最終話 三色の風

 あれから数年後。ドロップアウト家はほんのちょっと様変わりした。

 あたしは通常義足用の新しいスポーツシューズの開発をきっかけとして昇給が認められた。あの日みんなから貰った義足は今でもあたしの右足を支えてくれている。

 紫織はリモートワークとして翻訳作業を行っていた経験を元に、現在は大手出版社に入社して、たまの会議を除いて基本的にはリモートでの翻訳・校正編集を担当しているらしい。

 橙花は事故直後にフラっと居なくなってたのは義肢職人を探す旅に出てたらしくて、今はその経験と持ち前のコミュニケーション能力を駆使しながら冒険写真家をしている。

 そして――つくもは。


「ただいまー」

「おかえり、シロ!」


 今年で21歳になったつくもは、隣町のネイルサロンで働きながらネイリストとしての修行をしている金萌ちゃんをお嫁さんにもらって、今は三色中学校の国語教師をしている。

 お互い若いながらも破竹の勢いでそれぞれの才能を伸ばしてきただけあって、先輩からはほんのちょっとのやっかみを込められつつも可愛がられているようで、今のところ職場でトラブルらしいトラブルがあるとは聞いていない。というか、あたしのところまでその情報が来るよりも先に、お互いがお互いを支え合って乗り越えているらしくて、自分が子離れできていないことをほんのちょっとだけ突き付けられる。

 中学から付き合っていたこの二人だけど、実は高校・大学は別々の進路に進んだ。というのも、金萌ちゃんの将来設計がとにかくはっきりしていたからだ。つくもに聞いた話によれば、彼女は子供の頃から「キレイになりたい」っていう願望が人一倍だったらしくて、大人になったらモデルかスタイリストになりたかったみたいで、「恋人だから」「一緒にいたいから」という理由で自分の夢とは無関係の学校に行くことは、自分のためにもつくものためにもならないって話してたみたい。

 つくもはそんな金萌ちゃんに影響されて、自分の得意なことややりたいことを見つめなおした結果、教師となって子供たちを正しく導くことが「大好きなこの村の未来を導くこと」だと思ったようで、教員の道へと進んだらしい。


「新婚のラブラブオーラまぶしいわー……」

「あたしたち、結婚する前からだいぶ落ち着いてしまっていたものね」

「幼馴染と結婚したところまでは同じ土俵のはずなのにね?」

「フレッシュさが足りないのよね、私たち……」


 つくもが結婚したとはいっても、婿入りではなく嫁入りという形なので、ドロップアウト家としては「真城金萌」という義理の娘が増えたというだけだ。

 たまに会社で「苗字が呉内じゃないってことは息子さんが婿入り?」みたいなことを聞かれるけれど、息子は養子なので呉内はあたしと妻だけです、という説明を毎回している。それよりも深刻なのは、つくもが成長期にあまり背が伸びなかったことと、未だに少し童顔なことだろうか。親としては可愛らしいと思うし、金萌ちゃんどころか本人もそういう意味では気にしていないみたいだけれど、地元はともかく同僚と隣町まで飲みにいったりすると、未成年と勘違いされてお酒を提供されなかったり、時には同僚さんが通報されかけたこともあるみたい。

 まぁ見た目がちょっと大人びた中学生みたいな子だからね……仕方ないと言っていいのかはわからないけど。


「シロ、お風呂わいてるよ。ご飯を用意してる間に行ってきな!」

「ありがとう金萌ちゃん。これ、生徒が調理実習で作ったやつをくれたんだ。後で一緒に食べよう」

「んー……これくれたの女子?」

「え? うん。……あっ、いや大丈夫だよ。君がいるのに教え子に手を出すわけないし」

「わかってるわかってる。でもこういうのはちゃんとシロが全部食べな?」

 

 バレンタインとかハロウィンもだよ、と念を押す金萌ちゃん、つくも的にも女子生徒的にも理解あるいい奥さんしてるなぁ。

 あたしが他の子から贈り物もらった時の紫織もあんな感じ……ではなかったなぁ。いや、表面的には「わかってるから」みたいな顔でなんでもない風を装ってたんだけど、その後しばらくあたしから離れようとせず穏やかに威嚇してたしなぁ……。隣の愛妻しおりにチラっと視線を向けると、思い当たる節があるのか目を逸らされた。

 玄関でつくもの荷物を受け取った金萌ちゃんは、紫織に煮物の火の世話を任せると、二階にそれを置きに行き、しばらくしていくつかの衣服とバスタオルを脱衣所に運んで戻ってきた。

 断っておくけれど、つくもは別に亭主関白を強いてはいないし、あたしも紫織も橙花だって、金萌ちゃんに変な教育をしてるわけじゃない。というか、夫婦のことは基本的には夫婦でどうにかしなさいって方針で、夫婦生活やその方針に口を出すなんて野暮なことはしてない。あれはあくまで金萌ちゃんが「たぶんそのうち面倒になるけど、モチベある内に「旦那様に尽くす嫁ごっこ」させてもらっていいっすか」と、つくもどころかあたしたちにまで伺いを立ててきたから好きにやらせてるだけだ。もう半年くらいやってるし、そろそろ飽きてくるとは思う。

 少なくとも「尽くす嫁」は長続きしないって「出来る嫁」代表みたいな紫織が言ってたんだから間違いない。


「……あ、そういえばお昼に橙花から「もうすぐこっちの空港を出るよ」って連絡きてたな」

「え、橙花もうすぐ帰ってくるの?」

「え、連絡来てない? 確かロサンゼルスから中部国際空港セントレアだと14時間くらい掛かるだろうから、着くのは夜中の1時かな? 0時頃に迎えに行くけど、紫織も行く?」


 そういえば……実は少し前に念願の車を購入した。みんなで話していた通り、中古のミニバン。

 中古とはいっても、国内の有名メーカーが長年に亘って後継車を出し続けているロングセラー商品の2050年版。おかげで現行の車についているだいたいの機能は標準装備されていて、操作性・機能性・収納性のどれをとっても、普段使いに困ることはない。ちょっと燃費が悪いことに関しては、紫織が苦言を呈していたけど。

 でも、そのおかげで最近は家族みんなで遠出することもできるようになった。ドロップアウト家を結成した直後に比べれば、家庭内財政もそれなりに安定してきて、たまにちょっと贅沢なお食事をできるくらいには、余裕もできている。

 とはいえ、その分みんなそれぞれのお仕事に急かされたりすることもあって、全員が揃ってごはんを食べるという機会はちょっとだけ減ってしまったのは寂しいところだ。特に橙花なんて、村どころか国内にさえいないことがほとんどだから、夜中とはいえ迎えに行けば積もり積もった話もいっぱい聞ける。その認識は、どうやら紫織も同じみたいで……。

 

「当たり前でしょう? なんであなた一人だけで橙花を迎えに行くつもりなの?」

「いや、夜中だし……眠いかなって」


 それはあなたもでしょう、と言われてしまって、ぐうの音も出なかった。

 ひとまず行きの車内で食べる夜食だけ作っておこうか、と話すと、冷蔵庫のホワイトボードに「紅葉・紫織:夜間不在(午前0時~明朝)」を記す。


「今日の夕飯は?」

「アタシのがレンコンと鶏肉の煮物で、紫織さんがなんか美味しそーな汁物作ってました! ネバネバのやつ!」

「とろろ昆布とオクラのお味噌汁ね」

「あー、オクラ消費たすかるー……。作っといてなんだけど近所の人にあげても消費が間に合ってないもんね……」

「今度アタシもオクラ料理のレパートリー増やしときますんで、そん時もヨロです!」


 畑の状態も、当初とは比較にならないほど良いものになった。以前ほど構えなくなってしまったけれど、それでも毎シーズン必ず旬の野菜を育ててはいるし、それが間違いなく家計の一助になっていることは、家内財政を握っている紫織の口からたびたび聞かせてもらっている。以前、試しにうちの野菜が全滅した場合の食費への影響を訊いてみたら、しばらく畑に懸かりきりになるも已む無しと血迷いそうになったくらいだ。


「お風呂あがったよー。ごはんの前に誰か入る人いるー?」

「シロ、橙花さん明日帰ってくるらしいよ」

「え、じゃあ迎えにいかないと……」

「夜中に紅葉さんと紫織さんが行くって。ほら、ホワイトボード」

「ほんとだ。僕も行きたかったけど、明日もお仕事だし……明日のお夕飯を楽しみにしとくよ」


 残念そうにするつくもには悪いけれど、さすがに多忙極まる教師には眠れる時に眠ってほしいし、縫い付けてでも家に居てもらうつもりではあったけれど、さすがに見た目は幼くとももう大人。ちゃんと割り切るところを見極めて受け入れてくれたことに感謝しながら、ひとまずごはんを――、



「ッヘーイ!!」

「「「「えっ」」」」



 ――と思ったら、なぜか橙花が我が家の玄関を勢いよく開けていた。


「はーっはっはっは! 明日の朝までいないと思った? ざんねーん、この橙花ちゃんがそんななんのサプライズも面白みもないことするわけないじゃーんっ! もう今朝には中部国際空港セントレアに居たもんねー!」

「え、じゃあ今まで何してたの……?」

「お金とスマホの充電がなくて徒歩とヒッチハイクを駆使してたらこんな時間になっちゃった……」

「バカじゃないの?」


 橙花、また変なハイテンションに拍車が掛かって……。

 ……でも、これが橙花らしいっちゃらしいか。コミュニケーションの天才。何があってもその愛嬌と人当たりのよさでなんとかしちゃう、あたしたちの親友。


「よーし! ごはん、もう一品くらいならあたしが作るよ!」

「おっ、くーちゃんが作るごはんとかめっちゃ久々ー! とりまお風呂入りたいんだけど沸いてる?」

「さっき僕が入ったばっかりだから沸いてるよ」

「いってきまーす! しおしお、着替えよろしく!」

「はいはい。どうせ久しぶりのお風呂なんでしょう? ちゃんと肩まで浸かりなさいよ」


 はーい、という明るい声が家の中に響くと、ほんの少し開いた玄関先から涼しい風が入ってくる。

 気持ちのいい風だ。温かく、涼しい、よく馴染む風。これが――三色村の風だ。

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ハイスペック・ドロップアウト! espo岐阜 @espogifu

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