カップ一杯のコーヒーと

小此木センウ

カップ一杯のコーヒーと(一話完結)

 動揺を紛らわせようと目の前に置かれたコーヒーを一口に飲み干してから、私はテーブルの向かいをにらんだ。

「別れようって、今さら何言ってるのよ。そっちから告白してきたのに」

 叫び出さないように苦労したつもりだが、お陰でかえってドスの効いた声になった。

 相手の目が泳いだ。探るように動いた手がコーヒーカップを持ち上げ、ちょっと口をつけて戻す。

「もちろん悪かったと思ってるよ。完全にこっちが悪い。だけど……」

 そこでちらりと視線を横に向ける。

「僕たちは何もかもが似すぎてたんだ」

「そんなこと最初からわかってるよ!」

 私はテーブルを叩いた。ソーサーの上でスプーンが踊ってかちゃかちゃ音を立てる。あたりから奇異の目が注いだ。けれど私は動じない。こんなふうに見られるのは慣れっこなのだ。

 つきあい始めて以来、事あるごとに周囲から注目されてきた。私は得意な気持ちだった。自分は他人の倍、幸せなんだと思った。けれどそうやって有頂天になりすぎて、恋人の気持ちの変化を見逃していたのかもしれない。

 テーブルの向こうの相手はコーヒーを一口飲み、喉を湿らせてから話し始める。まったく、こんな仕草まで似ているんだからやり切れない。

「君もそう思うだろ。二人、あまりよく似ていて、その上つきあい出してからはいつも一緒だったから。ちょっと、その……」

「嫌になったっていうの」

 私は言葉を引き取った。

「ごめん」

 テーブルにくっつくぐらい頭を下げる姿を見て、少し前にニュースでやっていたどこかの企業の不祥事の会見を思い出した。社長と、あと担当役員だったかが、目の前の光景と同じように謝罪していた。会見では、誠意があるのか、心から謝ってるのかと野次が飛んで、そのセリフは今、私が言おうとしたのと同じだったから、なんとなくしらけた気分になった。

「もういいよ、わかった」

 それでも顔を見ると腹が立つから私は相手側のテーブルを見つめた。

 カップ一杯のコーヒーと、グラス一杯のアイスコーヒー。

「じゃあ、あの……」

 二つの声が合わさる。外見も、性格も癖も仕草も、あげくに女の子の好みまでそっくりな一卵性双生児の声が。たった今まで恋人だった私でさえ、違いといったら片方が猫舌だってことくらいしかわからなかった。

「さよなら。次は双子とつき合ったら」

 我ながら決まらない捨てゼリフだと思いながら私は店を出た。

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