知識

 しばしの休息を終え、俺たち二人は再び月明かりの照らす野を歩いていた。


「さて。道中の暇つぶしにまた儂の講義を聞くかね? 『聖女の知識』で十分まかなえるとは思うが」

 道中、ウィラードがそう訊ねて来た。まだあどけなさが残る顔でこちらを興味深げに見上げて問うてくるその様は、台詞とは全く逆の印象を与えてくる。

「いや、頼む。知らされていることとはいえ、認識のすり合わせはしておきたい」


 ――そうして、講義という名の再確認が始まった。



 俺たちのような「蘇りを望まれ女の身体を与えられた死者」を《糸者ウィドウ》、と呼ぶらしい。「大切な男を蘇らせたい」と冥府へ身を投げたこの身体の本来の持ち主は《聖女》と呼ぶらしいが……その在りようは贄そのものであり、苦々しいものが胸中にこみあげてくる。


「とまあ、ここまでは糸者にとっては常識だろうが」

 とウィラード老はこともなげに言うが、その既知の情報は彼に教わったわけでも、まして生前から持っていたものでもない。


 これもまた《聖女》の恩恵なのだ。この身体を介して彼女たちの持つ特別な知識が我々糸者にも共有されているに過ぎない。とはいえ彼女たちが生来賢者だったわけではない。《聖女》となった時点で、神か、冥府の支配者か――とにかく超常的な存在から知識を授かっているらしい。


 ……つまり現状、俺たちはただ聖女たちの支援に頼りきりの状態だ。


(もどかしい)

 捧げられた恩恵の大きさは身をもって実感できているが、肝心の《聖女》の自我とは全く接触することができていない。消滅したわけではない、と聖女の知識が教えてくれてはいるものの、こうして俺が感謝や労いの念を抱いても、それが彼女らに届いているかも定かではない。

 それに俺は、聖女の知識で知り得る情報とは別に、彼女に問わなければいけないことが山ほどあるというのに――


「おっと」

 隣を歩く少女が言葉と足を止める。遠くを見やるその視線の先では、黒く淀むどろりとした物質が、入道雲さながらに膨らみ立ち上がっていくところだった。


 それを認めるやいなや、少女の身体からは無数の輝く細糸が放たれ、それはウィラードの掌に集い、剣のカタチを成していく。

「丁度良いな。そろそろ老人の長話も飽いただろう、次は剣の稽古といこうか?」

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