戦争後の宴

「皆、本当によくやってくれた」


 日も沈み、静けさだけが辺りに広がる。

 そんな中、松明の光を浴びながら一人の青年は語り始めた。


「圧倒的差……それなのにも関わらず、誰一人として欠けることなく無事に此度の戦争に幕を下ろせた」


 観衆の視線を受けるその青年はしみじみと、それでいて誇らしく語る。

 一言一句、重みのある言葉はこの場にいる者全てを飲み込んだ。

 聞く者は真剣に、それでいて同意するように無言で応える。


「それもこれも、皆が気持ちを一つにしか結果だと俺は思っている。そのおかげで、我らは今日もまた戦争に勝利できた。だから……だから───」


 そして、青年は勢いよく顔を上げて皆の視線に目を合わせる。

 そして思い思いのまま、この今抱いている気持ちを大声で叫ぶのであった。


「これで帰って女の子と遊べるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

『『『『『いやっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!』』』』』


 ……まぁ、その気持ちは些か煩悩にまみれているが。


「我が軍の勝利を祝して……かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

『『『『『かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!』』』』』


 ウルミーラ王国、ラザート連邦国境付近の村にて。

 壮大な男共の雄叫びが響き渡る宴が始まった。

 名目は『防衛戦勝利』。村の人間に断りとお金を支払って、今日という日の労いを挙げていた。

 この場には先のラザート連邦との戦争に参加した兵士がざっと五百名ほど詰め寄せている。

 冷静に考えると、五百人ほどの軍勢がその十倍もの軍勢を破って旗を上げたのだから凄いことだ。


 それ故、兵士達の盛り上がりは凄まじい。

 そして、今回の戦争勝利の立役者である青年は―――


「さぁさぁ、飲め飲め! 一人も死なずに生き残れたことを喜ぼうじゃないか! なーに、金や明日のことなんか気にするな! 妹や父上にどやされようとも耳栓買って説教を右から左に流すから存分に使いまくれッッッ!!!」

『流石は俺達の大将!』

『英雄様は言うことが違うぜ!』

『その太っ腹は女にモテること間違いなし!』

「がーっはっはー! 持ち上げても酒と飯しか出ねぇぞありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 同じように盛り上がっていた。

 それはもう、宴会場の中心で酒を飲みながら上半身裸になるぐらいには。


「ご主人様、流石にはしたないのでせめて上は着てください」

「おうおう、セリアさんよぉ! そんな男慣れしてないうぶな乙女みたいなけちぃこと言うなって。知ってるか? 今時は経験ない方よりも優しくリードしてくれる女の方がモテ―——」

「えいっ☆」

「るゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!? 足関節は首の上には向かなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 目にも止まらぬ速さでアレンを蹴倒し、馬乗りになって足を曲げるセリア。

 盛り上がりから叫びに一変した様子を見て、兵士達からどっと笑いが起き上がった。

 どうやら、皆から二人は親しみを持たれているみたいだ。


「し、しかしなんだろう……背中から伝わってくるふくよかかつ一部が元気になるようなこの柔らかさは……ハッ!? こ、これは……今若き美少女の尻の感触なのではなかろうか!?」

『な、なんだと!?』

『セリア様のお尻の感覚!?』

『大将、変わってくれ! その体勢は何故か魅力的に映る!』

『馬鹿っ! セリア様の尻の感触を味わうのは俺が先だ!』


 それでいて、皆アレンと同じ頭の持ち主だったようだ。

 なんというか、戦場を潜ってきたばかりの歴戦の猛者とは程遠い煩悩っぷりである。


「は、恥ずかしいのでやめてくださいっ」

「やっぱり尻より足関節いたァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 アレンの体が氷面ではなく地面の上でのイナバウアを見せ始めると、ごぞって集まり始めた兵士達は各々席へと戻った。

 どうやら、尻よりも己の足関節が大事だと悟ったようだ。


「もう、そういうことは言わないでくださいね、ご主人様。平和主義の私でも流石に怒ります」

「い、いつか一緒に国語を勉強しような……ッ!」


 平和主義の言葉を今一度学び直してほしいと思ったアレンは、解放された足関節をさすりながら酒を一杯煽る。

 若い内から酒にハマるのはいかがかと思うが、ほどよく回るアルコールはどうにもやめられそうになかった。


「しっかし、今回もよくやってくれたよ皆。敵さんは三千人ぐらいだろ? それなのにたった五百人で国境で防衛するとは」

「そうですね、残りは私達が大将首を獲るために倒しましたが、残っていた皆様はよく防衛してくれました」


 今回の戦は至って単調なものであった。

 正面突破。敵が国境から自国の防衛ラインを突破するように攻めてきたため、防衛側と特攻側に分かれて戦うような形になった。

 防衛は比較的攻めるよりも簡単だ。その場から動かず、身を隠す場所も多い。

 そうであったとしても、約六倍もの兵士を相手に誰一人として欠けずに守り切ったのは賞賛に値する。

 もちろん、たった二人で二千人もの兵士を相手にしたアレン達の方が大概ではあるのだが。


「うちの兵士が強くなってんだったら、俺が引退しても大丈夫なんじゃ? いつか王城であぐらをかきながらリモートで戦いを見守る画期的な方法も導入可能なのでは?」

「素晴らしい夢物語ですね。ご主人様は私の膝枕なしでも今日はきっといい夢が見れますよ」

「諦めたらそこで戦争終了ですぜ嬢ちゃん。何事もチャレンジだ、世の中の技術全てはチャレンジと勇気によって創りあげてきたんだぞ」

「では、ご主人様がチャレンジによってこの方々をむざむざ死なせてもいいというシュールなお考えであれば、画期的でクリーンな戦争を始めましょう」

「……はい、また行けばいいんでしょう戦争に。ったく、クリーンで画期的じゃなくていいからせめて少しでも王族優遇を考慮してほしいぜ」


 ブツブツと拗ね始めたアレンをセリアは頭を撫でてあやす。

 命を張りたくないのに、部下が傷つくのを嫌がる。

 そんな矛盾じみた優しさが、セリアの胸の内を温かくした。

 故に、こうして頭を撫でてしまうのも衝動的なものである。


「弟を犠牲にして王城でぬくぬく育っている兄貴め……今回の戦争で勝ったんだから、賠償ふんだくって働き蟻さんを増やしてくれなきゃ許さねぇ。未だにキリギリスから蓄えを守るので必死なんだから」

「どうせトカゲのしっぽ切りですよ、ご主人様。ラザート連邦は小国が集ってできた大国……代わりなどいくらでもいますから。兵士の増強など夢のまた夢ですね」

「それでも、俺は……隠居して女とキャッキャウフフする未来を諦めないッ!」

「何歳になれば叶うのでしょうか、その夢。私は死ぬまでご主人様と王城で楽しく過ごす未来が見えてします」

「ちょっと待ちなさい、なんだよその現実的で一番あり得そうな未来予想図は!? こらこら、ボケなんだろう? 酒の入った席でポールダンスができないからちょっと客を盛り上げようとした気遣いなんだよな?」

「ちなみに私はそういう未来でもいいと思っています♪」

「はっはっはー……さっさとこの国出てトンズラしてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 その叫びは残念ながら盛り上がる兵士達の声で掻き消されてしまう。

 無事に今回も戦争で生き残ったものの……アレンが女の子に囲まれて平和な日を送る未来は、まだまだ遠そうであった。

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