第15話 原稿を折った痕

 「銀河鉄道の夜」のばあい、「用紙を折った痕跡こんせき」というのも判断材料になります。

 最も古い部分の原稿には四つに折られたあとがあるのです。

 ところで、宮沢賢治の親友菊池きくち武雄たけおに、親友どうしの飲み会の席で、賢治が書きかけている物語の原稿を読んでくれた、という回想があります。それが「銀河旅行」の物語だったというのです(このときに「銀河鉄道の夜」というタイトルがすでに存在したかどうかは不明です)。

 菊池武雄によると、そのとき、賢治はポケットから原稿を出した、ということです。ポケットに入れていたとしたら、横長の原稿用紙二つ折りでは入りません。ですから、この四つ折りされたものが、そのときに「書きかけ」だった原稿であり、おそらく菊池武雄の前で賢治が読んだ原稿の現物であるということがわかります。

 もっとも、菊池武雄が原稿の成立過程を知っていれば作り話という可能性もありますが、この回想は校本全集が編集される前に発表されています。「第四次稿」になるまで「午後の授業」から「家」までの部分がなかった、という判定が行われる前でした。その時点で、菊池武雄は、賢治が目の前で読んでくれたときにはその部分はなかった、と言っていますので、この回想の信頼性は高いと言っていいでしょう。

 その菊池武雄の回想によると、その飲み会の席で読む前に、賢治は「子供等」にも同じ原稿を読み聞かせていたらしい。その相手が、弟の清六せいろくさんや妹のシゲさん、クニさんなのか、ほかの「子供」なのかはわかりません。ともかく、おそらく「銀河鉄道の夜」を書き始めた時期に、賢治は、原稿用紙を折ってその原稿を持ち歩き、読み聞かせるということをやっていた。それは、「銀河(天の川)に沿って鉄道が通っていて、その鉄道に乗って旅をする」という設定が多くのひとに理解してもらえるか、ということにあまり確信がなかったからかも知れません。

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