帝国の第一皇女
戦争がなければ、軍が動くことなど何もない。
兵士達は訓練に勤しんでいるかもしれないが、上に立つ者など本来は他国の情勢を頭に叩き込んでおけば紅茶とお菓子のセットを優雅に食べていても問題はないのだ。
とはいえ、他国のお偉いさんを真似ができない弱小国家であるウルミーラ王国は紅茶とお菓子のセットなど用意されるはずもない。
少ない人数で国を守っていかなければならないのだから、お偉いさんだって戦場に行く。
少しぐらいは訓練をしても……そう思うかもしれない。
だが、アレンは一人で軍勢を相手にできるほどの力を持った男だ。
訓練しようがしまいが、己の命の防御力を高めるために訓練をしている兵士達は文句が言えなかった。
故に、アレンは戦争がなければ何をしても問題はない。
暇を持て余して部屋でトランプに興じてもお咎めはないのだ。
「フルハウス!」
「あら、ロイヤルストレートフラッシュです」
「おいコラ待て、それは流石にイカサマだろう!?」
場所は戻り、アレンの自室。
暇になったアレンはセリアと一緒にテーブルにトランプを並べて遊んでいた。
こういう遊びに興じる時間があるというのは素晴らしい。
平和さいこー、こういう日がずっと続くのであればトンズラなどしたいとは思わない。
強いて欲を言うとすれば、負ける度に自分の体に繋がれる鎖を外してほしいことぐらいだろうか?
「ふふっ、目の前にご主人様がいらっしゃるのにイカサマなんてペテン師のような真似はできませんよ。ささっ、今度は首に枷をつけましょう♪」
「くそぅ……これを外さなければ娼館に行くどころかお花を積みに行くことすらできねぇッ! 第二王子の醜態歴史が風に乗って街の噂になる前になんとしても勝たなければ!」
足、足、腕、足、腕、腕、足、腕、首。
現在、計九つの枷が。
女の子の鞭をご褒美だと喜べる人種の人間でも流石にここまでは嵌められないだろう。
とはいえ、そもそもアレンが「暇だし娼館に行くか」などと言わなければゲームすら行うことはなかったのだが。
「つ、次はブラックジャックだ! 大丈夫……これならイカサマなしの純粋な運勝負!」
「ご主人様は堅実にお金を稼いだ方がいいタイプですね。投資や賭博には行かせないよう私が目を光らせておかないと。でなければキャッチセールスのせいで真冬の中マッチを売らなくてはいけなくなるかもしれません」
「すまん、流石の俺もキャッチセールスだけじゃ騙されないと思───」
その時だった。
アレンの扉がノックなしで勝手に開く。
「アレン、いるかい……って、これはまた随分と楽しそうな姿をしているね。僕は弟の趣味をきちんと把握できていなかったみたいだ」
「勝手に入ってきて変な勘違いしないでくれる!? そっちの上級者になった覚えは微塵もねぇよ、鞭じゃなくて飴だけで生きていたい人間なんだよこっちは!?」
苦笑いを浮かべるロイ。
それを受けて心外に心外を重ねてんじゃねぇよと、アレンは真っ先に抗議をした。
「それで、いかがされましたかロイ様?」
一つ一つ枷を外していたセリアが尋ねる。
確か、帝国の第一皇女と会うと言っていたはず。あれから時間も経ってないし、一体なんの用なのか?
その答えは、ロイの後ろからひょっこりと顔を出した一人の少女によって明かされる。
「あら、あれが王国の英雄さんかしら?」
腰まで伸びた艶やかな銀の長髪。美しく、気品に満ちた雰囲気と顔立ち。
どこか見透かされているような鋭いスカーレット色の瞳とスラッとしたプロポーション。
街を歩けば、老若男女目を惹かれてしまいそうなほど綺麗な人であった。
セリアも大概であったが、顔を見せた人間もドがつくほど美少女だ。
「どちらさん? こんな美少女を見たことあったら頑張って脳内フォルダが機能してくれると思うんだけど、全然応答してくれない」
知らないことであれば自称優秀の脳内フォルダさんも機能はしてくれない。
そのため、アレンは見蕩れるよりも先に首を傾げる。
そんなアレンに、セリアはそっと耳打ちを始めた。
「ファンラルス帝国第一皇女───リゼ・ファンラルス様です」
ファンラルス帝国。
大陸の中でも最も歴史が古く、広大な領土を誇る大国の一つである。
何より特徴的なのは、突出した軍事力である。
魔法士、騎士を多く抱え、他国と戦争を起こし、勝利することによって領土を広げてきた軍事国家だ。
「へぇー……って、なんでそんな皇女様が俺のところに来てんの? 色紙持ってサインをしに来たわけじゃなさそうだし、物見遊山でもしに来たのか?」
「ご主人様はついに観光名物へとジョブチェンジを果たしたようですね」
「決めポーズでもした方がいいかな? メディア映え狙うんだったら、バラを口に咥えて黄昏た方が絵になりそうな気がする」
なんてことをヒソヒソと話してはいるが、もちろんそうではないということは分かりきっている。
だからこそ余計に分からないのだが、そんなアレンを無視してリゼはアレンの下に近づいて手を差し出してきた。
「初めまして、王国の英雄さん───私はリゼ・ファンラルスよ」
「ご丁寧に───アレン・ウルミーラです」
挨拶されたからには挨拶を返さなければならない。
アレンはリゼの手を握ると、後ろにいるロイの顔を見た。
「んで、どうして俺のところに? 言っちゃ悪いが、外交は全部兄貴の担当だろ? 俺の目の前に戦争常連客が現れたら殴る蹴る以外の方法しかないんだが」
「いきなり物騒なこと言うわね……まぁ、多少なりともうちに非があるわけだし、今の発言は聞かなかったことにしましょう」
戦争ばかりであっても、国が存続していく以上他国との貿易は欠かせない。
そのため、一定ラインを設けてどの国だって戦争の裏側では外交を始める。
ただそれは裏側の事情であって、表で泣きながら剣やら矢やら魔法が飛び交っている場所で社畜根性剥き出しに頑張っているアレンには関係のないこと。
戦争を吹っかけられてくるが故に迷惑を受けているのだ。
多少なりとも鬱憤や恨みがあっても仕方ないこと。
「結局、俺に何をしろって? 敵国のお偉いさんの接待なんて大役はできねぇぞ。一面の花束とか洋服店とか、女の子が喜ぶデートスポットなんて知らねぇし。そういうの含めて俺達兄妹で役割分担したんだろうが」
アレンの言葉に、ロイは申し訳なさそうに頬を掻く。
「あー、うん……そうなんだけど、今回は僕だけじゃなくてアレンの担当でもあるんだ───」
「さらばッ!」
その言葉を聞いた瞬間、アレンは一目散に窓の外を目指した。
だが、忘れることなかれ。
ロイ達が現れたのは、セリアが枷を外している最中。
つまりは、まだ残っているわけで───
「んどふっ!?」
足に残っていた枷に引っ張られ、アレンは盛大にコケてしまう。
セリアはそんなアレンを心配して近づき、汚れた顔を拭きながらいつものように。
「ふふっ、ご主人様……どうやら戦争のようですよ?」
「Damn it!!!」
飛びっきりの笑みを浮かべながら、そう言い放つのであった。
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