鷺来瑞毅の恋愛速記録

御影イズミ

第1話 その男、鈍感につき


 日本、N県九重市のとある雑居ビルの5階。

 鷺来瑞毅さぎらいみずきは朝の日差しを受けて目を覚ます。

 スマホの時計を確認して、同居人達が既にリビングにいることを確認すると、彼は目をこすりながらリビングへと向かった。



「おはよう」


「はよっさーん。みずきち、パン食べる?」


「いや、いい……。今日はゼリーだけで」


「毎回思うけど、そんなんで本当に栄養取れてんのかァ?」


「胃を満たせりゃそれでいいよ、俺は」



 ソファに座り、パック型ゼリー飲料をずるずると飲み干す瑞毅。

 同居人である木々水きぎみずサライと霧水砕牙きりみずさいがの2人の朝食の準備を眺めつつ、今日は何してやろうかと色々思考を巡らせた。

 と言っても今日は瑞毅が買い出し当番なので、スーパーマーケットに出向かなければならないのだが。


 買い出しのメモがテーブルに放り出されているのを見て、うげぇ、と表情を歪ませた瑞毅。個数も多く、重いものが多いため自分一人で運ぶのはしんどいだろ、と。

 だがそれでも瑞毅が持てる分量に抑え込んであると砕牙は言う。3人共車も持ってなければ自転車も持ってないというかなり珍しいタイプなので、持ち歩ける量には十分気を配ったと。



「なんだったら、和泉かライアーさんに頼めば? どっちも買い出しとかありそうだし」


「それやるとお前もサライも追加でこれ買ってきてって言うだろ」


「あ、バレた?」


「表情からしてそうする気なのが見えてんだよ、馬鹿」


「まあでもお前は今ニート真っ只中なんで、俺らの小間使いとして使われるのは覚悟しとけ」


「へいへーい。飯食ったらちょっとライアーに相談してみらぁ」



 ずるずるとパックゼリーを飲み干して、水分補給を終わらせた瑞毅は着替えを済ませ、顔を洗って髪を整える。火傷の痕が多少痒みを発しているが、いつものことだと軟膏を薄く塗って対処しておいた。


 買い物メモを財布にしまい、スマホと一緒にポケットに放り込んだ瑞毅はそのまま玄関から外へ出て、エレベーターに乗って1階まで降りた。



「おはよーさん、ライアー」


「おっと、おはよう。どした?」



 辿り着いたのは雑居ビルの1階にあるカフェ『シェルシェール』。つい最近開いたばかりの喫茶店だが、店主のライアー・シェルシェールには色々と世話になったのもあって瑞毅と彼はだいぶ仲が良い。

 カフェの準備を手伝いつつ、今日の買い出しに車を出してくれないかと聞いてみれば、ライアーは快く承諾。丁度人手が欲しかったようで、瑞毅の同行を許可する代わりに手伝ってほしいとのこと。


 何を手伝うかなんてわからなかったが、まあ、ライアーには世話になっているからと瑞毅は軽い返事で承諾。スマホでサライと砕牙に了承を得たことを伝えると、買い物メモに追加するものはあるか、と連絡を入れた。



「あ、もう少し待っててもらっていいか? 実は今日、クレーエがこっちに来るもんでさ」


「クレーエっていうと、確か……」


「俺の彼女。店開いたって話聞いたら、来たいって言っててね。今日の買い出しもそのためさ」


「ああ、そういう……」



 店を開いたことを彼女に告げたのは良かったが、彼女の仕事の都合上こちらに来ることが出来ずにいたそうで、ようやく来るんだ、と嬉しそうに話すライアー。

 そんな様子に瑞毅はどう答えたものか、と考えたりもしたが……彼女が来るだけで嬉しくなるものだろうか? という別の疑問も生じていた。


 瑞毅は独り身だ。そもそも顔に出来た火傷のせいで他者から怖がられている事が多く、女性との付き合いも少ない。故にライアーの気持ちが少しわからなかった。

 ライアーにも瑞毅に負けず劣らずな大きな火傷があるが、それを踏まえても彼のことが好きだという人がいるということ。それに関しては瑞毅もよくわかっている。だが彼女がいるだけで楽しくなるという感覚だけがわからないのだそうだ。



「瑞毅って学校は男子校?」


「あー、俺高校は通信制。火傷があるからあんまり人目につきたくなくて」


「ははあ、それじゃあ確かにちょっとわからないよなぁ」


「大学には進学したけど、まあ、基本マスクつけてぼっちで受講してたんで」


「寂しいねえ。それじゃあ余計に彼女とか出来なかったんじゃないか」


「まあ、それが俺の人生だっていうことで」


「うーん、クール」



 開店準備を事前に済ませ、瑞毅側もサライと砕牙の聞き取りを済ませてライアーの車に乗り込む。

 運転手であるライアーは九重市の地図はまだわからんということで、瑞毅がスーパーマーケット「ここのん」までの道を教えてあげた。


 なお、今日は何かイベントがあるのか道路はかなり混んでいる。ここのんに辿り着くまでにライアーのフラストレーションは溜まっており、眉間に出来たシワがかなり深くなっていた。



「正直エルグランデに比べるとくっそめんどくせぇ」


「まあ……あっちは都会と農村の格差が激しかったもんな」


「ワープポイントが欲しい」


「それはこっちに住んでる俺ら全員の願いでもあるわ」



 揃いも揃ってフラストレーションが溜まる一方なのだが、混んでいる理由が少女アニメのショーだと知った彼らは全部を許した。彼らにとって少女達は誰もが正義なのでなんら罪はない。怒っている自分達の方が悪いのだと。


 長蛇の列に巻き込まれながらも、ライアーと瑞毅はここのんへ到着。車を止めて買い出しメモを取り出し、それぞれが購入するものをカゴへと放り込んだ。



「そっちの夕飯、今日は誰が作るんだ?」


「砕牙。俺とサライは手出し禁止なんだよ、基本的に」


「あらら、なんでまた」


「さぁ……? とにかく、禁止だって」


「まあ、男3人だと嗜好が偏るしなぁ。仕方ないといえば仕方ないか」



 ライアーは自分の店で使うものを、瑞毅は砕牙とサライに頼まれたものと自分が必要なものをカゴへと入れると、レジへと持っていく。

 並んでいる際、瑞毅は荷物の重さに大きなため息を付いていたが、持ち帰れば後は仕事探しの続きをするだけだからともう少し頑張ることに。



「重い……」


「荷物運び、後で手伝おうか?」


「すまん……」



 両手で籠を握りしめている間、今日の夕食は何になるか、明日は何をするかといった色々なことを考えていた瑞毅。たまに、ぼうっとここのんの窓を眺めて外の景色を視界に入れたりして頭の中を空っぽにする。

 途中でこちらをじっと見てくる少女や少年達がいたが、顔の火傷を見ているんだろうな、という気分になっただけでそれ以外の考えは浮かばない。少女は可愛らしい、ぐらいは頭を通り過ぎたが。


 ふと、瑞毅は自分に視線を向けている女性がいることに気づく。

 通り過ぎる人々は皆一瞬のうちに瑞毅から目をそらすというのに、その女性だけは何度も瑞毅の顔を見ては顔をそらし、を繰り返していた。



「……?」



 自分の後ろになにかあるのか、と振り返ったりもしてみたが、特段何もない。

 女性が本気で瑞毅を見ているとわかったのは、それから数秒後のこと。



「あ、あの! これ!」


「えっ」



 突如、女性は瑞毅に向かって手紙を渡してきた。恥ずかしさのあまりに女性はそのままここのんから出ていったようで、瑞毅が追いかける暇もなく。

 可愛らしい便箋を片手に、瑞毅は棒立ちになってしまう。それから、ライアーが声をかけるまで何も頭に入ることはなかったそうだ。



「……とりあえず、その手紙の内容は店帰ってから読もうか」


「ん。……なんで俺に手紙渡したんだろうな?」


「あー、そういうとこも鈍感な感じなのね、お前」


「???」



 車で帰宅する間にも、瑞毅は自分の身に何が起こったのか分からず首をひねり続ける。

 その手紙が何故渡されたのか、理由もわからぬままに……。

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