甘えん坊なメイド
アレン・ウルミーラが軍のトップの席に座ってからの戦績は22戦22勝0敗。
こうして見れば、わずか一年ほどしか時間の経過がなかったはずなのに随分と戦争が多いものである。
連邦、魔法国家、帝国、神聖国。四つ巴の渦中ですぐ狙われてしまうのだから仕方ないのかもしれないが、各国のお偉いさんはよほど戦争がお好きなようだ。
それもこれも、アレン・ウルミーラという第二王子の功績が大きい。
だが、それだけではないということを各国も自国も充分に知っている。
その者は、アレンと同じ魔法を極めし魔術師という領域に足を踏み込んだ少女であった―――
「ふふっ、新しい茶葉が手に入りました♪」
連邦との戦争が終わり、時は王城の廊下にて。
今からでも素敵でメルヘンな鼻歌でも歌ってしまいそうなほど上機嫌なメイドが一人歩く。
サイドの桃色の髪を揺らしながら、スキップすることなく上品に道を進む姿はまるでどこかのお姫様だ。
目指す先はアレンの部屋。いいことがあれば主人と共有したいと思うのがメイド心……いや、多分な乙女心故だろう。
(ふふっ、ご主人様とティータイムです。戦争で頑張ったご褒美ぐらいはいただいてもいいでしょう……そうです、頭を撫でてもらうのも追加ですね♪)
美しく可愛らしい笑みを浮かべ、両手で大事そうに抱えている袋の中身を確認する。
そして、更に笑みを深めるのだ。
よっぽど紅茶が好きなのだろう―――メイドにしては珍しい。
「セリア様、おはようございます!」
廊下を歩いている最中、巡回中の騎士が敬礼して挨拶をする。
セリアは片手で軽くスカートを摘むと、そのまま綺麗な一礼を見せた。
「おはようございます、今日もご苦労様です」
「そんなっ! 皆様に比べればこの程度!」
「こうして私を含めて皆様が安心して暮らせるのもあなたのおかげですよ。警備、頑張ってください」
労われたからか、近くでセリアの顔を見てしまったからか。
騎士は顔を真っ赤にして「頑張ります!」と大きな声で返事をした。
今日も平和ですね。セリアはそんな騎士を見て微笑ましく思い、そのまま歩き始めた。
少し歩いて、辿り着いたのは一つの部屋。
自分の主人が寝泊りしている部屋であり、自分がよく過ごしている場所だ。
セリアはノックすることなく茶葉を抱えて部屋へと入った。
すると、そこには部屋には書類と睨めっこをしながら真剣に何かを考えているアレンの姿が。
あら珍しい、と。セリアはアレンの背後へと近づいて徐に背中から抱き着いた。
「何をされているのですか?」
「こちらこそ問おう、何をしているのかと?」
「私は抱き着いています。そちらは?」
「おほぅ、君には理由を聞きたかった俺の意図は汲み取れなかったようだ。気をつけろぅ、何も理由がなければ主人がメイドのマシュマロを味わうだけの構図が完成してしまう恐れがあるから! 記者に捕まったら一発で炎上するぞ!」
金を払って娼館に行くならまだしも、一介のメイドに手を出せばどんなことになるのか?
これだから王族というのは色々と厳しい。
「でも、いずれは炎上することになるのですから、遅かれ早かれの問題です。ふふっ、火山も地震もいつかは起こるものですし、気にするだけ心配の無駄ですよ」
「え? これって自然現象枠の話だっけ?」
恐らく乙女心枠の話だろう。
ただセリアはご主人様に甘えたいだけである。
「それで、ご主人様は何を考えていらっしゃったのですか?」
軍事を担当するアレンは基本的に公務が少ない。
ただ戦争に行って勝利を収める。そこで発生する金銭面は基本セリアが一任しているので、あまり書類と睨めっこをする機会などないのだ。
加えて、人員補充や戦場の斡旋、事後処理はもちろん他の兄妹に押し付けている。
それなのにどうして?
もしかして、何か大事でも起こったのだろうか?
セリアは少し心配に―――
「いや、トンズラした先の一軒家を探していてな……」
ならなかった。
「はぁ……また夢物語ですか」
「ばっかっ! マイホームは人生の一大事だぞ!? 広さ、間取り、場所、環境、etc……大金を払い、生涯ずっと暮らしていく場所は将来の家庭に影響を与える! 飽きたらサンタさんがトナカイ引っ張ってプレゼントしてくれるわけじゃねぇんだ! どんないい子ちゃんでも、夢のマイホームは真剣に考えるべきだと商会は釘を刺した方がいいと思うね!」
「そもそも隠居できないのでマイホームなど必要ないのでは?」
「…………」
身も蓋もない発言に、アレンの顔が悲しく染まる。
マイホームのチラシをゆっくりと悲哀に満ちた背中で畳んでいき、机の引き出しにしまう。
その姿が妙にいじらしく、セリアは抱き着きながら頭を撫でた。
「そういや、連邦から兄貴は金をふんだくれたかなぁ」
「今まだ交渉中の段階みたいですが、やはりトカゲのしっぽ切りみたいです。手に入ったとしても、皆に黙って賭博で負けたあの小将校の全財産ぐらいでしょう」
「先走って失敗しても誰も助けちゃくれない、か。やっぱり信頼って大事だよね、無償の愛の偉大さが分かる一場面だ」
人が多く、権力者も豊富な大国というのも考えものである。
お偉いさんのストックが多すぎて人望も食紅に大量の水を注いだ時のように薄い。
ウルミーラ王国の弱小っぷりに初めてメリットを感じたアレンであった。
「まぁ、そっち方面は兄貴に頑張ってもらうとして……ちょっくら行ってくるか」
そう言って、アレンはゆっくり立ち上がる。
そのせいでセリアの抱き着きが剥がれてしまい、彼女は寂しそうに唇を尖らせた。
それがどうにも罪悪感をそそられてしまい、アレンは苦笑いを浮かべながらセリアの頭を撫でた。
「これで誤魔化せられませんから……」
「おっと手厳しい。うちのパートナーは甘えん坊さんだったようだ」
そうは言いつつかなり満足できたのか、セリアの口元が緩み始めた。
ほんと可愛いなこいつ、と。自分のパートナーの魅力に改めて気づいたアレンであった。
「しかし、どちらに行かれるのでしょうか?」
「それはもちろん、抗議に」
「えーっと……誰に対してでしょう?」
「決まっているだろう!?」
アレンはビシッと、天に向けて指を突き立てた。
「戦争多くて参っている弟にそろそろ隠居の許可を与えるべきだと、兄貴に抗議してくる!」
あ、クソどうでもいいやつです。
張り切っているアレンを見て、セリアは小さくため息を吐いた。
だが、次の瞬間……アレンの発する言葉を聞いて華の咲いたような笑みを浮かべるのであった。
「でも、その前にセリアとのティータイムだな。今日も美味しいお茶を頼むわ」
「ふふっ、最高のお茶をご用意しますね」
こうして用意した茶葉を見て忘れずに付き合ってくれるところは嬉しい。
まったく───こういうところが大好きなんですよ。
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