聖女の名
走馬灯のように、過去のやり取りの光景が目の前を流れていく。
最初に、冥府で出会ったばかりのウィラードの姿があった。
「我が名はウィラード=アリシア=ガーディフ。『ガーディフの狼将軍』の異名くらいは聞いたことがあるのではないかな」
「そろそろ思い出せたかね? 君と、その身体の名前を聞かせてもらおう」
糸者の名乗りには、ミドルネームさながらにこの身体本来の名前も名乗るのが我々糸者の流儀である。大事な女の名を忘れないように、穢さないように。大事なその名を戴く、と。
だが……
「……誰だか、分からない?」
その身を捧げて蘇生を希う以上、聖女と糸者とは浅からぬ縁や面識があるのが普通だ。ウィラードの身体も彼の孫娘のモノだという。
……だが俺は、この身体を与えてくれた聖女のことを何も知らないのだ。
年の頃は成人の前後だろうか。一介の村娘にしては戦える身なりと身体つきをしていたが、かといって旅慣れた、もしくは軍属というほど荒事になれているようでも無い。
そんな彼女の顔立ちに、俺の蘇生を強く望むであろう女というものに、全く覚えが無かったのだ。
「ふむ。
聖女の知識のように知識として名前を教えてくれたりはしないのか、とも問うたことがあったが、ウィラードも聖女の知識も答えをくれはしなかった。
だが、それでも俺は、彼女に――報いたいと思ったのだ。
「その何一つ素性を知らん女のためだけに、お前は蘇りを目指すのか!」
俺の言葉に、ウィラードは歯を剥いて笑っていた。それは嘲笑のようですらあった。
「なるほどこいつは英雄様だ。聖人と言ったほうが正確か。利他の精神もそこまでくれば狂人よ。だが良い。それくらいの狂人でなければ我が旅の
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「気が付いたかね」
ウィラードの少女の貌が、地に伏していた俺の顔を覗き込んでいた。
「……気を失っていたか」
「なに、ほんのわずかな間だよ、支障はない。亡者は完全に滅され我々はこうして無事だ」
「すまない、無茶をした」
……本当に謝罪すべきは、無理をさせてしまったこの身体と、その主に対してなのだろうが。
「いや、良い判断だったぞ。あそこでトドメを刺しておかなければどちらかが損なわれていたかもしれん。生き残るためには、割り切りも邪道も必要ということさ」
ウィラードに手をひかれ、俺は立ち上がる。
「行こう。
聖女の知識いわく。冥府は階層構造なのだという。
こうして夜空が見えているのはまやかしでしかなく、本当はその上にも異なる理で動く大地が層を作って連なっているらしい。その階層を全て越えて上を目指さなけば、生者の世界へは戻れないのだという。
「だが、万人が上へ登れるわけではない。上の大地へ渡るには生者の世界から垂れ下がる糸がいらうのだよ。それがあれだ」
ウィラードの指さす先に、天を貫く光の柱が見えていた。あれこそが糸者にしか見えぬ上層への道、『蜘蛛糸の
「さあ行こうぞ、ライヒ=
蜘蛛糸の聖女と冥府の英雄 -聖女の躰に死せる男は宿る- 王子とツバメ @miturugi
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