蜘蛛糸の聖女と冥府の英雄 -聖女の躰に死せる男は宿る-
王子とツバメ
旅の途中
阿呆な男どもが戦争をおっぱじめ、馬鹿みたいに死んでいった。そんな男どもほどの数ではないが、愚かな女もそれなりにいた。
去った男どもに諦めをつけて未来へ進むこともできず。ただただ大事な男の帰還を待ち望む女たち。
そんな女たちは、誰もが決まって同じ末路を選ぶ。
蒼い月の照らす夜。冥府へ続く大穴へ身を投げるのだ。その体を
+++++
旅の最中、しばしの小休止ということで俺は草原に疲弊した身体を投げ出して空を仰いでいた。相も変わらず夜空には蒼い満月が浮かび、淡い月光が降り注いでいる。
何の気なしに胸に手を置くと、柔らかい膨らみがあった。なんだか申し訳なさがあってどかしたその手を眼前にかざせば、剣など持ったこともないような華奢な白い指が目に映る。……今はこれが我が身とはいえ、やはり少し違和が残る。
「どうした?」
そんな俺の顔を覗き込む、年端もいかない少女――の容貌をした道連れの男。
「まだ慣れないかね」
特注なのだろう、その小さな身体にぴったりの軍服を着こんだその少女の口から紡がれるのは、その外見の性別はおろか齢すらかけ離れた、威厳を湛えた低く響く老境の声だった。
「将軍閣下。いや、これは――」
「ははは、敬意のつもりか嫌味なのか。閣下はやめてくれたまえ。生前の地位などこの冥府では意味もなし、今はただの旅仲間だ。名前で呼んでくれて構わないといっておるのに」
「……『どちらの』名前で」
「どちらでも構わんよ。ウィラード=アリシア=ガーディフ。全てが誇らしい我が名だ」
(……「それ」は、あんたの名前と言っていいのか?)
すくなくとも俺には、「それ」を己の所有物と断じるのは憚られた。
(彼女たちの名と生は、彼女たちのためにあるべきものだったはずだ)
彼も、俺も、それぞれ一人の女に生を
「ウィラード……殿」
「まだ固いな。こうも年齢が離れていては歩み寄りも難しいか。……それとも、敵国の将相手ではわだかまりはまだ残ると?」
優しく微笑みかけるように、あるいは俺の奥底を見定めるように。眼前の
「いや。そういった念は無いつもりだ。ただ――まだ信頼するべきかどうか、迷っている」
その答えに、ウィラードは一瞬呆気にとられ、直後には大口を開けて豪快に笑っていた。
「はっはははは! それを直接儂に言うか!! 英雄殿は存外青臭いな、それとも単に獣のように直情的であらせられるか」
皮肉めいた言い回しであったが、機嫌を損ねた様子はなくむしろ少女の貌は心底楽しそうに破顔していた。
「それくらいでちょうど良い。考えなしの献身と盲従こそ国と英雄を緩やかに殺す毒というもの。それを考えれば、思案と疑念を絶やさぬ者のほうが好ましい。どうやら我々は末永い付き合いができそうだ」
……やはりこの老翁とは、到底気が合いそうにない。この身この境遇についての考え方もそうだし、そもそも相手は名だたる老練の名将、ただの善意で俺を
それでも。俺は彼の思惑すら利用してでも、絶対にこの冥府から抜け出さなければいけない。現世や己の生に未練はない。けれどもこの身を預けてくれている彼女を生者の世界へ戻してやるためにも、俺は帰りつかなければいけないのだ。
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