継承争い

 そもそも、外交担当の兄が仕事の話を持ってきた時点で戦争であることは当たり前だった。

 何せ、軍が外交に関与するなど他国への介入か防衛しかないのだから。


 逃亡に失敗したアレンは部屋を移動し、客間へとやって来ていた。

 テーブルを挟んで座るのはロイとアレン。対面にはリゼが腰を下ろしている。

 セリアは、皆のためにメイドとして端で紅茶を淹れていた。

 そんな様子を見て、リゼは苦笑いを浮かべる。


「今更ながら思うけど、よくもまぁ魔術師をメイドとして働かせるなんてバチあたりなことしてるわね。帝国でも、魔術師の存在は貴重で侯爵並に優遇されるものなのだけれど」

「それは本人に聞かせてやってくれ。別に開示しても問題ない情報だが、あれは完全に本人の意思だ」

「へぇー……随分と見上げた忠誠心ね。力があるのなら欲を出しそうなものだけれど」

「といっても、忠誠心は全部アレンに向けられているよ。アレンが他所に行ったら平気で行ってしまうけどね」


 へぇー、と。

 どこか関心したようにリゼが頷く。

 その話を傍から聞いていたセリアは紅茶を持って皆の前へと置いていった。


「ふふっ、私はご主人様にですので。今更権力や富を欲しようとは思いません。金銀財宝よりも、徹夜明けのご主人様の寝顔の方が私を釣る格好の餌です」

「あら残念。王子を勧誘するより傍付きを懐柔した方が早いと思ったけど、その話を聞けば先に王子を懐柔した方がお得そうね」

「戦争から遠ざけてくれるのであれば真剣に一考しよう」


 アレンがそう言うと、リゼは肩を竦めて諦める。

 魔術師の存在意義など戦場の上でしかないため、戦争したくないと言われてしまえば断られたのと同義だ。

 本人は本気で戦争から遠ざけてくれたら靡くつもりだったのだが、本性と願望を知らない帝国民はそれに気づかない。


「んで、そろそろ本題に入ろうぜ兄貴。どうしてリゼ様の来訪が戦争に繋がる? 俺は戦争したくない平和主義なボーイさんだからな、ご近所同士の痴話喧嘩とかって話だったら背中向けてトランプ遊びに戻るぞ」

「残念ながら、広義的な言い方をすれば新発売の玩具を取り合う兄妹喧嘩が国交に介入しちゃった感じだね」

「痴話喧嘩よりタチ悪い話じゃん」


 知り合い同士ではなく身内の揉め事。

 それに他国を巻き込むのだから、これほど迷惑な話はないだろう。

 だからからか、アレンは「そんな前置きなら帰る」と言って席を立とうとする。


 しかし、それをリゼが制した……


「おい、離したまえよレディー? 美少女に抱き着かれたら席に座るしかなくなるじゃないか。ふくよかな感触に体の一部が元気になってしまいます」

「ふふっ、随分と素直ね……そういう人、私は嫌いじゃないわよ?」

「騙されんぞ! 隣に住んでるオバサンの体重が2kg増えたとかそんぐらいしょうもない理由で戦争なんかやってられ───」

「それどころか、結構タイプかも♪」

「よし、続きを聞こうじゃないか兄貴」


 どこまでいっても現金な男であった。


「チッ」

「聞こえてますよセリアさーん!」


 傍だからこそ、パートナーの舌打ちがよく聞こえる。

 それどころか、顔を顰めて目も合わせてくれないその姿は完全に不機嫌の現れだった。

 アレンは関節の危機を感じて大人しく座る。

 ちなみに、さり気なくリゼはアレンの横に腰を下ろした。

 二人がけの席に三人が座ってしまう体勢になり、ロイは「お邪魔かな」と対面の席に座り直す。


「話は戻すけど、今回リゼ様はレティア国に赴くためにうちへ足を運んでくれたんだ」

「レティア国って言ったら魔法国家を挟んだ先の国だよな? どうしてまたそんなところに」

「簡潔に言ってしまえば味方集めね。今、帝国では継承争いの真っ最中なの」

「……そういえば、そんな話もあったな。そのせいで実績ほしさのやんちゃボーイが蛮勇掲げて何度かうちに攻めてきたもん」

「それに関してはうちの愚兄が申し訳ないわ……多分、第二皇子の下が勝手に動いただけだから」


 どの大国も攻め落とせなかった小国を攻め落とした。

 これほど美味しい実績はないだろう。

 継承争いも他の皇族より優位になり得るため、誰も手に入らなかったレアな商品を何度もチャレンジして手に入れようとしたのである。


「私は即位する気なんてないわ。派閥的には第一皇子……今、帝国は第一皇子と第二皇子の派閥の二つが表立っているの」

「っていうことは、レティア国に行くのはリゼ様本人の味方というよりも第一皇子の味方を集めに行くため……ってことか」

「ご明察。てっきり軍だけを担当してるって聞いたからからそっちはからっきしだと思っていたのだけれど、ちゃんと話が通じるじゃない」

「お褒めに預かり恐悦至極」


 とはいえ、戦争の理由ぐらい理解できなければ務まらないポストだろと、内心で低く見積もられたことに少しだけ苛立ちを覚える。


「それで、問題はここからなんだけど……どうやらリゼ様を狙って第二皇子が攻めてきているらしいんだよね」

「……どこに?」

「ここに」

「Oh……」


 兄弟喧嘩がついに飛び火を始めてしまったことに、アレンは涙目を浮かべる。


「だから、私はとりあえず早く王国から出て行こうと思うわ」

「その言葉を待っていた!」


 姫を狙うのであれば「姫を救いに来た!」という嘘っぱちの大義名分でも掲げて信仰すればいい。

 だが、そんな大義名分もなければ? 王国と戦争し、負けてしまえば不法な侵攻としてかなりの賠償を求められて応じるしかなくなる。

 一番は戦争自体をやめてほしいのだが、やるなら思う存分賠償をもらえる方を選びたい。

 こっちとら、さっさと国土を増やして睨まれないように成長したいのだ。

 ここ最近、戦争に勝って味をしめてしまったから余計に思ってしまう。


「んじゃ、俺は第二皇子の派閥が吹っかけてくれば倒せばいいんだな?」

「いや、アレンにお願いしたいのはそっちじゃない」

「恐らく、

「えっと、それはどういうことでしょうか……?」


 アレンの傍で聞いていたセリアは思わず尋ねてしまう。


「単純な話よ、私が国を出るのであれば出た先で狙えばいいの。そうすると、どこに行っても「姫を取り返す!」っていう大義名分が作れるし、確実に私を狙えるから。第二皇子としては第一皇子の利益を持って帰ろうとする私を殺せればなんだっていいの」


 加えて、大義名分を作ってさり気なく敵国を削るという目的もあるだろう。

 小国は仕返しが少ないから気軽に責められたが、他国だとそうはいかない。

 今まで四つ巴の拮抗が続いていたのも、攻めれば差し込まれてしまい、余計な戦争を起こしたとして国民の反感を買うことなど目に見えているからだ。

 しかし、大義名分があれば? 法外な賠償を迫られても一蹴でき、敗北しても報復の理由が作れる。


「この件に関して、私が提供するのは『恒久的な帝国からの進行をしない』ことよ。もちろん、それは第一皇子が即位してからの確約になるけど」


 そもそも「戦争吹っ掛けてくるんじゃねぇよバーロー」と言いたいところだが、弱小国家ならそれは目から鱗が出るほど魅力的な提案だ。

 帝国は大陸屈指の軍事力を有した大国。

 いくら連勝しているからといって、ガチンコで攻められてしまえばタダでは済まない。逆に帝国はほんの痛い傷ぐらいだ。

 偉そうに上から……と思ってしまうが、その条件が本当に履行されるのであればアレンの負担もかなり減るだろう。


「それで、こちらが提供するのは英雄の貸し出し。つまり───」


 ロイは軍の長に向かって第一王子として言い放った。


「レティア国まで第一皇女の護衛───つまりは、護衛戦という名の戦争だ」

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