第8話 薬師の役目
「――は?」
呆然、といった感じで、ディオンは呟きを漏らした。
その表情は、何を言われたのか分からない、といった様子だ。
視線を感じたので目を向けれてみれば、アルベールも同じような表情でレティシアのことを見ている。
その反応が自然ではあるのだろう。
ディオンに魔法の才能がないというのは、学園の講師から直々に言われたことなのだ。
一般的な常識に沿って考えればディオンに魔法の才能はないし、どうやってもディオンはまともに魔法を使えるようにはならない。
だが、一般的な常識がどうしたというのだろうか。
そもそも前世の記憶を持っているという時点で、一般的な常識からは程遠いのである。
そんな常識に縛られて考える必要はない。
ゆえに、レティシアはこう断言するのだ。
正しいのは、ディオンの方だ、と。
「……貴様、自分が何を言っているのか理解しているのか?」
「もちろんよ。だって、わたしは薬師だもの。誰かに求められた薬を提供するのが、薬師というものだわ。そうですよね?」
最後の言葉は、アルベールに向けたものだ。
アルベールはそれに何とも言えない顔をしたものの、やがて頷いた。
「……まあ、そうですね。確かに、私達が霊薬を研究しているのも、結局は求められているからです。とはいえ、いくら求められとしても、存在していないものはどうしようもないと思いますが?」
「いえ、存在していますよ? ちょうど作れるようにもなりましたし」
「作れるようになった……?」
レティシアの言葉に、アルベールは不思議そうに呟いた。
それはそうだろう。
その薬の存在を知っているのは、おそらくレティシアだけだ。
それは、千年前に失われた霊薬の一つなのだから。
(どうしてそんなものを知っているのかって怪しまれるかもしれないけれど……きっと大丈夫よね。言い訳は考えているし、そもそも大した薬ではないもの)
そんなことを考えていると、ディオンから睨みつけられた。
「……貴様、何を考えている?」
「何をもなにも、折角護衛がつくというのに、その護衛が役に立たないのでは困るでしょう? だから、その問題を解決しようとしている、というだけのことよ?」
言っていることは嘘ではない。
実際、厄介がられて押し付けられただけの護衛がいたところで、邪魔になるだけだ。
かと言って押し返すことも出来ないだろうし、となれば、ディオンを何とかするしかあるまい。
(……まあ本当は、寝覚めが悪いから、だけれど)
出来ることがあるのにやらないというのは、性に合わないのだ。
前世の頃もそのせいで聖女とか呼ばれるようになったのだが……多分、何とかなるだろう。
そもそも、十年以上爆炎の殲滅者と言い続けているというディオンがまったく信じられていないのだ。
決定的な証拠でもなければ、レティシアが聖女だなんて考えることすらないに違いない。
(ディオンもわたしのことを聖女って言っているけれど、アルベールさんは信じる気配すらないものね)
さらに、レティシアが作ろうとしているものは、用途が限定的過ぎて大したことのないものだ。
きっと問題ないだろう、と考えていると、何かを考えていた様子のアルベールが口を開いた。
「……本当に、そんなものが存在しているのですか? 魔法が使えない者が魔法を使えるようになる薬、などあまりにも限定的過ぎると思うのですが」
「ああ、いえ、魔法が使えるようになる薬が存在しているわけではありません。あくまでも結果的に魔法が使えるようになる、というだけで」
「うん? どういうことでしょうか?」
「そうですね……どこから説明したものでしょうか」
レティシアはディオンが爆炎の殲滅者の転生者だと確信しているので、魔法も使えるはずだと思っているが、原因などに関しては大部分が推測だ。
どうやったら納得させられるだろうか、と考えながらレティシアは話を続けていく。
「わたしも知識として知っているだけなのですけれど、魔法が使えるかどうかは、魂によるらしいです。だからこそ、魔法が使えるかどうかは、生まれつき自覚していることが多いと」
「ええ、そうですね。それに関しては私も知っています。さすがに魂が関係していることですので研究には限りがありますが、それでも、魔法の概要を話しただけの子供に魔法を使えると思うかを調査した結果、実際に魔法を使える子供の大半は、はいと頷いていたとか。まあ、中には願望から頷いた子供いたそうですが、その後再度調査をしてみたら、ほとんどがそのことを認めたらしいです」
そう言いながらアルベールがディオンに視線を向けたのは、ディオンとは違って、とでも言いたいのだろう。
しかし敢えてレティシアはそこには触れず、話を先に進める。
「それはつまり、こう言い換えることも出来ます。魔法に関する才能は、生まれつき決まっている、と」
「ふむ……それですね。それも正しいと思います。より正確には、魔力が、と言うべきですが。魔力はどれだけ鍛えたところで、増えることはありませんからね。ただ、魔法というのは結局のところ魔力が全てですから。魔力の操作によって魔法を使う以上、魔法に関する才能と同等と考えても問題はないでしょう」
「では、ここで問題なのですけれど……魔力がありすぎた場合、どうなると思いますか? 身体が扱えないほどの魔力を持って生まれた場合、その人はどうなるでしょうか」
「……魔力というものは、時として害になります。より強力な魔法を使うため、本来扱える以上の魔力を身に蓄えようとして中毒になったり、最悪死を迎えるといった話は珍しいものでもありません。ですが、最初から持っているのでしたら……どうでしょうね。私もそういった方面の専門家ではないので断言は出来ませんが、無意識に魔力を抑えようとする、といったところでしょうか?」
「はい、わたしもそうだと思っています。そして無意識だからこそ、それがずっと続いていたならば……」
魔法を使おうとしても、無意識に魔力を抑えてしまい、結果として魔法が発動しない、ということも起こりうるのではないだろうか。
少なくともレティシアはそう思ったし、それが有り得ると思う程度には、ディオンのことを……爆炎の殲滅者のことを知っていた。
ディオンはあんな言動ではあるが、実際のところその実力は本物である。
事実レティシア達は一度、彼に敗れている。
魔王を倒すために女神の啓示によって集められた勇者パーティーが、真正面からやり合って、力押しで負けたのだ。
魔王軍四天王の一人にして、最強の男。
それが、爆炎の殲滅者であった。
そして、そんな人物が転生し、赤子となってしまったのである。
その身に宿った魔力をまともに扱えるはずもなく、無意識に抑えるようになった結果、今もそれが続いている、というのは、決して無理のある想像ではなかった。
実際、千年前は稀にあったのだ。
才能がありすぎて生まれた者が、自らの身体を壊さぬよう無意識に力を抑え続け、そのことに本人すらも気付くことが出来なかった、ということが。
ただ、おそらくそれは人類だったからなのだろう。
魔族は人類と比べ強靭な肉体を持つ者が多い。
つまり、どれだけ優れた才能を持っていようとも、普通に肉体が耐えられた、ということだ。
だが、そんな常識は魔王軍四天王最強の男には通用しなかった。
結果、彼は魔法の才能がないと判断されてしまった、ということではないだろうか。
レティシアの話を吟味するように黙ってしまったアルベールだったが、やがて俯いていた顔を上げると、諦めたように溜息を吐き出した。
「……少なくとも、有り得ない、と断定することは出来ませんね」
「はい、今はそれで十分です。可能性があるのならば、わたしがその解消のための薬を作るのも問題ありませんよね?」
「問題ありませんが、結局それはどういった薬なのです?」
「そうですね……多分、風邪薬のようなものだと思います」
狂ってしまった身体の調子を取り戻す、そんな薬だ。
風邪の症状が現れた場合にとりあえず飲むのと同じで、原因のよく分からない状況でとりあえず使ってみるもの。
本来は一時的な安定や、気休めで使うものなのだが、レティシアの推測が正しければそれで十分のはずだ。
原因が分かっていてもどうしようもないのは、身体がそれを正常な状態だと認識してしまっているせいだろう。
無意識にずっとやっていたことだからこそ、今更意識しても変えようがないのだ。
だからこそ、霊薬を使って正常な状態は実は違うのだと身体に教えるのである。
そうすれば、ディオンは魔法を使えるようになるはずだった。
「ふむ……正直不安はありますが、まあ、どうせ被験者はそこの馬鹿ですしね。貴女の上司として、正式にその薬を作ることを許可しましょう」
「ありがとうございます」
本当なら今日はもう帰るはずだったが、ディオンが護衛である以上、なるべく早い方がいいだろう。
そして、そもそもレティシアは本当は今日帰るつもりはなかったので、今から薬を作ることに問題はない。
むしろここで続きは明日以降、とかになってしまったら、その方が精神的によろしくないだろう。
そう言ってアルベールを説得すると、レティシアは二人を連れてさっき出てきたばかりの仕事場へと戻るのであった。
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