バケキミモノ
艶太
第1話
20XX年。「バケモノ」と呼ばれる未知の生物と人間は共存していた。飼い慣らし、ペットにする人までいる。
なんでもバケモノのお偉いさんが、人間との協和を望んだらしい。それにより、バケモノは人間を襲うことなく、ここまで仲良しこよしでこれたわけである。
しかし。つい先日。バケモノのお偉いさんが亡くなった。お偉いさんの意思を継ごうとそのまま人間との共存を望む者たちと、本来バケモノは人間より上の存在である、と知らしめようとする者たちに分かれた。
人間は、人間に友好的なバケモノかどうか探りながらのらりくらりとやっていくしかなかった。
かくいう俺、鈴木タケルも、そのひとりだった。バイト先に、態度の悪いバケモノの上司がいる。上司というだけで萎縮してしまうのに、バケモノだなんてたまったものじゃない。鋭い爪、牙。いつ剥き出しにするか。そんな中でも、良心的なバケモノはいた。同じバイト先にいるマナミ。この子は信頼していい。と俺は思っている。バイト先の鍵をなくし困り果てていた時、マナミは一緒に探してくれた。おかげで上司に怒鳴られずに済んだ。それにマナミはバケモノだとは言うが、恐るべき鋭い爪も牙もどこにもないのだ。なにかを目論んでいる嫌な感じもしない。
しかし、バケモノと人間、というだけで、俺たちの間には微妙な空気が流れていた。
というより、マナミはバケモノであるが故に遠慮しているようだった。
ある日。仕事あがり。マナミに聞いてみた。
「マナミちゃん」
「は、はい」
白い息を吐いて、マナミは振り向いた。その表情は不安げだった。
「バケモノだからって、あまり俺に遠慮しないでいいんだよ」
「遠慮なんて…」
マナミは口ごもった。何か言いたいことがある様子だったが、歯切れが悪かった。
「何かあるなら何でも言って!」
「……」
「俺は人間とバケモノとの差なんてないと思ってるから!上司は怖いけど…それは性格の問題というか!バケモノが怖いわけじゃない。だからマナミちゃんも…」
「嘘よ!!」
「え…」
「人間とバケモノとの差なんてないと思ってる?嘘。私を。私たちを「バケモノ」と呼んでいる時点で、差別しているじゃない!怖いと、思っているんでしょ…いつか本性を現すバケモノなんだって…」
マナミは泣き出してしまった。
「あ、ち、違う!俺は…俺は」
こんな時に限って、言葉が出てこない。マナミは泣きじゃくり、何も言わなくなってしまった。
「怖いよ。バケモノは…いや、君たちは怖い」
「!」
一瞬、マナミはハッと顔を上げた。
「でもそれは…人間も同じだ。何をしでかすかわからないし、それは君たちだって同じ。上司は…本当に性格の問題で。怖いなっていうか。まあ牙とか出してきたら太刀打ちできないなって考えちゃうんだけど。でも俺は。君の優しさを信じてる。バケモノかどうかなんて関係ない」
「関係、ない?」
「そう。覚えてない?俺が鍵をなくして、寒い中、一緒に探してくれたこと」
「覚えてます。でも…だからってどうしてそんなことで信じてる、なんて」
「そんなことで、人間とバケモノは信頼し合える。信じられる。共存していける」
「……じゃあ、私が今からすることから逃げないでくださいね?」
マナミはいきなり鋭い目つきになった。まさか、変身とかするのか?怖い。でも。
「逃げないよ」
「じゃあ、いきますよ」
次の瞬間、恐ろしい牙が目の前に——はなく、目の前にあったのは小さな女の子のつむじだった。
「ね、怖かったでしょう?」
マナミは俺の心臓に自分の耳を近づけ、微笑んだ。
「いいや、ドキドキしているだけさ」
「怖かったくせに」
20XX年。人間は、二つの種類に分かれていた。
バケキミモノ 艶太 @emunun
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