★杯目 人を大切に(2)

「ゾンビはわかったけど、肝心のスケルトンはどうなった?」

「死体不足対策だ」

 青年の眉間に皺が寄る。男の話はいつも矛盾だらけだ。

「【戦狂王】がゾンビをいくさに投入してから事情が変わった。殺されたはずの戦友や殺したはずの敵が押し寄せてきたら嫌だろう?」

 青年が激しくうなずく。

「相手は戦意を喪失し、早々に決着がつく。当然戦死者は減る」

「いいことじゃないか」

「問題はゾンビの寿だ。ゾンビといっても死体は死体。そのうち腐って朽ち果てる。ゾンビ部隊を維持するには大量の新鮮な死体補給が要る」

 戦死者を減らすためには戦死者を増やさなければならない。

「そんなのどうしようもない」

「でも【戦狂王】はお抱え魔術師に命じた」

「『なんとかしろ!』って?」

 男が青年に向かって軽く杯を上げる。ご名答。

「ゾンビが朽ちても骨は残る。その骨を魔力でつないだのがスケルトンだ」

「頭いいな!」

「しかし【戦狂王】は満足しなかった」

「なんで!?」

 青年は怒りを覚えた。無茶な命令しかしてないくせに文句言うな。

「ヒトの骨がいくつあるか知っているか? それを一本一本縫うようにつなげていくんだ、魔力も手間もかかる。短期間で数を揃えるのは難しい」

「骨を減らせば? 顎とかいらんだろ。食いも話しもしないんだし」

 男はヤレヤレと首を振った。

「顎は最も重要な骨だ。スケルトンには目がない。代わりに顎をカタカタ鳴らして、跳ね返ってきた音で周りを把握している」

「じゃあ肋骨は? 中身ないし」

 男は皿から肴の残骸魚の骨を摘まみ上げ、青年の目の前でウネウネと動かした。

「怖いか?」

「気持ち悪い」

「省略しすぎてヒトらしく見えなくなると、肝心の敵に与える恐怖心が薄れてしまう」

「そこでまた【戦狂王】は魔術師に命じたんだろ? 『何とかしろ!』って」

 男は首を振って否定すると、【戦狂王】よろしく腕を組んでふんぞり返って命令する。

「『占領した街の住人を皆殺しにして、一体でも多くゾンビを作れ!』」

 青年が唾を飲み込む。

 相手は【戦狂王】。『できない』ではすまない。

「それで……魔術師は?」

「魔術師は忠実に王の言葉に従った」

「そんな!」

 勝手に魔術師を『暴君に振り回されるお人好し』だと思っていた青年は裏切られた気がした。

「一体でも多くゾンビを作るため、まず最初に目の前の【戦狂王】をゾンビにしましたとさ」

 めでたし、めでたし。

 男は目を細め、うまそうに酒を飲む。

「スケルトンは用済みになったんだろ? なんでまだ訓練場ここのダンジョンにいるんだ?」

「飯を食わず文句も言わない兵士ってのは魅力的らしい。もっと効率よく作れないか、研究は続けられた」

「楽にいくさをするために死者をもてあそぶなんて……」

「死者に同情して生者を死地に送る王の方がいいのか?」

 男の問いが青年の中で黒い渦となり、出口を求めて暴れまわる。

 青年の複雑な思いを置き去りにして男は話を続ける。

「研究の結果、画期的な製法が開発された。生きているうちに血管や神経を利用して魔力を通し、あらかじめルートを作っておく。ゾンビにする時にこのルートに魔力を流して先に骨をつなげる。肉が腐ってもバラバラにならず、自然にスケルトンになるというわけだ」

 まだ生きているのにスケルトン化死後の準備を施す。『早く死ね』と言わんばかり。

「数の問題が解決できるなら、敏捷で清潔なスケルトンの方が使い勝手がいい。ゾンビに戦わせて骨を折られると困る。かと言って朽ち果てるまでのも高くつく」

「早く腐らせる研究か……」

 食料の保存とは正反対の不毛な研究。しかもその対象は人の身体だ。肉が見る見るグズグズに崩れて骨が露出するところを想像し、青年は吐き気をもよおした。

「もっとがある」

 青年はホッとする。と同時に不安も覚えた。男の目が笑っている。

「骨の接続用とは別に細いルートを骨と肉の間に何本か通しておくんだ。そこに許容量を超える魔力を注ぐと、肉がズルっと簡単にける。あっという間にスケルトンの出来上がり。まったく、ヒトというのは恐ろしいことを思いつく」

 青年はもう少しで本当に吐くところだった。かろうじて耐えられたのは、やはり男の目だ。笑っている。適当なことを言ってからかっているだけかもしれない。

「本当にそんなことやってるのか?」

 嘘であって欲しい。

「丸まった骨のマークを見たことはないか?」

 男は人差し指と親指で少し隙間のあいた輪を作った。

「スケルトンを作るときに、ただの死体と混ざると面倒だからな。下ごしらえの済んだ身体には、肩甲骨の間にマークがついている」

「そんなの見たことないぞ」

 そうか、と男はつぶやくと意味ありげな目を青年に向けた。

「なら一つ忠告してやろう。風呂場の合わせ鏡には気をつけろ」


 *


 ここは英雄亭。

 素面しらふいたんで酔客よっぱらいが祝杯を挙げる場所。

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英雄亭凡酔譚 佳河 尋幸 @yawseecarwere

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