第7話 厄介者
レティシアは、自分が特別だと思ったことはない。
聖女と呼ばれた前世の頃でもそうだし、それは今生でも同様だ。
だからこそ、自分以外にも前世の記憶を持っている人物がいる、ということ自体に驚きはなかったのだが……まさか彼もそうだったということには、さすがに驚きを隠せなかった。
「ふんっ、この有様も何も、オレ様はずっと事実を言っているだけからだな。変わるわけがあるまい」
「魔法も使えないのに、ですか……? 爆炎の殲滅者と言えば、その名の通り強力な爆炎魔法の使い手だったのですよ? だというのに、貴方は爆炎魔法どころか満足に魔法の一つ使えない。それで爆炎の殲滅者などとはよく言えたものですね?」
「ぐっ、そ、それは……」
「え? 魔法、使えないんですか?」
レティシアが驚いたのは、爆炎の殲滅者は魔法が使えないどころか、むしろ得意なはずだったからだ。
アルベールが言うように、爆炎の殲滅者という二つ名も、彼の得意とする魔法から来たものである。
なのに、魔法が使えないなどということがあるのだろうか。
「ええ。学園で魔法を教えていた講師曰く、絶望的にセンスがない、とのことです」
「あれはあの講師に見る目がなかっただけよ。凡人にはオレ様の才能は理解出来ぬ、ということだ」
「そういう台詞は、せめて魔法が使えるようになってから言ってください」
この国では、成人前の三年ほどの期間を学園と呼ばれている教育機関に通うことになっている。
そこでは将来のための様々なことを学べるのだが、教える立場にある講師達は基本的にその全員が一流だ。
講師達によって眠っていた才能を見出されたという人は多いし、逆に才能がないことを突き付けられた人もまた多い。
そしてディオンは、魔法に関して後者だったということのようだ。
にもかかわらず、そのことを認める様子のないディオンにアルベールは呆れているようで……当然のように、一般的にはアルベールの反応の方が正しい。
教える側の立場と、教わる側の立場。
どちらの言っていることが正しいのかなんて、考えるまでもないことだ。
だが。
「で、結局のところ、貴方は本当に何故ここにいるのですか? 一応とはいえ王国騎士団の一員なのですから、何の用もなしに、ということはないでしょう?」
「当然だ。というか、何故はこっちの台詞よ。護衛任務だというから、ようやくオレ様に相応しい役目が与えられたかと思えば……まさか向かった先にいるのが聖女に腹黒眼鏡とはな」
「護衛……?」
その言葉は、つい最近聞いたばかりのものであった。
ということは、と思いながらアルベールへと視線を向けると、同じことを考えていたのだろう。
その顔に何とも言えない表情を浮かべ、アルベールは溜息を吐き出した。
「あの、アルベールさん……わたし達を護衛する人というのは、もしかして……」
「……ええ、どうやらそういうことのようですね。ようやく少しは理解を示したのかと思えば、実際にはただの厄介払いだったようです」
「厄介払い、ですか……?」
「ディオンの実家は侯爵家ですからね。しかも、自称爆炎の殲滅者のディオンとは違い、本物の爆炎の殲滅者の血縁者です。まあ、本人の子孫というわけではなく、本人の妹の子孫ですが、由緒正しい家であることに違いはありません。そして、そんな家の三男が何の考えもなしに騎士団に所属するなどと言いだしたらどうなると思いますか?」
「……ふんっ、何も考えずにではない。考えた上でのことよ」
「なら尚のこと悪いですね。周囲への影響に無頓着ということですから」
つまり、ディオンは実質騎士団にコネで入ったようなものであり、しかも爆炎の殲滅者を自称するものの魔法もろくに使えないため、騎士団では持て余していた。
そんな中、薬師が赤竜に襲われるという事件が起こり、これ幸いと薬師の護衛役としてディオンを押し付けることにした、と。
今回の経緯は、大体そんな感じであるらしい。
異論はないのか、ディオンは特に反論することはなかった。
ただ、当然と言うべきか、受け入れているわけでもないのだろう。
顔を背けそっぽ向いている姿は、年齢上に幼く見えた。
それは自分の不甲斐なさに憤っているようにも、ままならない現実に抗っているようにも、誰も理解してくれない現実に絶望しているようにも見えて……だから、だろうか。
気が付くとレティシアは、ディオンに向けて口を開いていた。
「一つ確認なのだけれど、ディオンとしては普通に魔法を使えるつもりなのに、何故か使えない状態、ということで合っているかしら?」
「……合っているが、貴様、何故オレ様に対してはそんな馴れ馴れしい口調なのだ。腹黒眼鏡に対するものとまるで違うではないか」
「慣れ慣れしい、かしら? そんなつもりはないのだけれど……でも、わたしに改まった口調で話されるのは嫌でしょう?」
「ふんっ、確かにそれはそうだな。貴様からそんな薄気味悪い口調で話されるのに比べれば、そっちの方がまだマシか」
薄気味悪いとは失礼な言い方だが、言いたいことは分かるのでレティシアは言い返さなかった。
多分ディオンがレティシアに丁寧な口調で話しかけてきたら、同じように感じるだろうからだ。
だからこそ、レティシアも敢えて改まった口調では話さなかったのだから。
そんなことを考えながら、レティシアは今度はアルベールへと話しかける。
「えーと、ディオンが厄介がられているのは、結局魔法が使えないから、ですよね?」
「……まあ、そうですね。正直爆炎の殲滅者を自称するのも相当ですが、幸いにもと言うべきか、そこの馬鹿は彼の方の血縁ですからね。せめて魔法が使えて一般の騎士団員と同程度に戦えるようになれば、大分マシな扱いにはなるでしょう。有力貴族の子弟が騎士団に入るということだけでしたら、それなりにあることですから」
「はっ、なんだ? 貴様がオレ様を魔法が使えるようにしてくれる、とでも言うのか?」
「――そうね。貴方がそれが望むのだったら、だけれど」
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