感情を持たない人間

怜來

感情を持たない人間

 2122年。日本の総人口の約8割が高齢者の現在、若い人たちが少なく経済が回らないとの問題が議論されていた。そこでAIを導入するとの結論が出た。

 それからすぐに、あちらこちらにAIが現れ、ほとんどの仕事をAIが行うようになった。仕事を失った者は国から支給されるお金で生活している。支給されているお金は、生活に余裕がとれるくらいの量。その結果、人々は仕事を辞めていき、いまやAIが日本の経済を回している、と言っても過言ではない。

 そんな日本のとある町に住んでいる、中学三年生の千草杏。杏の両親もまた、AI導入により仕事を辞めることにした。仕事をしなくても生活できるなんて、僕らが子供の頃は考えられなかった。父は口癖のようにこの言葉を言っている。

 まだ誰もいないリビングにいき、棚から食パンを取り出す。冷蔵庫からチーズを取り出し、食パンの上にのせて、トースターにいれ3分焼く。その間に着替えを済ませる。杏の中学校は制服は自由となっている。

 白色のシャツに紺色のネクタイを締め、スカートを履く。両親と出かけたデパートで見つけ、即買いした物だ。着替えが終わったと同時に、パンが焼き上がる音が部屋に響いた。

 いつもと変わらない、静かな部屋で一人虚しくパンを食べる。テレビをつけてもどこも天気予報ばかりでつまらない。ご飯を食べると支度をする。今の時刻は七時半。

 

「行ってきます」


 返事は返って来ないが毎朝欠かさず言っている。


 今日は転校生がくると伝えられていた。先生によれば女の子らしい。どういう子なのだろうか。仲良くできたらいいな。そう心の中で思っていた。なんせ、杏が通っている中学校の全校人数は30人ほどしかいない。一クラス10人程度だ。子供の人数は年々減っている、と歴史の時間に教えられた。

 学校の校門はもう開いている。昇降口で上履きに履き替え教室に向かう。人数が少ないせいか、中学校自体は四階まであるが二階までしか使っていない。


「おはよう」


 教室に入り友達に挨拶する。まだ一人しか来ていない。


「おはよう、杏」


 いつも挨拶を返してくれるのは、虹山 瑞希。おとなしくて頭もいい、可愛い女の子だ。他にも数人が席に着いている。杏のクラスの人数は九人。女子四人に男子が五人だ。


 自分の席について授業の準備をする。10分後、数人の男子がきた。男子は全員仲が良く、一緒に登校してくる。女子は大人しい子ばかりであまり話さない。本当は話したいけど話しかける勇気がない。


「みんなもういるね」


 先生がガラッとドアを開ける。急にきたものでビクッと驚いた。みんなササッと席に着く。


「今日は転校生がきました。みんな優しくしてあげてね。さあ入ってきて」


 先生の合図と共に女の子が入ってきた。ポニーテールがよく似合っている女の子。


「こんにちは。私の名前はアイです。これからよろしくお願いします」


 少しカタコト言葉になっている。帰国女子なのだろうか。けれど、そんな様子は感じられない。そして、心がこもっていない喋り方だ。


「この子は見た目は人間そっくりだけれどAIよ。AIだけれど、しっかりと人権を与えられた"人間"の女の子。これからあなたたちと生活していくことになります」


 先生の言葉にみんな動揺している。AI?この子が?見た目はほぼ人間だ。技術はこんなにも進んでいるのか。そう考えると背筋が凍る。しかも人権を与えられているなんて。元々AIは大っ嫌いだ。仲良くしてと言われてもできない。放っておこう。そう思ったのに、アイは私に話しかけた。


「あなたのお名前は?」


 怖い。最初に感じたことは、怖い、だった。


「大丈夫ですか。顔色悪いです。体調が良くない時は休まないと体に負担がかかって病気にかかってしまいます」


 淡々と喋る。まるで、調べて出てきたことを並べて話しているようだ。


「…千草 杏…」


「これからよろしくお願いします。アン」


 表情を変えずに話してくる。これがAI、ロボットなんだ。


「それじゃあホームルームを始めるよ」


 先生が黒板に書かれたアイという文字を消して、ホームルームを始める。アイは杏の隣の席に座っている。授業が始まってからアイを見ると、アイは黒板に書かれた文字をジーッと見つめている。ノートや教科書も開いていない。

 いいな、AIは。簡単に物事を覚えられて。人間みたいに勉強しなくても頭がよくなるなんて。

 私がAIを嫌う理由は、一つは感情を持たないのに人権を与えられているということだ。感情というものは人間くらいしか持っていない。それなのに、感情を持っていないAIが人権を持つなんておかしい。他人から見れば私の考えの方がおかしいと思う人もいるのだろうが、私はみんなの考えがおかしいとおもう。

 二つ目は、今の日本はAIがほとんど仕事をこなしている。そのせいで人々は、仕事をしなくても生活できると喜び、怠けていく。これでは将来の日本は見えない。AIによって人間が滅ぼされるかもしれない。それに、いつ暴走するかもわからない。今ではAIは人間の知能をなるかに超えた存在。人間はもはやAIには勝てない。

 だからわたしはAIが嫌いだ。両親も仕事をしなくなってずっと家で怠けている。私はそんな人にはなりたくない。


「千草さん。聞いていますか?」


 先生に呼ばれて前を向く。


「よそ見してないで黒板に集中しなさい」


「すみません」


 すぐに黒板に書かれていることをノートに書いていく。


「じゃあ練習問題を解いて。終わったら丸つけをしてね」


 先生はそういうと椅子に座った。早速練習問題に取り掛かる…と思ったがさっぱりわからない。先生の話を聞いておらず、解き方がわからない。頭を抱えて考え込んでいると隣でアイが


「わからないの?」


と覗いてきた。杏はビクッとしてアイから距離をとった。


「教えてあげようか?ここはね…」


 杏の返事を待たずに問題の解き方をスラスラと教えてくれる。本当は嫌だ、と言いたい。けれどそんなことを言えず黙ってアイの説明を聞いていた。


「これで答えができる。わかった?」


「…ありがとう…」


 無愛想にお礼を言う。AIに負けたように思えて悔しかった。


「ううん。またわからないことがあったら言ってね」


 相変わらず表情を変えない。何を考えているのかもわからない。


「今日はここまで。すぐ帰りの支度をして帰りましょう」


 パタンと教科書を閉じる音が静かな教室に響く。数学の授業の後もわからないところがあるとアイが教えてくれた。AIにもこんな場面があるんだ、と学んだ。それでもアイを好きになれなかった。


「また明日ね。アン」


 帰りの会が終わるとアイが言う。驚いて返事をするのが遅くなった。


「あ、うん」


 教室をアイが出て行った後教室で男子が言った。


「あれがロボットって凄いな」


「ああいうのがどんどん増えていくのか。いつ暴走するか分からないから怖いな」


 細々と聞こえてくる。男子たちの言う通りだ。いつ暴走するか分からないから怖い。


「まあ危害加えないんだったら別にいてもいいんだけどね」


「確かにな」


 明らかに危害加えているじゃない。周りの大人たちを見てみなよ。みんな怠けてるじゃない。ロボットに頼ってばっかじゃあ、一人では何もできない人間なるよ。

 心の中で叫ぶ。言ったところで誰も理解してくれないだろうな。

 重い足取りで家へ帰る。そんな日々が三ヶ月続いた。

 そんなある日アイが休み時間話しかけてきた。相変わらず冷たく接しても話しかけてくる。


「アン。アンはロボット、嫌い?」


単刀直入に言われる。そんな直球で聞いてくるのか。まあ、所詮ロボットだからか。それに直接嫌いって言った方がもう関わってこないかもしれない。


「…うん」


「そっか。どうして嫌いなの?」


「…いつ暴走するか分からないし、人間に危害が及ぶかもしれないでしょ」


 簡潔に言う。アイは一定の間喋らなかった。怒ったのかな?けど、AIが怒るわけないか。感情を持っていないのだから。

杏も黙る。沈黙が続いたあとアイが喋った。


「じゃあ、暴走しないし、人間に、危害が及ぶことは、しない。約束、する。だから、私と、友達になって」


アイが一定ずつ言葉に間角を空けて言った。約束したところでどうせ明日には忘れてるだろうに。

AIなんて所詮そんなものだ。だから今約束したところで意味ないだろうけれど


「分かった。約束しよ」


と、小指を差し出した。アイも小指を出して指切りをした。

それからアイと杏は前よりも仲良くなった。杏も約束は守ろうと思い、できる限り優しく接した。まさかあそこまでアイが仲良くしようとしてくれているなんて、思いもしなかったからだ。

そんなある日、学校にアイを作った会社の人達がやってきた。理由は、アイを壊すために来たという。なんで壊すのかと解うと、アイと同じ機種のロボットが暴走したから、アイも暴走する危険があるため回収するとのことだった。

たしかに暴走されるのは嫌だ。

最初の頃の杏だったらそう思って何も考えずにこの人たちにアイを渡しているだろう。けれど、今の私は違う。


「壊すんじゃなくて修理して、また戻ってきてくれませんか?」


「けれど、まだ完全直せるかは分からないので……」


「そんな……」


その時だった。アイが急にガクガクといいだし、腕を振り回し始めた。


「離れろ!」


男の人の声とともにアイは男の人を投げつけた。杏は焦ってアイに向かって声を荒らげる。


「アイ!約束したよね?!暴走したり人間に危害を加えちゃダメだって!アイ!やめて!」


それでもアイは止まらず、杏に向かって腕を振り上げた。杏は目をつぶる。しかし一向に腕は振ってこない。恐る恐る目を開くと、目の前に震えながら杏を見つめる、いつものアイがいた。


「…アン……」


「アイ!」


その時だった。アイが自分のお腹を殴った。それと同時にアイが杏に倒れかかった。アイのお腹には丸い穴ができた。アイは自ら自分を壊したのだ。


「アイ!しっかりして!」


「……ア……ン…やくそく……守れなくて…ご…めんね…」


それからアイが動くことは無かった。その後、アイは男の人達に回収されてしまった。杏はその場に座り込んでしまった。アイは杏を守るために自ら殴った。それは自分の意思で起こした行動。アイはしっかりと自分の意思を持っていた。

そして最後まで約束を覚えていてくれた。暴走で歯止めが聞かなくても、杏との約束を思い出し、自我を取り戻せたのだ。

その日は即下校となった。家に着くと親がリビングでご飯を食べている。両親は杏が泣いているのに気づき、駆けつけてきてどうして泣いているのか聞いてきた。杏は答えた。

「友達が……死んじゃった」

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感情を持たない人間 怜來 @KAI_18

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