第一王子
───俺は一体何故ここにいるんだろう?
アレンの脳裏には、そんな言葉しか浮かばなかった。
『守れ! 誰一人としてここを通すな!』
『王国の底力を見せつけろ!』
『人数少ねぇからってなめんじゃねぇぞ!』
『国なんて関係ねぇ! 女の命を狙うクソ野郎は容赦するな!』
激しくぶつかる金属音、魔法によって充満する焦げ臭い匂い、響き渡る怒号と雄叫び、命を天秤に賭けているが故のヒリつく空気。
あぁ、言うまでもなくここは戦場だ。
そして、戦場があるということは───今行っていることこそ、戦争である。
「なんで戦争なんかしてんだよ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」
確か自分はトンズラさせてほしいと抗議に行ったはず。
それなのに、何がどう転がったらトンズラとは程遠い戦場に足を運んでいるのだろうか?
「ご主人様、戦いに集中しないと三途の川への片道切符が無料で配布されてしまいますよ」
セリアが横で迫る敵兵を蹴り倒していく。
こうして自国の兵士と共に競っているのだから、見れば分かる通り敵兵はすぐそこまで迫っていた。
「……なんで、こんなことに。俺はただトンズラは申し訳ないから隠居をご希望して戦争から離れようと思ったのに」
「夢物語を語る前に、早くこの敵兵を倒してしまいましょう───そうでなければ、後ろの皇女様を守れませんよ?」
「チクショウ! 今波に乗っている芸能人は休まず使おうってか!? マジでトンズラこくぞクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アレンの叫びは戦場に響き渡る。
さて、どうしてこんなことになったのか?
それは、数日前の抗議の日まで遡る───
♦♦♦
「兄上様……どうか、わたくしめに隠居のご許可をッッッ!!!」
抗議というよりかは懇願。
必死さがありありと伝わってくるその言葉を吐いたアレンは、一国の王子の姿とは程遠い華麗な土下座を披露していた。
その姿を見ているのは、アレンの傍にいつも寄り添うメイドのセリアと───
「うん、普通に考えてダメだよね」
アレンと同じ金髪に琥珀色の瞳。
どこな大人びた雰囲気を感じながらも、気品と威厳を醸し出している好青年であった。
ウルミーラ王国第一王子───ロイ・ウルミーラ。アレンの実の兄であり、主に外交を担当している者である。
「そ、それがダメなら妥協して二十年ぐらいの休暇を……」
「妥協が終わった頃には王国が地図から消えてるね」
「弟を戦場に行かせて兄として心は痛まないのか!?」
「僕も常日頃他国から命を狙われているからお互い様だよね」
そんなロイは、アレンの懇願を華麗にスルーしていた。
とはいえ、ロイの発言は至極ごもっとも……アレンがいなくなってしまえば、間違いなく他国に攻められて終わってしまう。
何せ、アレンがいなくなればセットでセリアもいなくなるため、王国には魔術師が残らなくなる。
そうなれば、瀕死の動物に群がるハイエナのように食い物にされるだろう。
「……いいのか、兄貴? そこまで頭ごなしに否定するんだったら、俺にだって考えがある。具体的には誰にもバレずに夜中にこっそり抜けてこの国からトンズラするぞ!? 俺が本気を出せば魔術師でもない相手から逃げるのだって造作も───」
「セリアくんにお願いしてあるから大丈夫だよ。アレンを逃がさないようにって」
「はい、決して逃がしません」
「退路」
セリアが相手だと少し厳しい。
綺麗に逃げ道を塞がれているような気がして涙が出そうであった。
「ふふっ、ご主人様がどうしてもこの国から出たいというのであればお連れいたしますし、お供いたします」
「じゃ、じゃあ……ッ!」
「ですが、そうはならないだという確信めいた予感もあります♪」
王族故の責務、それでいて「帰る家のある者を見捨てられない」という優しさ。
逃げたいというのは本音だろうが、国民を見捨ててまでは逃げられない。
それが分かっているからこそ、セリアはにっこりと笑うのであった。
「どうして俺は王子なんかに生まれてきてしまったんだ……神様、これって明らかにミスだろ。宴会中のストリップショーに夢中で生まれさせる子供をうっかり間違えたんじゃねぇだろうな?」
「だったら僕は神様に感謝しないといけないね」
「私もこれからは教会へ足蹴に通って感謝のお祈りをするようにいたします」
神様に恨みを抱くのも一人だけ。
これだと神様が修正してくれることなどないだろう。
アレンの瞳に涙が浮かぶ。本当に、軍のトップに就いてから涙脆くなったような気がする。
「まぁ、でも早くこの国を発展させるようにはしなきゃね。他国から攻められず、戦争も少なくなれば弟の負担も減る……我儘言っているけど、僕だって弟を戦争に行かせることに心苦しさぐらいは覚えているから」
「……だったら、せめてお小遣いのアップを。この前の宴会代を何故か俺が支払うハメになって金がないんだよ」
「許可もなく勝手に宴会するからでしょ。王子といっても、うちの財政は常に火の車なんだからね」
「このままじゃ、綺麗なお姉さんと会うお金が……ッ!」
「んー、国庫のお金は妹が担当してるから僕からはなんとも。それに───」
ロイはチラりとセリアの方を見る。
「セリアくんが許してはくれないと思うけどね」
「は? 何言ってんだよ、兄貴? 別にたかが娼館に行くぐらいでセリアの許可を取る必要なんかないじゃないかだって腕関節がすでにあらぬ方向に曲がっているんだからァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!???」
メイドの少女は、アレンの腕を反対側に回して関節をキメていた。
この光景も随分見慣れたよね、と。ロイは他人事のように思った。
「さて、と。そろそろ行かなきゃ」
関節が悲惨なことになりかけている弟をスルーして、ロイは部屋を出ようとする。
「何かご予定が?」
「うん、ちょっとお客さんが来るんだ」
お客さん? はて、誰と会うのだろうか?
腕関節の痛みを味わいながら、地に伏せるアレンは首を傾げた。
「僕の担当は外交だからね。そりゃ、お客さんと言ったらそういう相手だよ」
ロイはにっこりと笑って、扉を開ける。
そして、最後の最後にアレンに向かって言葉を残した。
「ファンラルス帝国、第一皇女……今回は、そんな大国からのお客さんだ」
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