるのはいるけど……)
果たして王国の第二王子と張り合えるだろうか?
初めて見てしまったその背中に、リゼは何故か胸に込み上げるものを感じた。
「かっこいいじゃない、王国の王子様」
「えへっ、そ〜う?」
「ご主人様、鼻の下が伸びないよう腕関節を調整しましょうか?」
「無関係な腕関節ちゃんをいじめないであげてっ!」
纏う威風もいつもの調子に戻ったことによって霧散する。
けど、その方が親しみやすいわね、と。
リゼは口元を綻ばせながら近寄ってくるアレンを見てそう思った。
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