おかわり

★杯目 人を大切に(1)

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達は飲んで、吐いて、すっきりしたらまた飲む。

 ここは英雄亭。

 素面しらふいたんで酔客が祝杯を挙げる場所。


 *


 青年の背後で男が杯を投げた。

 完璧に気配を殺した男の行動に気づいた者はいない。

 青年のほかには。

 神をもあざむこうかというその技のすべてを青年は見ていた。グラスを磨きながら、そこに男を写して。

 きたっ!

 青年の頬が緩む。

 はやる気持ちを押さえ、青年はグラスを磨くフリをする。今すぐ振り向けば受け止めるのは容易たやすい。だがそれだけではもったいない。ギリギリまで引き付け、ぬか喜びさせてやる。


 杯が宙を渡る、青年にとって永遠に等しい瞬刻。


 頭に杯が触れる寸前、青年は振り向くことなく杯をつかむ。

 しかし強烈な回転が加えられた杯は青年の指を弾き、磨き終えたばかりのグラスが並ぶ棚へ。

 杯に突き飛ばされてグラスは次々とダイブし、優雅な弧を描いて床とキス。断末魔の悲鳴を上げてことごとく砕け散った。

 静まり返る店内。

 店中の視線を一身に集める青年。

「しつれいしましたー」

 女店員の平板な声が虚しく響いた。


 青年が酒を持ってきた。頭をさすりながら。女店員にお盆で殴られたところがコブになっている。

「なんでオレがこんな目に……グラスみたいに割れたらどうするんだ」

「それくらいで割れていたら立派な骸骨兵スケルトンにはなれんぞ」

「スケルトンか……」

 男の挑発に青年の反応は鈍い。

「スケルトンって、悲しいよな」

「何で?」

「大事な人をよみがえらそうとしたけど失敗して生まれたんだろ?」

 青年の声は憂いを帯びていた。

「そんな甘いものじゃない。スケルトンが生まれたのはもっと切実な理由だ」

 男は酒を一口含むと、どこか懐かしむような目をした。


「昔々あるところに【戦狂王】という酒と女の次にいくさが好きな王がいてな。来る日も来る日もいくさに明け暮れていた」

「絵に描いたような暴君だな」

「そんなにいくさばかりしていたら何が出来ると思う?」

「争いはなにも産み出さない……」

 自分の言葉に酔う青年。

「出来るだろう、死体の山が」

 青年の酔いはあっさり醒めた。

「腐臭を放ち、蟲もわく。おまけに悪霊になることもある厄介な代物しろものだ」

「ちゃんととむらってやれよ」

「簡単に言うな。矢で、剣で、槍で壊されたをその血と脂にまみれながらかつぎ、穴に放り込む。何十回、何百回と。やってみるか?」

 思わず青年の背筋が震えた。

「そんなことをやらされれば兵の士気は下がる。戦争ができないことのに負け戦が嫌いな【戦狂王】にとっては由々しき問題だ。そこでお抱え魔術師に命じた。『なんとかしろ!』」

「そんなムチャな……」

 青年は魔術師に同情を禁じ得なかった。

「無茶でも相手は【戦狂王】だ。『できない』ではすまない。恐怖に支えられた努力によって生まれたのが『生ける屍ゾンビ』だ。自分で墓穴はかあなに入ってもらえれば運ばなくてもすむ」

 みずから掘った墓穴はかあなに飛び込んでいくゾンビ達。不気味で、哀れで、どこかユーモラス。青年は自分の感情を持て余す。

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