宇宙人からのメッセージ

井桁沙凪

宇宙人からのメッセージ


──『戦争と平和』を読んで単なる冒険譚だと思う人もいれば、チューインガムの包装紙を読んで宇宙の秘密を解き明かす人もいる。──


 これはスーパーマンの宿敵であるレックス・ルーサーの言葉だ。ところで今、俺の目の前には赤色ゴムの上履きをもの悲しそうな目つきで見下ろしている二学年屈指の変わり者、ソウダさんがいる。上履きの中へおもむろに突っ込まれた二本指は、中敷きの先端を摘まんだ恰好で戻ってきた。

 黒いインクで出鱈目な模様が落書きされた中敷き。ソウダさんはそれを顔の真横まで持っていくと、眉間に皺を寄せてあっかんべーした。俺はやけに血色のいい舌先に妙なエロさを感じて、思わずふいと目を背けた。昇降口の外から差し込んでくる夏の陽差しがあんまりに眩しいからそうしたみたいにして。

「これがなんだか分かるか、佐藤少年」

 冗談みたいな口調で投げかけられた問いに、俺はすなおに答えを返した。

「落書き。いじめの事実を証明する、物的証拠」

「ノンノン。まあ、君も地球人なようだし無理ないな。ズバリだね。これは、宇宙人からのメッセージなのだよ」

 そう断言された時、俺は例のレックス・ルーサーの言葉を思い出したのだ。自分の上履きに描かれた落書きに宇宙人からのメッセージを読み取れる女の子がいてもおかしくはない……弱きを助け強きを挫くヒーロー好きが高じた故か、俺は馬鹿盛りの高二男子としては意外がられる主義──どんなにおかしな奴にも対話を阻む偏見を持たない──を貫いていたので、そんなソウダさんの戯言にも嘲笑の鼻息一つ吹き掛けなかった。

 俺は高二になってもまだ根っからのヒーローオタクで──というよりも、単なるヒーロー好きじゃあ趣味と云えども肩身が狭くなってきたので自分の世界にぼんやりと没頭するだけのヒーロー好きから人にうんちくを語れるオタクにならざるを得なかったのだけれど──とにかく、ヒーローにぞっこんなのだ。アメコミ、戦隊モノ、超常能力バトル漫画の主人公……愛する人がピンチの時は颯爽と駆けつけ、そうじゃない人がピンチの時にも惜しみなく力を発揮する。ヒーロー、マジで、なんてイカスんだ。

 俺がそんな、ある人からしてみれば子どもじみた嗜好の持ち主であることを知ると、ソウダさんは鳥の巣みたいなショートヘアーを指できつつ「ヒーローを信じるのなんて虚しくないか。いや、真剣に」と言った。

「虚しい? なんで?」

「だって、現実にはいないじゃないか」

 自転車を押しながら、俺はわざとらしくきょとんとした。宇宙人はいかがなもんでしょ、みたいなニュアンスが伝わるように。

 俺はその日の帰り道、なぜかソウダさんと一緒だった。いや、今朝の陰湿ないじめの一幕を目撃したためだ。曰く「佐藤少年がわたしの秘密を然るべき機関に報告しないかどうか見定める」とのことだった。

「べつに虚しくないよ。わくわくするからヒーロー好きなの」

「時間の無駄とか思わないのか。いないものに熱中して」

「まあ無駄なのかも分かんないけど、ただ楽しいだけってのも大事だと思うよ」

「楽しいだけで人生やってけるのか」

「あのー、これ、説教ですか。なんか余計に暑く感じるんだけど……」

 キリキリ、と、錆びかけた車輪が田んぼの道を置き去りにしていく。大きな剣が振られたみたいに、田んぼの青草が横一列で夏の風になびいてきて、噎せ返るような草の匂いを俺のカラダにぶつけてくる。夏だ。なるべく爽やかにいきたいもんだけど、不機嫌な猫みたいにぶちゃむくれている女の子に汗腺を絞られてるせいで、生憎どこもかしこもベタついている。

「説教じゃない。地球人の会話がちょっと、わたしには難しいんだ。佐藤少年はじゃあ、とにかく疑っていないのだな。わたしが宇宙人からのメッセージを読み取れる、言うなれば彼らの同志であるという事実を」

「疑うっていうか……そうっすね。あの、スーパーマンの台詞で好きなのあんのよ。〝『戦争と平和』を読んで単なる冒険譚だと思う人もいれば、チューインガムの包装紙を読んで宇宙の秘密を解き明かす人もいる。〟ってやつ。上履きのアレから宇宙人のメッセージを読み取れる女の子も、だからいてもいいかな、っていうか、いた方が楽しいねって感じだな」

 ロボットみたいな足並みがようやく乱れたと思ったら、ソウダさんは膝下まで丈のあるプリーツスカートに握り拳を添わせて、暑さのためか怒りのためか、ぽっぽと頬を上気させていた。どの辺りが癪に触っているかが計れなかったので、俺はつい戸惑ってしまう。まるで本物の宇宙人と対峙しているみたいだ。

「ちなみに、地球に来てどんくらいになるんですか」

 いらんこと訊いたかな、と悔いている内に、ソウダさんは淡々と語りだした。

「二年ほど前になるか。宗田実智ソウダミチという日本人の少女の意識を乗っ取ったのは。なかなか、わたしたちの高校には勘のいい子どもがいるものだな。人に溢れ、無関心が常の都会ではたぶん見破られなかったはずだ」

「なにがっすか」

「憶えているか。高一の時、わたしと佐藤少年は同じクラスだった。宇宙人だと、ダンス部の深水フカミさんを皮切りにみんながわたしを避けだした時に、佐藤少年は一人だけ平気でわたしに触れたんだ」

「そうだっけ。ていうかソウダさん、避けられてたの。知らなかった」

「なかなか勘の鈍い少年だと思ったよ。今も変わってないようだけどね。わたしが明かさなきゃ全然気づかないんでしょ」

「そりゃ、どっからどう見ても人間の女の子だろ、君は」

 黙り込んでしまったソウダさんの気配を重たい荷物みたいに感じながら、俺はやっとこさ自分家の前に辿り着いた。エサ皿の傍でしょんぼりと寝そべっていたサムが、わふわふ! と〝今生の別れだと思ってました!〟みたいに毎度お馴染みの吠え声を立てる。

「サム、もう散歩してやるから、ちっと待っててよ。……あ! ちょっと!」

 ソウダさんは犬が苦手なのか、俺が振り返った時にはもう既に泣きそうな顔をして後ずさりを始めていた。慌てて引き留めたけれどなんの台詞も浮かばなくて……一体全体なんで一緒に帰ってたんだよと内心可笑しがっていたところで、あ! と閃いた。

「どう、俺は? ここまで観察してみて、NASAに君のこと報告しそうだった?」

「いや」

「ああ、そう。ちなみに、上履きのアレはどんなメッセージだったの」

 訊くと、ソウダさんはなんでだかとても傷ついたような顔をした。愕然と見開かれた瞳が、重たげな前髪の向こうに見えた。

「ごめん。茶化して。真剣な話、誰がやったか見当ついてるの。俺、言うよ。本人に。いい感じに話つけられる気がするから」

「佐藤少年、君は、仲がいいじゃないか」

「仲? 誰と? 落書きやった人? やっぱり見当ついてるの」

「違う! 佐藤少年は、みんなと仲がいい。地球人の中でも特異な才能の持ち主だ。みんなが君を好いている」

「いやー、そうなの? そうでもないと思うよ。俺のこと嫌いな人も当然いるって」

 わふわふ! とサムが人間間のもどかしい言葉のやり取りに野次を投げかけてくるので、二人とも段々とそっちに気を取られてしまう。俺は俺でこのまま黙っていた方がいいのかもしれないなあと思い始めているし、ソウダさんは可愛そうなことにまだ俺の読解力に期待しているらしい。

「ヒーローに憧れてるから、わたしのことを助けようとするの」

「それもあるけど。でも、理屈じゃなくてさ……俺なんか、ソウダさんみたいなタイプは嫌かもしんないけど、なんも考えてないんよ。脊髄で動いてるからさ、脳使ってないの」

 悲しそうな犬と悲しそうじゃない犬がこの世にはいる。俺は泥と土埃とうんこにまみれていたサムを拾った時、早く悲しそうじゃない犬になってくれと切に思った。思ったらもう家族の反対を押し切って育てだしていた。中三の夏の頃だ。高校受験とか将来の展望とか、そういう、地球人の十五歳であれば頭を回さないといけないようなことをどうせ些末なもんに違いないからとなんにも知らないガキのくせにほっぽり出して、大好きなヒーローの名前をつけたサムを死ぬほどに可愛がってたくさん遊んで走り回った。おかげでものすごくのーてんきな高校生になった。

 だけど、俺はこういう自分が嫌いじゃない。自分以外のもののために必死になれる自分。だから今回の件も、悲しそうな女の子が悲しそうじゃなくなってほしいと、ただのそんくらいの動機で一生懸命になっているだけだ。できれば自分の好きな自分でいたいもんだ。俺はあくまでも自分のために、悲しそうな女の子を助けたいのだ。

 俺はちょっと考えあぐねた挙句、スクールバックをカゴに放って、ガレージの脇に自転車を停め、ソウダさんに呼びかけた。

「ねえ! やっぱ、犬苦手?」

 俺はサムの首輪に繋がれた鎖を庭の杭から解いて、代わりに散歩用のリードに付け替えた。いや、犬ってよりも苦手なのは俺の方かもな、とか一人でごちつつ、真面目なトーンで返ってきた素っ頓狂な質問に思わずふっと笑ってしまう。

「あれ、観てからトラウマなの。映画版バイオハザードのドーベルマン。あんな風に飛びついてきたりしない?」

「うちの犬はゾンビじゃないよ。どう? よかったら一緒に散歩行ってみない?」

「なんで?」

「なんで? って、もなぁ……ほら、サムは平気だってよ」

 わふ! と吠えたサムにびっくと飛び退いた後で、ソウダさんは薄紫色の花びらが木枯らしに揺り落ちた時みたいに、俺の眼を見つめて小さく頷いた。

 俺はそうして、うつくしく夕暮れに染まる畦道を俺よりも頭一つぶんは背の低い女の子と、俺の膝をちっと追い越すぐらいにまで成長したサムと一緒に歩いた。

〝人間っていいな〟を口笛で軽快に奏でていると、サムがそわそわと俺の口元を見上げてきて、俺は知らんフリして歩きながらそのあまりの愛らしさに幸福な気分でいっぱいになってくる。

「人間っていいな、か。当てつけかい、佐藤少年」

「当てつけ? いや。ごめん、どういう意味だっけそれ」

「相手の傷口に愚鈍なフリして塩を塗り込むようなマネのことだよ」

「ああ、……なるほど」

「ほんとうに分かってる?」

「ごめん。じつはまだ分かんない。もうちっとだけでも分かりやすく言ってもらえない?」

「もう、いいよ。……君の方がよほど宇宙人だ。人間ってやつは、自分に理解できないものを遠ざけようとする。変わり者の少女は馴染めずに、独りで寂しく死んでいく。それで周りはわたしの不幸を嘲笑うんだ。それが、二年前から今日まで観察してきた人間の正体だ」

「なんか、そう? ソウダさんはもしかすると、俺とは違う視点で人を見てるんかな」

「佐藤少年の眼で世界を見てみたい」

「あー。俺もそれ思ったことあるよ。サムはどんな風に世界を見てるんかなあって。だって俺が見てきたどんな生き物よりも楽しそうに外で遊ぶんだもん、こいつ」

「君は、とうとい少年だ。もしもわたしがいつかこの惑星を滅ぼしにやってくる異星人に加担した時は、君だけには酷い出来事が降りかからないよう、掛け合うことにしてる」

「……そうか。ありがたいことだねえ。生きるの、俺好きだもんな」

 俺は涼やかな音を立てて流れる田んぼのえんぞろの傍らを歩きつつ、一昨年寿命を全うしたばあちゃんと、先週俺に告白してきた女の子のことを思い出していた。

 大樹タイジュに悪いものが近づかないように、と、代々我が家に伝わる魔除けの子守唄を聴かせてくれたばあちゃん。あの冷えた眼差しは誰にも手の施しようがないうろから生じていたのだと、俺は勝手に思っている。もうすでに人生をあがっているかのようなばあちゃんの芯のかたさに、そそっかしかった俺は幾度となく背筋を正され、無暗やたらに周りを傷つけたりした時にもしっかと自分を見つめ直すことを促された。

 ばあちゃんの洞は、ある時、俺の心をすっぽりと包み込んだ。どれだけ俺が楽しいことを勧めても、わたしはいいからと冷凍枕みたいに柔らかく冷えた態度を崩さなかった。俺はそうされるごとに寂しかったんだ。なにか、悪い虫が幸福な気分をつまみ食いしていたような感じで……たぶん、無という字がどっかしらには入る名前の悪い虫が、以来、俺の心に住み着いてしまったのだ。

 対して、先週俺に告白してきた女の子。というか、俺と付き合いたいと告白してくる女の子はだいたいそうだけど、ついこっち側が仰け反るような熱い眼差しを向けてくる。その奥にはぱんっぱんに膨れ上がった風船みたいな自意識があって、ちょっとした拍子で盛大に弾けてしまいそうだ。

 そういう危なっかしさは俺にはちょっと合わない気がしている。周りの奴らの話を聞く限りではそこんところが青春恋愛モノの妙ってやつらしいんだけど、俺はどうも、おっかない。大きな音を立てて形を変えたソレに呆然としてしまうだろうし、責任が取れないんなら止めておこうとして実際に踏みとどまれるくらいの薄い恋心しか抱けていない。ほんとうに人を好きになるってのがどういうことなのか、俺は未だによく分かってないらしい。

 そしていま俺はソウダさんにも──その言葉の数々に、俺を見つめる瞳の奥に──かつて俺の心を包み込んだ洞の気配を感じた。だから俺はばあちゃんのことを思い出したのだし、俺への好きがほのかに感じられる壮大な台詞に「ずっと好きだったから付き合って」なんていう、俺がおっかながるような女の子の告白を思い起こしたのだ。

 ──どうして、そんな風にできるんだろう。

 ソウダさんは何十年分もの人生経験を積み重ねたお婆さんじゃないんだし、それよか、俺と同い年の、なんにもない田舎で育った女の子であるはずなのに……ただ無邪気に外の世界を楽しんでいるサムとのーてんきに日々を過ごしている俺とでは波長が合わない気がした。

 だけど、俺は、宇宙人の秘密でぶ厚く包装された「好き」がすなおにうれしかった。ほんとうは俺がソウダさんを励まそうとしていたのに……一人の人間にできることが、いったいどれほどのもんなんだろうと考えてしまう。俺はばあちゃんの洞をどうにもできないままあの世へ見送ってしまった。そして、あれは俺の想いじゃどうにもできない代物だったんだと、昏い感情を抱かないためにも無理やり納得づけることにした。

 それでも俺はこういう時、たとえば自分の無力を突きつけられるような時、ヒーローだったらいいのにな、と思うのだ。人の心を見透かしたり、超常能力で悪い奴を懲らしめたり……また今回も脊髄で動いているけれど、悲しそうな女の子一人を救うだけの力が果たして俺にあるんだろうか? 

 ソウダさんが自分のことを宇宙人だと騙っているのも、もしかするとそういう理由なのかもしれない。いつかは自分の正体に打ちのめされると知っていても、今だけは必死になって現実からの逃避を試みているのかもしれない。俺はそれで今、なにをしているのだろう。

 ピン、と。

 ──ハッとして、俺は手首に巻きつけている朱色のリードの先を見た。随分と考え込んでいたようで気がつかなかったけれど、俺は散歩道の途中にある十字路で止まっていた。竹林の方へ行くか、見渡す限りなんにもない田んぼ道の方をこのまま行くか、俺は毎度、ここの十字路で散歩コースを決めるのだ。だけど今日は普段以上に長いこと決めかねていたらしくて──というか、正直、散歩コースのことなんて考えてなかった──サムは俺を見上げながら、ふんふん、と不満げに鼻息を吐いていた。おかしなことに、ソウダさんは口一つ挟まずに俺が動き出すのを待っていたらしい。犬よりも待てるなんて、この子はやっぱり変だなあ──振り向いてその姿を見とめた途端、俺は夕焼けのせいもあってかなんだかとても切なくなった。

 サムはそんな出で立ちの俺の瞳をじっと見つめると、いつもの散歩コースとは真逆の方向をぐんぐん行きだした。民家と竹林に挟まれた細い坂道を上って、落ち葉でふかふかになった雑木林を進んで……、

 地球歴の浅いソウダさんは、俺の眼で世界を見てみたいと云った。そして、俺はサムの眼で世界を見てみたかった。サムはどうだか知らないけれど、見つめ合った俺の瞳から心像を受け取ったみたいに迷いのない足取りは、俺が「行きたい」と頭に浮かべた場所へと確かに向かっていた。俺は内心ちっと驚きつつも、健気についてくるソウダさんを気にして歩いた。

 やがて、俺たちは辿り着いた。用途の分からない工場跡地を囲うフェンスをすぐ背後にした、小高い丘の上。サムは地面の固さを足踏みで確かめると、やけに得意そうに座り込んだ。

 その時、俺は、ぱーん、と脳みそが弾けたようになった。そこは、俺が「行きたい」と頭に浮かべていた、サムとの思い出の場所だった。ぽつぽつと背の低い建物が立ち並ぶ町の遥か向こうの地平線を、沈みかけな夕陽が眩く照らしている。

 俺は初めてこの景色を見渡した時、自分の小ささに愕然とした。俺の内側で湧き上がっている感情はこの惑星にとっては取るに足らないものなんだと気づいたのだ。そうしてだからこそそういえば、翻って俺の感情をとうとく感じたのだった。

 ソウダさんは黒いシャッターみたいな前髪をかき上げて、うつくしく弧を描く地球のふちに眼を向けていた。

「なんて、この惑星ほしは広いんだろう。ちょっと嫌になるくらいだ」

「んー。俺とサムはこの場所で出逢ったんだ。ここの景色を眺めるたびに、俺も自分の存在をちっぽけに感じるよ」

「……そのことを伝えるために、わたしをここまで連れてきてくれたの」

「いや、この場所に連れてきたのはサムだよ。でも確かに俺は、地球歴の浅い君にそういうことを伝えたかったのかもしれない。……とは言えるけどさ、やっぱり君は、どっからどう見ても普通の人間の女の子だよ」

「普通、じゃないよ。変わってるでしょ」

 宇宙人を自称する女の子は夕風にそよぐショートヘアに手を埋めて、なにか大きなものをこらえるように目を細めた。そして、もう押さえ切れないというように、ぽろぽろと言葉を零し始めた。

「今更、で、照れるんだけど、でまかせなんだ。宇宙人とか、そんな設定。君が思い入れのある台詞を引用したりするから、引くに引けなくなった。でももういっそ、宇宙人だから馴染めないテイでいた方が楽なの。……嘘ついて、というか、信じていたかどうかは分からないけど、ごめんね。嫌になってしまう、よね、こんな奴……」

「ソウダさん、俺のこと、嫌い?」

「なんで? そんなわけない。だから、佐藤君はこの惑星が滅ぶ時にも一人だけ助かる、んだよ」

「でも、君も俺も宇宙人じゃない。思うんだけど、変わってるってのはそんなに嫌なことじゃないよ。現にほら、よっぽど宇宙人な奴がここにいても、俺はみんなから好かれてるんでしょ? お互いに地球人なのにさ。だから、そういうのぜんぶ、たまたまなんだと思うよ」

「たまたま?」

「うん。ソウダさんのことを好きになる人も、俺のことを嫌いになる人もたくさんいるって。ほら、こんなに広い惑星に生まれちゃったんならさ」

「……わたし、佐藤君といると、自分の中にある影がどんどん濃くなっていくみたいで、辛くなるの」

「うん。かもなー、と思ったよ。でも俺は、ソウダさんといても嫌な気持ちはしなかったな」

「なんでそんなこと、言えるの」

 ソウダさんはぽろぽろと、光に煌めく涙を零し始めた。それを見ている俺の中でも影はどんどんと濃さを増していくようで、えいえんに俺の中で完結しそうだった。のーてんきここに極まれりって感じなんだろうけれど、俺はべつにそのことで泣きそうになったりはしない。

 人はいつか死ぬ。あの世へ行く。ソウダさんに俺の中の影が見えないように、もしかしたらサムも犬なりの影を抱えてるのかもしれないし、そう考えると世界は結構あちこち暗いのかもしれない。

 俺はふと、思った。

 ほんとうに人を好きになるってことは、誰かの影を嫌わないでもいいってことなのかも。せめて今を楽しい形にできるように、お互いの光だけを感じられるよう、無様に生きるってことなのかも。

 ──夕陽がどんどんと落ちていく。とうとう地球の裏側へと隠れるその刹那、俺はそれまでに体感したことがないほど烈しい光に包まれた。

 超常能力を駆使したり、人の心を見透かしたり。はたまた、惑星一個を滅ぼす異星人に加担したり。そんなわくわくする世界に生まれていない俺たちは、せいぜい、誰かをほんとうに好きになるくらいで精いっぱいなのかもなあ。

 ──わふ! とはしゃぎ声を上げているサムの朱色のリードを、俺は御守りみたいに握り絞めた。「佐藤君は、家々の明かりに心が休まるんでしょ。でも、わたしは明かりの消えた町の方がいいの」と、泣き濡れた言葉を俺はずっと台風の日の窓の枯れ葉みたいに鼓膜の奥の奥の方に貼りつけて、また今日も明かりが灯っていく町をじつは暗い気持ちで眺めながら「また、よかったら散歩しようよ」とうそぶいていた。



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