第15話 欺瞞と密談
エディが部屋の中に足を踏み入れると、部屋の中にいた人物は、何やら難しそうな顔をしながら目の前の物を眺めていた。
エディの目が確かならば、それは小さなガラス瓶で、中には半分ほど無色透明な液体が入っているように見えるが……それがどうかしたのだろうか。
「そんな風にジッと見つめて、それがどうかしたのかい? まさか、毒というわけじゃないよね?」
「……さあな。あるいは、使い方次第では毒になるかもしれんが……いや、俺達にしてみれば、これが存在しているというだけで十分毒になりうるか」
エディの存在に驚くことなく、当たり前のようにそう返してきたのは、事実として当たり前のこととなっているからだろう。
エディが無遠慮に部屋の中に入るのは一度や二度のことではない。
そしてエディにとっても当たり前のことになっているため、その反応ではなく、返された言葉の方に首を傾げた。
「俺達、というのは、君と僕、という意味でいいのかな?」
「それ以外あるまいよ。まあ、お前もこれが何なのかを知れば同じ反応になるだろう」
「へえ……?」
さすがにそこまで言われたら興味もわくというものだ。
何せこの国の宰相の言葉である。
自分の言葉にどれだけの影響力があるか分かっているからこそ、彼は滅多なことは口にしない。
そんな彼がそこまで断言するということは、相応のものということになるだろう。
(とはいえ、遠目にはただの水のようにしか見えないんだけど……いや)
改めて眺めてみれば、僅かに魔力を感じた。
魔力は自然にも存在しているものだが、魔力を留めておけるのは生きているものだけである。
特に液体の中に留めておくのは、一時的にすら難しい。
だからこそ、その状態にあるのは特別な呼ばれ方をしていた。
「霊薬……? しかもその色からすると、ポーションではないよね?」
ポーションは、薄い青色の液体のはずだ。
というか、エディの知る限り、無色透明の霊薬というものは存在していないはずだが……。
「ん-……君は確か昨日魔の大森林に行っていたはずだけど、そこで見つけた、とかじゃないよね?」
魔の大森林は千年前の状態を留めてはいるが、それだけだ。
遺跡などは存在していないため、霊薬が見つかるとは考えづらい。
案の定、頷きが返ってきた。
「ああ。そもそもこれは、人工的に作られたものだからな」
「人工的に……? ということは、それは……」
「お前の想像通り、霊薬研究所から提出されたものだ」
「……なるほどね」
それは確かに、自分達にとって毒になりうるものであった。
あそこで作られたということは、誰が作ったのかも明らかだからだ。
「……それにしても、研究所、か」
「ん? どうかしたか?」
「いや、研究者はいないのに研究所って名前なのも変なものだなと、改めて思ってね」
研究所としか呼びようがないためにそう呼んでいるが、実際に所属しているのは薬師なのだ。
その歪さに、自然と苦笑が浮かぶ。
「呼び方を変えたところで、何も変わらないってのにね」
「大衆なんてそんなものだ。俺達はそのことを、一番よく理解しているだろう?」
「……まあね」
だから、それが仕方のないことだということも理解してはいる。
だが、それはそれとして、歪だし、くだらないことだとも思うのだ。
「ああ、そういえば、それで思い出したんだけどさ――彼女と会ったよ」
「…………なに?」
あまりにも唐突だったからか、彼は一瞬身体の動きを止めた。
しかし、さすがと言うべきか。
数回瞬きを繰り返しただけで、すぐに気を取り直していた。
「……いつだ?」
「今日の昼前ぐらいだったかな。気分転換に王宮内を散歩してたら偶然ね」
「……お前は一体何を考えている」
「そう言われてもね。言ったように完全に偶然だったんだから、どうしようもなくないかな? というか、正直なところ君に言われたくはないんだけど? 君も昨日会ったんだろう?」
「……偶然だ。仕事として視察にいったらアレがいたのだからな」
「さすがにその言い訳は苦しくないかな?」
視察に行くと決めたのは彼だし、視察に行く先に誰が行くかを把握していないわけがない。
その上で行くことを決めた以上は、誰がどう見ても作為的でしかないだろう。
とはいえ、このまま話を深掘りした場合、自分にも突き刺さってしまう可能性が高い。
なるべく人目に付くべきではないとはいえ、わざわざあの場所へと散歩に行く必要はなかったのだから。
ゆえに、そこに関してはそれ以上触れないことにして、エディは話を先に進めた。
「ま、別にいいんだけど……それより、会ってみて思ったんだけど、ちょっと危ないかもね」
「危ない……? 何がだ? 確かに、昨日も何故かあそこにいないはずの赤竜に襲われたりしていたが……」
「いや、そういう意味じゃなくね。まあ、それはそれで思うところがあるけど……彼女の、記憶のことだよ」
「記憶……?」
思い当たるところがないのか、彼は訝し気な表情を浮かべた。
何かを思い出すように目を細めたのは、昨日のことを思い出しているのだろう。
「……昨日向こうに行く前に接触するタイミングがあったからそれとなく探ってみたが、特に問題はなさそうだったぞ? 向こうで何もなかったかと言えばそんなことはないが、記憶がなくともあいつならあの程度のことは出来るだろう」
「それに関しては同感だけど……あー、ってことは、もしかしたら君のせいって可能性もありそうだなぁ。その接触が切っ掛けになっちゃったんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「彼女、僕のことエディって呼んだんだよね。しかもその前には、勇者とも」
「……なんだと?」
話を聞いた瞬間、彼は険しい表情を浮かべた。
とはいえ、それは当然だ。
エディ達が懸念し、回避したがっていることが、引き起こされてしまっているかもしれないのだから。
「もしかしたら、少しずつ記憶が戻ってきちゃってるのかもね。まあ、これ以上余計な刺激を与えないようにさっさと別れたから、確証は持ててないんだけど」
「ちっ……厄介な」
「まったくだね。で、どうするんだい?」
彼女の記憶が蘇ってしまうことは、色々な意味で不都合しか生じない。
放っておくことは出来ないことだが……彼はとぼけるように肩をすくめた。
「……さてな」
「それはつまり、放っておく、ということかな?」
「そうは言っていない。だが、今すぐに結論が出せることではあるまい」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
「というか、お前も他人事ではないぞ?」
「うん? どういうこと?」
確かに他人事ではないが、この件に関してエディには権利がない。
関わりたくとも関わることが出来ないというのに何を言っているのかと思っていると、彼は先ほどまで見ていた霊薬を手に取った。
「この霊薬が何であるかを言っていなかったな。結論から言ってしまえば、これを飲んだ結果、ディオンが魔法を使えるようになったそうだ」
「……は?」
あまりにも有り得ないはずの言葉を耳にし、思わず間抜けな声が漏れた。
ディオンが何故魔法を使えないのかに関しては、エディ達も原因はほぼ特定出来ていた。
だがそれは、ディオンの魂があまりにも強大すぎて、器である肉体が適応できていない、というものである。
原因が分かったところで、どうにもできない類のものだったはずだ。
それをこんな風に呆気なく解決してしまうとは……。
「……本当に彼女は。こちらの予想を簡単に超えてくれる」
「でなければ、救国の聖女などとは呼ばれんだろうよ」
「確かにね」
同意を示しつつ、溜息を吐き出す。
仲間だった頃は頼もしさしかなかったのだが……さて、どうしたものか。
「つまりディオンは、記憶だけでなく力も取り戻した、ってことだよね。それは正直困るんだけど……頼もしくもあるんだよねえ」
「まあ、アレでも元四天王筆頭だ。だからこそ困るが、だからこそ頼もしくもある」
「うん。どうしたものか迷うところだよね」
「それをどうにかするのがお前の役目だろう」
「……分かってるよ」
確かにこれは、他人事ではいられなそうだ。
元とはいえ、魔王軍四天王の一人に関することならば、その担当をするのはエディの役目である。
「ちなみに、参考として聞いておきたいんだけど……もしも彼女が記憶を取り戻してしまったら、君はどうするつもりなんだい? ――千年前と同じようにするのかな?」
エディの質問に、彼は答えなかった。
さすがに意地が悪かったかと、肩をすくめる。
とはいえ、避けては通れない問題だ。
そうでなければ、千年前に彼女を裏切って殺した意味がなくなってしまう。
(まあ、そこに意味を見出そうとすること自体、僕達の自己満足に過ぎないんだろうけどね)
そんなことを考えながら、エディ――次代の魔王にして最後の勇者である男は、これから先のことを考え、溜息を吐き出すのであった。
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