激情ヱレキてる

はーこ

Fuse1

 火原ひはら先生御侍史おんじし


 平素よりお世話になっております。

 論文を拝読いたしました。


 かねてより環境問題に対しても意欲的に取り組まれていたことは存じ上げておりましたが、まさかの着眼点に言葉もございません。


 先生の提唱される【激情汲み取り方式による人力発電】が実用化されるならば、われわれの生活様式に、革命がもたらされることとなります。


 これは医療と自然エネルギー分野が手を取り合った、共同の月面着陸といっても過言ではないでしょう。


 僭越ながら当方としても検討を行いましたので、ご高覧くださいますと幸いです。



  *  *  *



 2XXX年、X月X日。都内某保健センター。

 多目的ホールのそこかしこには、会議用の折りたたみ式木製テーブルを間に挟み、保健師と向かい合った親子づれの姿が。


「今回で3歳児検診が終了となりますね。それでは最後に、ご案内させていただきます」


「『マイクロチップ埋蔵手術』ですよね」


「はい。あかりちゃんの健康状態に問題はまったくありませんので、手術は可能です。こちらをごらんください」


 ふくよかで人の良さそうな女性保健師が、厚手の光沢紙の蛇腹を広げる。

 1歳半から、歯科検診の際には毎回唾液を提出することになっている。

 唾液中コルチゾール、IgAアイジージーエー、テストステロンというストレス・バイオマーカーなるものを調べるため、らしい。


 この測定値であったり、3歳までの心身発達の度合いであったり、さまざまな要素を考慮した上で、任意で『マイクロチップ埋蔵手術』を受けることができる。

 区のホームページからダウンロードできるパンフレットに記載されていたことと、なんら相違はない。


『マイクロチップ』は、国が推奨している『人力発電』には欠かせない代物だ。

 幼い子供の頭蓋骨に穴を開ける手術となれば、不安の声をあげる親も少なくない。


 埋蔵手術にかかる費用が全額免除という太っ腹仕様であるのも、安全性を合言葉に、この政策を推し進めたい政府の意思の現れとも言えるだろう。


「テストステロンは男性ホルモンの一種でもありますので、優先度は下がりまして……唾液の検査結果から、あかりちゃんの『マイクロチップ』は『Type-C』となりますね」


 いかがなさいますか? と最後の決断を委ねる一方で、女性保健師は確信を得てもいた。相対する母親のような表情を、もう幾度となく目にしてきたためだ。


 カラフルな蛇腹は元通りに折りたたまれ、白と黒の単調な紙面に打って変わる。

 その隅っこをカリカリと黒く引っかく母を、まあるい瞳が、じっと映し込んでいた。

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