第11話 霊薬の成果
ディオンが何故か、自分の顔を眺めながらニヤニヤしている。
もしかして寝ぐせでもついているのだろうかと思ったが、そんなこともなさそうだ。
(変な顔をしたりもしていないと思うのだけれど……何かしら。もしかしたら、さっき作った霊薬の効果、とか……?)
そんな効果はないはずだが、それを言ったら飲んだ者があんな風に苦しむこともないはずだ。
レティシアがディオンに飲ませたのは、あくまでも身体を正常な状態に戻すための霊薬である。
正直、そこまで役に立つものではないし、ディオンに効果があったのも半ば偶然みたいなものだ。
何にせよ、あそこまで苦しむようなことはないはずである。
(……もしかしたら、魔族に対してだから、少し効果が異なるのかしら?)
種族が違えば、薬の効果が異なっても不思議はない。
一番いいのは、色々な人に飲ませることだが……さすがにそういうわけにはいかないだろう。
誰かが飲みたいと言ってくるのならば別だが、そんなことはそうそうないだろうし――
「……ふむ。レティシア、先ほどの薬ですが、同じものを作ることは出来ますか?」
「え? え、ええ……素材はまだ余っていますから、出来ますけれど……」
「では、お願いします。一本……いえ、可能なら二本以上あると助かりますね」
「構いませんけれど……多分、作っても役に立ちませんよ?」
繰り返すが、あの薬はそこまで役に立つものではない。
ディオンと同じような状態の者が他にもいるのならば、飲ませることで効果があるかもしれないが、さすがにそうそういないだろう。
何より、一本を作るためのコストが高すぎる。
色々気になることはあれど、わざわざ作る価値はない、というのがレティシアの感想だ。
だが、どうやらアルベールの考えは違うらしい。
「いえ、そんなことありませんよ? 少なくとも既に一件実績は作っていますしね」
「……ふんっ、オレ様のことか」
「ええ。誰からも見捨てられ、騎士団一のお荷物とされていた人物を、多少なりとも使えるようにしたのです。その事実だけで各所から感謝の雨が止まないことでしょう」
「オレ様が多少なりとも使えるようになった、だと? その程度にしか認識出来ていないとは……まあ、所詮は腹黒眼鏡か。腹が黒いだけで、事実を認識する能力には欠けているようだな」
「おや、壁に穴をあけることしか能のない貴方のことを多少でも使えると判断してしまったのですから、私としては我ながら甘いと思ったのですが?」
何故か言い合いを始めたアルベールとディオンだが、言葉の内容の割に二人の雰囲気は悪くない。
むしろ気安い関係にも見えた。
おそらく、二人にとってこれはじゃれ合いのようなもので、実際は仲がいいということなのだろう。
「……何故か非常に不愉快な勘違いをされている気がします」
「……貴様と意見が合うのは不快だが、同感だ」
「……まあ、いいでしょう。ともかく、そういうわけですので、十分役には立ちます。結局のところ、どんなものであろうと使い方次第ですからね。……お願いできますか?」
「……分かりました」
レティシアが頷いたのは、アルベールがそういうのならばそうなのだろうと思ったのもあるが、何よりもアルベールの顔が妙に真剣そうに見えたからだ。
考えてみれば、まだレティシア達が所属している部署が出来てから、二年も経っていないのである。
これからもここを存続させるため、少しでも実績が必要、ということなのかもしれない。
レティシアはそこまで考えてはいなかったが、考えていなかったからこそ、協力が必要だろう。
「少しでもアルベールさんの役に立つため、わたしも頑張りますね」
「……何となく何かを勘違いされているような気もしますが、まあ、頑張っていただけるというのでしたらいいでしょう。よろしくお願いしますね」
「はいっ」
レティシアは今まで、アルベールから頼られるということがなかった。
入ったばかりの新人なのだから当然ではあるが、今回初めて頼られたのである。
今まで世話になった分も頑張ろうと気合を入れ――
「まあ、気合を入れるのは結構ですが、貴女はこの後すぐに帰るのだということをお忘れなく」
「……うっ」
出鼻をくじかれるような言葉に、思わずうめき声が漏れた。
すがるようにアルベールの顔を見つめてみるが、いつもの笑みが崩れる様子はない。
「私の顔をジッと見てどうしました? 何か言い忘れたことでも?」
「……いえ。あの、せめて今頼まれたものだけは作らせていただけませんか?」
「ふむ……」
どさくさに紛れてこのまま残れないかと思ったが、さすがにそこまで甘くはないようだ。
だが、仕事を受けたというのに、何もせずに帰るというのは座りが悪い。
そんなレティシアの思いに気付いてくれたのか、アルベールはしばらく考えるようなそぶりを見せたものの、最終的には頷いてくれた。
「……まあ、いいでしょう。実際のところ、早く作っていただけるのでしたら助かりますしね。たとえそれが、少しでも帰るのを遅くするためだとしても」
どうやら本当の意味で気付いているようだが、レティシアは何も言い返さず目をそらした。
バレていようとも、許可を得られたのだから何の問題もないだろう。
出来ればこのまま普通に仕事が出来ればそれが一番であったが、それは厳しそうだ。
それでも、何とかならないだろうかと考えながら、とりあえずレティシアは先ほどの霊薬と同じものを作るための準備に取り掛かるのであった。
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