白いオオカミ

桃もちみいか(天音葵葉)

お犬様

 夏休みなのに学校に向かった。


 ギラギラ輝く太陽青い空は色濃く入道雲は白い。

 蝉が大合唱をして賑やかだ。

 僕は校庭で汗してるアオハルな運動部を横目に校舎に足を踏み入れた。


 特に活動日でもないが僕は部室に行く。


 家でだらだらも良いが夏休みの課題が一向に進まない。

 このままでは終わる気がしなくて僕は工藤先輩を頼りに学校にやって来たのだ。

 先輩は変わりもんだが頭が賢くて面倒見が良い。

 普段から宿題にテスト勉強にと頼りにしてる。



 運動音痴な僕は高校ではとにかく文化部が良くて興味もないのに天文学部に入った。

 そこは工藤義隆くどうよしたか部長しかいなかった。

 幽霊部員は何名かいたが活動に参加するのは二年の工藤部長と僕だけだ。で、一年生なのに僕が副部長。

 気楽だけどね。


「シバ〜、また振られた」

「先輩またっスか」


 先輩の言う「シバ」というのは僕のあだ名だ。

 柴沢悠しばさわゆうが僕の名前。

 先輩は恋のアタック精神に溢れ女子に告白して振られてもしょげないめげない。

 告白し玉砕! だがまた果敢にも挑む。

 惚れっぽい先輩のこと今回の失恋も新しい恋で癒やすだろう。

 僕はそんな先輩に少なからず尊敬の念を抱く。

 だって打たれ強すぎる。

 先輩はいい人なんですけどね。

 容姿はもっぱら普通で、熱い口調で喋るからかうざがられてしまう。


 不意にエアコンから冷風ではなく熱波が出てきた。むむうっ、壊れたらしい。

 こ、これはたまらん。

 窓から太陽の光が容赦なく照りつけ僕も先輩も玉の様な汗が吹きだす。

 僕は暑さに耐えられず逃亡先を思案する。


「先輩、ここ暑すぎて死にそうです。図書室に移動しませんか」

「だな〜。あっ。たまには天文部らしいことしないか?」

「天文部らしいこと?」

「夕方から天体観測しようぜ。ついでに白い狼探し」

「狼? またまた。この令和の時代にいるわけないっスよ」

「そんな事ない。最近ここらでニホンオオカミを見たと噂がある。それにだ。古代の英雄大和武尊は道に迷った際に白狼に助けられたというんだよな。人生の道案内、しいては恋に悩む俺にパワーを授けてくれそうじゃないか? シバ君よ」

「まあ暇だから良いっスけど」


 僕らが住む青梅は武蔵野台地と言われ古くからオオカミ信仰がある。

 武蔵野は広い。自然豊かなブナ林やくぬぎの森に大木が立ち立派な山々が連なる。

 武蔵野台地には豊かな水源があり荒川に多摩川などが流れキャンプ場やライン下りとかの観光スポットがある。

 御岳山の武蔵御嶽神社、秩父三峯神社、最近建立された武蔵野坐令和神社の狛犬はオオカミだって話。


 僕と先輩は図書室に移動した。

 書棚には地元の文献や風土記が多い。

 あ〜、涼しい。

 先輩が僕の宿題を親身に見てくれかなり進んだ。先輩はなんと夏休みの宿題は三日ぐらいで終えたそうだ。

 はあ、天才は違うなあ。


「勉強がすごく好きなだけだぞ。だいぶそれだけで周りからは変人扱いだがな」

「いたんですね、勉強が好きな人」

「いるんだ、稀にな。シバ君、君はかなり貴重生物のクドウヨシタカを見ているのだよ」

「うん、そうだいぶ貴重ですね。女子に振られまくってもへこみませんしね」

「あー、そこ、それね。イジらないでくれる?」


 僕と先輩はニホンオオカミを調べた。出会えたらなんて素晴らしいことだろうか。

 絶滅してしまったのが残念だ。

 それに先輩と話すのは面白いから出掛けるのが楽しみだな。

 星も眺めよう天文部らしく。


      ★


 スマホでお母さんに天文部の先輩と天体観測に行くと伝える。狼探しのことは黙っていた。

 心配性のお母さんは私も一緒に行くなんて言ったけど、先輩と僕と過保護な母と三人って恥ずかしい。

 なるべく早く帰ると言い渋々了承を得る。


「大丈夫だったか? めるなら今のうちだぞ」

めませんよ。天体観測って天文部っぽいじゃないですか。宿題のフリー課題にも書けるし」

「フリー課題な。あれ、小中学校でいうとこの自由研究だろ。自分で興味があることを掘りさげるっつう。テーマに悩むんだよな毎年」

「先輩は何を研究したんですか?」

「〈ザ・打たれ強いメンタル〉だ。何度上手くいかなくても早く立ち直る方法を実践研究したぞ」

「ええっ! 女子に告白してんのは実験ですか?」

「そうだ」

「最低〜」

「嘘だ。実はな強がりだ。俺は転んでもただでは起きない。失恋の痛手を研究することによって俺は次のステージに進む。失敗は成功の母とエジソンは言った」

「ははは、エジソンでしたか」


 学校横のスーパーで水やおにぎりサンドイッチにチョコ、カット西瓜に胡瓜の一本漬けなどを買う。

 西瓜は僕の好物、胡瓜は先輩の好物だ。


「沢山買いましたね」

「万が一の為にな。狼探しに天体観測で遅くなったら腹が減る」


 安い防水生地のウインドブレーカーもお小遣いで買っちゃった。先輩とお揃いだ。

 リュックに詰め込んで。

 勉強道具は部室に置いてきたからたっぷり入る余地がある。

 宿題は明日取りに行こう。

 天体観測用に紙一枚シャーペン一本だけ入れてある。


「さあ行こう。いざ悠久の御岳山へ」

「は〜い。行きましょうっス」


 自転車で御岳山の麓まで走る。

 坂のアップダウンが厳しい場所に住んでいてひ弱な僕は電動自転車だ。

 先輩は何気にかっこいいギア付きの自転車で無駄に体力があり足が長いのを僕は妬む。

 息が僕より切れてはいない。


 ――これは反則だ。

 ズルいじゃないか。先輩って変人変人言われてるけど意外にもモテ要素があるのを周りの女子も本人も理解していないなあ。

 勉強が出来て顔は愛嬌があってよく見りゃイケてる。

 ……僕は自分がちょっぴり惨めだった。


    🐺

 

 そういや死んじゃったばあちゃんが言っていたっけ。


『悠ちゃんにだけ教えてあげるよ。山でお犬様に出会うと良いことが起こる。お犬様と会った日にじいちゃんから求婚されたんだよ。悠ちゃん、お犬様はみんなを見守っとるんだ』


 うふふと笑う皺々なばあちゃんの笑顔が好きだった。



 御岳山のケーブルカーに乗るため自転車は駐輪場に停める。

 この山にニホンオオカミが棲んでいた?

 御岳山の武蔵御嶽神社の狛犬は狼だ。


「わくわくするじゃあないか。会えるかな」

「工藤先輩って非科学的なこととか信じなさそうなのに意外」

「ん〜、わりと俺は自分がロマンチストだと思うがな。彼女が欲しいのもさ、一緒に星を見たりしてみたいからだ」

「へえ〜」


 先輩ってこんな風に笑うんだ。

 僕は工藤先輩の変なとこ面白い。


「先輩の良さが分かってくれる女子と出会えると良いっスね」

「シバ君、これがなかなか難しいがね」

「まだ高校生なんだし焦ることはないっス」


 観光客に混じり僕と先輩はケーブルカーに乗りこむ。

 景色を見渡せて気分が良い。

 テンションが上がるぅ。

 じきに駅に着くと歩いて武蔵御嶽神社に向かう。

 工藤先輩がキョロキョロ視線を動かし木々の間も注意深く狼が隠れていないか観察しているようだ。


 何本目かの鳥居をくぐったところで急に白い霧が立ちこめてきた。

 視界は悪くなる。


「先輩、なんか幻想的っすね」

「ああ、そうだな。シバ君」


 目の前にそびえる階段を登った時僕は見たんだ。


「あっ、先輩。あれっ!」

「んっ? どうした。シバ君」


 僕が指さした先には白い体の犬? がいる。

 いいや犬より明らかに大きい。体がゴツゴツと筋肉張って野生な獣が神社の境内に座ってた。

 御神木の側から真っ直ぐに何もかもを突き抜けて射抜くような視線でこちらを見てる。


「見てますね」

「見てるな。これはヤバいぞ、シバ君よ。まさしく本物ではないのか?」

「ニホンオオカミ?」

「狼か犬か? よく見れば狛犬に近くもある」


 境内には僕と先輩しかいない。さっきまで大勢の観光客がいたのに。


「僕らを手招きしている」

「なんてこった。狛犬がおいでおいでする訳がないよな、狼か?」

「狼もしないと思うっス」


 雄々しい体躯の白い狼はゆっくり立ち上がりしっかりとした足取りで歩いて行ってしまう。


「追い掛けましょう」

「ああ、そうすべきだ」


 白い狼が歩いた先には白い鳥居があり僕と先輩が通り抜けると薄いガラスが割れたような音がした。


「すごいっ」

「こ、これは!」


 僕と先輩は無数の星の中にいた。

 体が浮いて宇宙空間に漂う。

 息は出来てる。

 さっきまでの蝉時雨も人々の喧騒もない。

 あるのは静寂だ。

 それを破るのは先輩。


「いったい全体どうなってんだ」

「こんな不思議なことが起こるなんて。……うわっ!」


 僕が体のバランスを崩すと慌てた先輩の手が支えてくれた。だがそこって――!


「どさくさ紛れにどこ触ってんっすかっ!」


 先輩の手は僕の脇腹を押さえついでに胸に触れちゃってる。


「ああっ、すまん。そんなつもりはなかった。……そういやシバ君は女子だったな」

「ですね。僕の胸は真っ平らですが生物学上は一応は女子っすね。先輩は忘れてましたか」

「いや、俺の中でシバ君は女子というカテゴリーより副部長という役割分類につく存在でしかなかった」


 数多の星々が光り浮かぶ不思議体験してんのに僕と先輩の会話はどうなってんだ。


「ここから帰ったら、戻れたらの話だが星の観測は俺の家でやらないか?」

「先輩、顔が真っ赤っす。僕はにわかに乙女の危機を感じますけど。下心ありませんか?」

「下心とはどんなだ? 俺は星や月をシバ君と見たいと純粋に思ったんだ」


 今、一緒に見てますけど。

 僕は工藤先輩の手を握る。


「シバ、君から手を繋ぐだなんて」

「帰りましょう。お願いしたら戻れる気がするんス」


 僕は先輩と二人で願った。


「「帰りたいです。お願いします」」


 視界の片隅に白い狼、お犬様が見えた気がした。

 真っ白い光に照らされて目を開けてられない。


 ――次に目を開けた時には元いた神社の境内だった。

 時は過ぎていて冴えた白い月が輝いていた。


「やべっ、ケーブルカーの最終に乗らんといかん」

「先輩、手を繋いだままっス」

「離さないと駄目か?」

「駄目じゃないけど。……白い狼いましたね」

「狼っていうよりはこの世のものじゃない気がした」


 先輩と一緒にいるとわくわくで楽しい。

 一番星が光る頃、僕は工藤先輩のにこにこな笑顔が眩しく見えた。





        了

 

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