闘争

 聖女の知識いわく、聖女の力は『糸』のカタチを成すのだという。そのか細くも強靭な霊糸を自在に操ることで、様々な力や物質を顕すことができるのだと。


 その力によって、今俺たちの手には武器が握られていた。

 将軍の得物が小柄なその身体に合わせたのであろう短めの細身剣であるのに比べ、こちらはいくらか肉厚な長剣だ。生前はもう少し長大な大剣を愛用していたが、それを忠実に再現しては今のこの身体では扱いにくくなるだろう。


 この物質生成――《操糸術》も、聖女から授かる恩恵の一つだった。聖女の力の具現である霊糸に想念イメージを乗せることで、思う通りの物質が形成できる。このように瞬時に武器を形成するのは基礎であり必須の技術であると言ってもよかった。



「先手必勝といこうか、英雄殿」

「応」

 短いやりとりの後、まだ膨張を続ける黒い塊に二人そろって駆けていく。

 相対するこの黒い澱みは形を持たぬ死者の群れ。冥府に淀む大量の死霊どもが、糸者の蘇りの力に焦がれて聖女の身体を奪おうと群れを成し、不完全な実体を編んで襲って来るそうだ。

 相手は実体も死の概念も失くした亡者ではあるが、聖女の力ひいては《操糸術》による武装によって退けることが可能であり、なればこそこうして生前のように『戦って道を切り拓く』という行為が日常化していた。


「向こうの戦力が整わぬうちに殺し尽くすぞ」

 将軍少女が武人の凶暴さを湛えた声で言う。死者の魂の群れである以上、殺すという表現は正確ではないのだろうが「暴力でもって冥府の底へ送り返すのだ。同じことよ」とは彼の談だった。


 一足先にうごめく黒泥めいた亡者塊の間合いに入ったウィラードはすぐさまその異形に一太刀を浴びせかけ、そのまま流れるように連撃を繰り出す。老将が長い軍属で培った戦いのセンスによるものか、彼が宿る聖女自体もよく訓練されていたのか、実に機敏に動く。


「元の身体など、もはやただの老いぼれであったからな。こうして前線で剣を振るうのであれば、この身のほうが遥かに動きやすい」などとのたまって剣を振るうウィラードの姿は狂喜に満ちているようにすら見えた。

 だが、その彼に任せきりでもいられない。いかに能率的に戦えるとて華奢な少女一人の身で大量の亡者を捌ききるのは大仕事だ。なにより、ただ守られているだけなど俺自身のしょうに合わない。


「ふんっ!」

 少女の死角を狙い触手のように伸びてきた無数の黒泥を手にした長剣で一薙ぎすれば、触手を構築していた亡者どもは霧のようにかき消える。

 ――この身体は、本来の肉体とは比ぶべくもないが、剣を振るうには不自由しない筋肉は付いていた。どうも身を守る術一つとして持たない村娘というわけではないらしい。


「よし、いいぞ! これで――」

 ウィラードの声が驚愕で途切れる。彼の足元で残り僅かとなった亡霊たちの澱みが急激に膨張し、彼を頭上からまるごと呑み込もうとしていたのだ。

「ちぃっ!!」

 すぐさま駆け寄り応戦することはできるが、この身での一撃ではあの巨体を滅するのに威力と時間が足りない。――ならば、やるしかない。


 ウィラードのもとに駆け寄りながら、生前の己の姿を想起し《操糸術》を身体に巡らせる。するとこの身体に不相応な俺本来の膂力りょりょくがみなぎっていく。次に手にしていた長剣に霊糸が絡みつき、剣は身の丈ほどある大剣に形を変える。

 剣を握る腕に引き裂かれるような痛みと――聖女この身体への罪悪感が襲うが、この窮地を乗り切るためには目を瞑らなければいけない。


 実のところ、《操糸術》を応用すれば本来の己の肉体や能力を再現するのは比較的容易だ。雑多な亡者たちがこちらに危害を成す実体を成すのと理屈はそう変わらないのだから。

 ただ、その行為はまだ生者の領域にある聖女の身体を死者おれの魂で染める禁忌。相反する力の浸食に聖女の肉体は苦痛を伴い、濫用すれば「生者の世界へ引き戻す」という聖女の力そのものが消失してしまうという。


 それでも。ここで亡者どもにやられ、現世に帰ることなくこの身を損ねてしまったら、それこそ身を差し出してくれた彼女に申し訳が立たない。


「はあぁぁぁっ!!」


 俺は高く跳躍し、手にした長大な剣で醜く膨れた亡者塊を渾身の力で薙ぎ払った――。

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