Fuse4

「【激情汲み取り方式による人力発電】の原理を述べよ」


「まだやんの、この押し問答……」


「早く」


 一方的に敵視をしてくるこの同級生は、人の話なんか聞きやしないくせに、適当にあしらうと腹を立てる。

 幼稚園児の癇癪より厄介でならないとは、幼稚園児に失礼だ。


 思うところは様々あれど、眉間を押さえていた左手の人差し指で、眼窩とこめかみの境界をトンとタッチする。


「私たちの脳に埋め込まれた『マイクロチップ』──脳神経に関する医療と科学の技術すべてを結集させた数mmの生体適合ガラスが、人の脳波を解析する回路であり、激情を増幅・電力へと変換する発電機そのもの」


 そもそも、電化製品を流れる『電気』に対し、人間の脳を流れる『電気』は、厳密には『活動電位』という。

 前者は2本の電線が回路をつくることで、『電気』を『送る』ことも『戻す』こともできる。

 しかし後者は、脳の神経細胞から伸びた1本の軸索じくさくによって、『活動電位』は局所的に、隣へ隣へと伝わる。一方的に『行きっぱなし』というわけだ。


 根本からまったく性質が異なる。にも関わらず、「電圧を持つ『電気』には違いないだろ」と無茶苦茶な持論を展開し、静電気よりも遥かに微小なマイクロレベルの『脳の電気』を、人々が利用可能な電力エネルギーにまで昇華させた型破りな人物が、この日本国にいた。

 我が国が、奇才もとい鬼才を生んでしまったのだ。


 専門的な知識の仔細は、ごく普通の女子高生でしかないあかりには理解できない。

 ただ、己の脳にも埋め込まれている約2mmの破片が、人の激情を感知すること。

『活動電位』を、厚い頭蓋骨すら透過する特殊な『電気』へと変換させられること。

 そして人体に影響を及ぼさない体外へ放出した時点で爆発的に増幅させたそれを、『電力エネルギー』として送電する役割を一手に担っていることは、既知の事実だ。


「では最後に、現在発電力供給割合の約80%を占めている【激情汲み取り方式による人力発電】による利点を述べよ」


「……メリットだけ? デメリットはないとでも言いたいわけ?」


 あつきの整った片眉が跳ね上がる。あかりにしては珍しい物言いに、びり、と肌が粟立ったためだ。


「ないとは言っていない。強いて言うなら──、という点か?」


 あつきはこのとき、ひそかに高揚していた。

 目前に見上げた少女だけを世界の中心にして、待ちわびていた。


「……あっそ」


 そしてその期待は、まばたきのうちに一蹴されることとなる。


「『C』のおまえとは身分が違うんだよって、はっきり言えば?」


「おい……」


「そうでしょ、『A』のあつきさん?」


「待てあかり!」


 打撃音が響き渡り、昼休みの喧騒が一瞬にして静まり返る。

 立ち上がりざまに木製の天板を打った青年の両手の甲を、深い黒の瞳がちらと見下ろした。


「今日は屋上で食べるから」


 彼女は自分よりずっと低い位置にいるのに、頭上から刃を振り下ろされたような心地に、あつきは唇を噛む。

 そうして皮肉るときでさえも、あかりの心は凪いでいた。氷のように、硬く閉ざされていた。

 あえて行き先を告げる真意が、己に対する拒絶に同じことを、誰よりもあつき自身が理解していた。

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