鳥籠

@ga_bera

鳥籠

ああ、神様。

ここはなんと残酷なのでしょう。

冷たく囲われた窮屈な世界。

救いなんて存在しない、一筋の光も見えない世界。

ああ、もし叶うのなら・・・



-1. ピンクを覆う黒-

「よし、いってきます。」

支度を終え、1人暮らしの家を出る。

私は小鳥遊美琴。大学2年生だ。勉強にバイトと充実した毎日を送っている。

何より・・・

「うす」

「おはよう、美琴。」

この2人と過ごすのがなによりの幸せなんだ。

短い挨拶をしてくれたのは中込海斗。小中高大と共に過ごしてきた最早家族のような存在。

そして名前を呼んでくれたのは籠井綾斗、私の彼氏だ。大学1年の時に海斗が綾斗と仲良くなり、紹介してくれたのが付き合うきっかけとなった。

そんな大好きな彼氏と家族みたいな存在が私を迎えてくれる。

3人で過ごす時間は私にとってかけがえのない時間だった。

はたから見たら歪な関係でも、おかしいと言われても、私は3人で過ごす日々が幸せだと感じていた。

そう、幸せだったんだ。

いつからおかしくなってしまったのだろう。どこで私たちは間違ったんだろう。

私は、気付くことが出来なかった。

ピンクに黒が一滴混ざるだけで、全てが黒に覆われてしまうことに。


―2. 消せないノイズ―

海斗が大学を休んだある日のこと。

海斗が学校を休むのは珍しかった。去年1回あったくらいだ。

病気かと思い心配になったけど、メッセージアプリでの「心配するな」の一言に押されてしまった。

結局、どうして休んだのかは分からずじまいだった。

少しのモヤモヤを胸に抱きながら綾斗と帰路につく。

「海斗、本当に大丈夫なのかな・・・心配するなって言われても、やっぱり心配になるよ」

「・・・」

「綾斗?」

「あ・・・うん、そうだね」

その返答に、私は少し違和感を抱いた。どうして言葉に詰まったんだろう。

いつもなら「そうだね、心配だ」って言うはずなのに。

でも、次に綾斗が放った一言でさらに違和感が募ることになる。

「まあ、海斗がそう言うのなら大丈夫なんじゃないかな?それより美琴。折角だから今日はデートしていかない?」

「え?」

一瞬何を言われたのか理解できなかった。去年海斗が休んだ時は「お見舞いに行こうか」と綾斗が率先して海斗の様子を見に行こうとしていたのに。

海斗と3人でいる時間が長いのは事実だけど、私と綾斗は恋人同士。2人で過ごす時間も定期的に確保してる。2人で過ごす時間と3人で過ごす時間のメリハリはお互いにつけているはずだった。

今日はお互いにとって大切な海斗が休んでるんだから、心配したりお見舞いに行ったりと3人で過ごす時間を作った方がじゃないのかと私は思っていた。普段の綾斗も間違いなくそう言うのに。

急にノイズが走った。私を襲うように。

けれど、私は気付かないふりをしてしまった。

「美琴?」

「う、うん!行こ。」

ノイズから耳を塞いだ。


翌日も海斗は来なかった。

でも、綾斗に海斗の話題を出すことができなかった。

昨日の綾斗はいつものように優しい口調で笑っていたけど。普段の綾斗とはどことなく違って怖く見えたから。

けれど感じている怖さを間違っても表に出してしまわないように、私はいつも通りに綾斗と接していた。

「ピコン」

突然メッセージが入ったことを知らせる音が聞こえる。バイト先の先輩からだった。

「誰から?」

綾斗が優しく諭すような声で尋ねる。目は笑っていない気がした。

「バイト先の先輩だけど・・・」

「それっていつも仲良くしてる男の事?」

言葉に棘を感じる。いつも丁寧な言葉遣いをしている綾斗とは思えない言葉だった。

「仲良くっていうか・・・入ったときにその先輩が私の教育係みたいな担当で、そこからずっとお世話になってるんだよ」

「そっか。でもさ、プライベートまでその先輩と連絡を取る必要はないんじゃないかな?その人とはバイトだけのつながりなんだからさ。それとも、プライベートも関わらないといけない理由があるのかな?」

またノイズが走る。昨日よりもずっと鋭いノイズが。

いつもなら誰と連絡してるのかを聞かれないし、男性と連絡してて何も言わないのに。

「消して。」

「え?」

「連絡先。他の男も全部。」

「それはできないよ。どうしても連絡しなきゃいけない人だっているし・・・」

「いいから消せよ!」

綾斗が初めて怒った。温厚な彼が怒ると他の誰よりも怖かった。声もライオンの唸り声みたいで、怒られた私は金縛りにあったように少しも動くことが出来なかった。

「ほら、消して?」

普段と同じ笑顔に優しい声。体が緩んで思わず綾斗に言われるままに指が動く。

流石に海斗の連絡先を消せとは言わなかった。それだけが唯一の救いだった。

「よくできました。」

頭を撫でられながらも、うっすらとノイズが響きつづける。それを振り払うように私は綾斗に身を委ねた。

それが現実や募る違和感から逃げることと知りながら。


さらに数日後。海斗は休み続けていた。

流石におかしい。もっと早く様子を見に行っていれば良かった。

普段と様子が違う綾斗に海斗の話題は出さないようにしていたが、それも我慢の限界だった。

「ねえ、やっぱりおかしいよ。海斗がこんなに来ないなんて。様子を見に行こうよ。」

必死だった。

お願い。「そうだね、行こう。」って言って。この関係性を壊さないで。

「・・・なんで海斗の話をするの?」

願いは届かなかった。ガラスが割れる音がする。

初めから私たちのこの関係性は繊細で、一度でも選択を間違えたら派手に音を立てて割れてしまうような関係性だったのかもしれない。

「なんでって、私たちずっと3人で過ごしてきたじゃない。心配するのはあたりまえでしょう?綾斗は違うの?」

「・・だ」

「え?」

「いやだ!」

急に体が浮くような感覚がする。綾斗に腕を掴まれ引き寄せられていた。

「今は僕と一緒にいるんだから僕を見てよ!いやだ、もう何回も見たんだ、君が遠くに行くのを・・・」

「何言って―」

「もう、こうするしかない」

何をするの?という間もなく視界が黒に染まった。

そんな中でもノイズは強く響き渡っていた。

もう、ノイズは消せない。


―3. 狂った歯車-

目を覚ますと鈍い痛みが頭を貫く。

とっさに頭を抑えながら辺りを見回す。

そこは見知らぬ部屋だった。

どうしてこうなったのかを必死でたどる。

そうだ、綾斗の意味深な発言の後に急に意識が途絶えたんだ。ということは私をここに連れてきたのは・・・

「起きた?」

部屋の外から声がする。ねっとりとした声が頭にこだまする。鈍い痛みを帯びた頭には、その声が一層不気味に聞こえた。彼から出た声色だとは想像できないけど、どこか普段の声も混ざっているから間違いない。

「・・・綾斗?」

「そうだよ。ああ、やっと美琴と2人になれた。あは、あはははは!」

狂気を帯びた声に思わず体が硬直してしまう。いつもの彼とはかけ離れていて震えが止まらない。

「どうしてこんなことをするの?」

なんとか声を絞り出して尋ねる。

「君が悪いんだ。君が他の男と仲良さそうに話すから!僕の前からいなくなるから!何度も何度もなんどもナンドモ!!」

「何をいってるの?私はそんなことしてない!」

「ああ、わからない!わからないんだ。きみがそんなことをするはずないってわかってるのに。いままでみたのはげんじつかユメか・・・ああああああ」

「目を覚まして綾斗!いつもの綾斗に戻って!」

何が起こっているのかは全く分からなかった。ただ、目の前にいる綾斗がいつもと違うのは分かった。これが綾斗の本性というわけではない。もっと別の誰かが今の彼を仕立て上げたような・・・

彼を無理やり変えてしまったような。

鋭い痛みが走る。私は何か大切な事を忘れているような気がする。

違和感の正体がのどから出かかった時、ふいに綾斗がこんな言葉を呟いた。

「ぼくのみょうじはカゴイだよね?そしてきみはタカナシだ。」

「急に何を言っているの?」

「カゴとトリだよ?ぼくはきみのトリカゴだ。そのなのとおりぼくがきみをとじこめたら、きみはどこにもいかないよね?ネエ?」

鋭い痛みが更に激しく体を貫く。

“綾斗はいつからおかしくなったっけ?”

不意にドアが開く。たどり着いた違和感の正体を口にする前に再び意識が途切れる。

最後に私の目に映ったのは、ここにいるはずのない人物だった。


-4. トリカゴ-

突然意識が戻る。辺りを見回すと知らない部屋だった。

「あれ。僕は何をしていたんだっけ・・・」

鈍い痛みの広がる頭を抑えながら、糸のように細い記憶を手繰り寄せる。

すると、頭にモノクロフィルムの映画のような荒い画質が浮かび上がる。

僕はドアの外にいて、ドアの奥から声が聞こえている。

誰だ?聞いたことのある声。必死で記憶を呼び起こす。

「嘘だ・・・そんな」

ドアの奥から必死に呼びかけているのは僕の大好きな人だった。

でも、僕には届いていない。何かに支配されているようなおぞましい表情で、熱に浮かされ意味深な言葉を話しているような僕だったから。

自分でも知らない姿に思わず背筋が凍る。

美琴には怖い思いをさせてしまった。でも、こんなことがあった後に会いに行くなんてできない。もっと怖い思いをさせてしまう。

せめて、僕の身に何が起こったのかを詳細に思い出して伝えることが、唯一僕にできることだと思った。

こうなってしまったきっかけは何だった?痛みで回転が鈍い頭に何とか鞭を振って絞り出す。

「あ、あ・・・」

何とか思い出せたこの記憶。正直信じたくはなかった真実。

ただ、一度思い出すとどんどん鮮明になっていく映像が、声が。これが真実であることを残酷に叩きつけてくる。

初めからこの関係性は偽物の幸せだったんだ。いや、幸せですらなかった。狂気のかたまりで覆われていた。

僕も美琴も被害者だ。この関係性の糸を引いていた黒幕は・・・

そう導き出した瞬間、とんでもないことに気が付いた。

なぜ僕が倒れていたのか、美琴がいたはずのドアが開いているのか。

顔が真っ青になる、全身の熱が奪われていくのを感じる。

こんなことが出来るのは一人しかいない。だとしたら美琴は今・・・

「っ、美琴!!」

美琴が危ない。僕は駆けだそうとするが、殴られた衝撃が思いのほか強かったらしく、駆け出せないまま再び地面に倒れ込んだ。

痛みを帯びた頭を必死に稼働させてしまったせいか、再び意識が途切れようとしている。

「美琴、にげて・・・海斗は、危ないんだ・・・」

消えゆく意識の中、何とか絞り出したこの声が何にも邪魔されず美琴に届くように願いながら、僕は意識を手放した。


-5. とりかご-

愛してやまない相手が俺のすぐ目の前にいる。

そろそろ起きる頃か。

そう思ったタイミングで徐々に目が開いていく。

まだ少し眠たげな、あどけない瞳がこちらを捉える。

「海斗・・・?」

俺の名前を呼んでくれる。

そうだ、お前の目に映るのが俺だけで、呼ぶ名前も俺だけだったらいい。

「美琴。大丈夫か?」

俺の内側が現れないように、心配そうな表情と声を取り繕う。

「そうか、私、綾斗と見知らぬ部屋にいて・・・綾斗がいつもと違ってて・・・あれ?どうして私は今ここにいるの?」

「俺、今日久しぶりに大学に行ったんだ。そうしたら美琴も綾斗もいなくて。2人にメッセージ送ったり電話かけたりしたんだけど、一向に繋がらなくて嫌な予感がした。それで必死に探したんだ。そしたら何とか見つけられた。美琴が無事で本当に良かった。」

「そうだったんだ・・・探してくれてありがとう。私、何が起こったのか全く分からなくて混乱してて、正直怖かった。でも、海斗が来てくれてよかった。」

「当たり前だろ。俺とお前は家族みたいなものなんだから。心配するのも助けに行くのも自然な事だ。」

「・・・うん。」

「まだ落ち着いたわけじゃないだろ?今家に帰ってもまた綾斗が何かするかもしれねーし、しばらくここにいろよ。正直、今でも綾斗があんなことする奴なんて信じられないけど。念には念を入れたほうがいい。」

「うん。ありがとう。」

「じゃあ俺はちょっと出かけてくる。帰れない間服とかいるだろ?そういうの揃えてくるから。」

「-だ。」

「ん?」

「いやだよ!あんなことがあったばっかりなのに。私、まだ怖いんだよ。ひとりにしないでよ・・・」

ははは。ははははは。

そうだ、俺だけを求めればいい。ずっと俺にすがっていればいい。

俺は悲しい顔をつくる。

「そうだよな。悪い。配慮が足りなかった。俺はずっとここにいる、大丈夫だ。」

美琴が俺に抱きつき、顔をうずめる。俺は美琴の震える体に手を回す。

そうだ、信じられるのが俺だけになればいい。抱きつくのも、一緒にいたいと願うのも、俺だけにすればいい。


大学に入り、綾斗と出会ったとき俺は計画を実行することに決めた。

綾斗の奥に俺と同じ雰囲気を感じ取ったから。本人は気付いていないが、少し手を加えて気付かせてやれば後は勝手に動くと思った。

俺は綾斗に近づき仲良くなった。そして、「俺の家族みたいな存在のやつが大学にいる」と度々美琴の事を話して情報を与えていた。綾斗が美琴に興味を持った時点で俺の計画はほぼ成功したようなものだった。俺は綾斗と美琴を引き合わせ、2人が付き合うようにさりげなく後押しをしていた。

綾斗と美琴が付き合って9か月ほどたった今年のある日。綾斗が神妙な面持ちでこんなことを相談してきた。

「聞いてよ、海斗。今日夢を見たんだけど、美琴が僕から離れていって別の男性と一緒にいる夢だったんだよ。慌てて飛び起きちゃった。その後眠れなかったし、とんでもない夢を見ちゃったよ・・・」

そう言い終わるとしょんぼりした顔でうなだれている。

本当に友達だったら俺はすぐに慰めていただろう。実際、綾斗には計画のために近づいたとはいえ、仲良くなっていくにつれて本当に友達になれたらいいと思ったことは何度もある。だが、どうしても計画を実行したいという気持ちが勝ってしまった。

俺は綾斗の話を聞いてチャンスだと思った。本当は別の方法を使う予定だったが、この夢を使うことにした。

綾斗、ごめんな。罪悪感を何とか心の隅に押しやる。

「そうか。そんな夢見たら気分良くないよな。」

「そうなんだよ~まあ現実ではそうならないって思ってるけどね。僕は美琴を信じてるし。」

「まあな。でもさ、全くない話とは限らないんじゃね?」

「へ?」

「いや、夢って実際に現実になることもあるらしいじゃん。美琴はそういうやつじゃないけど、言い寄ってくる男は多そうだし。強引に連れていかれそうだなって。あいつ、いいやつだけどそのせいで断れなさそうだし。」

「う、確かに。美琴ならありそう。ど、どうしよう海斗~」

「わっ。急にくっついてくるな!そうだな。こればっかりはお前がしっかりしないとじゃないか?」

「僕が?」

「綾斗優しすぎるとこあるしさ。なんか美琴が離れていっても最後には笑って許しそうじゃん?」

「え、そうかな?」

「自覚ないのかよ・・・とにかく、美琴が本当に好きで離したくないのなら、優しさを少し削った方がいいぞ。」

「そっか・・・海斗は美琴も僕の事も気にかけてくれてるもんね。そうしてみるよ!」

「ああ。応援してる。」

この会話を皮切りに綾斗は少しずつ変わっていった。

俺が望む方に。

そして、その出来事から3か月が過ぎ、俺が数日間休むことになった前日。綾斗が俺に話しかけてきた。

「ねえ。美琴がバイト先の男と仲良くしてるんだ。他の男にもいい顔してる。あれがげんじつになっちゃう。いや、あれがげんじつだった?わからない、わからない。ああ・・・」

とうとう狂い始めた。俺は心の中でほくそ笑む。そう、それでいい。これから俺が出す黒い提案に迷いなく乗っかるはずだ。

「そうか、お前、そこまでになっちまったのか・・・ごめんな。気付いてやれなくて。」

「海斗・・・?」

「なあ、美琴がどこにも行かない方法があるって言ったら知りたいか?」

「え?そんな方法あるの?」

「簡単だよ。美琴のトリカゴになればいい」

「トリカゴ・・・」

「協力してやるよ。俺が全部用意してやる。計画はメッセージで送るから。」

「海斗は一緒にいてくれないの?」

「俺がいたら邪魔だろ?しばらく俺は大学には顔を出さない。綾斗のタイミングで計画を実行しろ。」

「でも・・・」

「大丈夫だ。美琴とずっと一緒にいたいんだろ?俺が叶えてやる」

綾斗の迷いを打ち消すように耳元で妖しく囁く。綾斗に罪悪感を抱かせないように、俺の計画に乗っただけだと感じさせるように。

「わかった、ぼくやるよ。これでみことといっしょだ。あは、あははは!」

あとは綾斗が美琴のトリカゴになるのを待つだけだった。

計画が実行された後、俺は少し間を置いてから美琴を助けに行った。

すぐに助けに行ったら安堵感が大きくなる。存分に恐怖を感じた後の方が「助けてくれた相手」に対しての信頼と依存が大きくなる。

俺はそれを狙った。そうしたら案の定、俺に対する依存心が美琴に芽生え始めている。

そう、それでいい。

そうすれば俺が本物のとりかごになれる。

だって俺の苗字は「なかごみ」なんだから。

とりかごにいる鳥は飛べなくなる。自由を失う。ただ、外敵に襲われることはない。守られて、安らぎを手に入れることが出来る。俺はそんなとりかごになれる。

そのためだけに俺は俺自身や綾斗を犠牲にしたんだ。

歪か?狂っているか?なんとでも言え。

本当は俺だって分かってるんだ、そんなこと。

でも、もう戻れないんだよ。

だって、俺も“操られている側”なんだからさ。

なあ、お前が望んだんだろ?俺がこうなることを。


満足か?なあ、-美琴-



-6. 鳥籠-

昔から窮屈だった。家も、学校も、どこもかしこも。安らぎなんて、落ち着ける場所なんてどこにもなかった。だから私は安らげる場所を探し続けた。何度も何度も。

ある日、雑貨店を見つけてなんとなく入ってみた。そのお店には可愛いものや綺麗なものがたくさんあって、11歳の私にはそっちの方が興味を惹かれたのかもしれない。

でも、私が見惚れたのは鳥籠だった。そのお店の隅っこにひっそりと置いてあった鳥籠。

鳥籠はなんだか窮屈に感じるって聞いたことがある。実際、そういう側面はあるのかもしれない。けれど、外敵に出会わないし守られてる。お水だってご飯だって愛だってある。ある側面から見ればそれは立派な安らぎじゃないかって11歳ながらにして思った。

私にとっては今自分が置かれている環境の方がよっぽど窮屈だった。

だから私は鳥籠に憧れた。私にとっての鳥籠が欲しかった。

でも、ただ私が入れる大きさの鳥籠を作ってそれに入っても、安らぎは得られない。

私の鳥籠になってくれる「人」を探さないといけないと思った。

そう思った矢先、隣の家に引っ越してきた人物がいた。

それが海斗だった。

正直最初は興味がなかった。でも、不器用だけど優しくて、私を受け入れてくれる海斗と接していくうちに私は安らぎを覚えるようになった。

そして、海斗が私の鳥籠になってくれればいいと思った。

そこからはいろんなことをした。まずは私を好きになってくれるように、そして依存するように、そして私を離したくないと思うように。時間をかけてゆっくりと海斗を変えていった。海斗の内側を1から全て作り変えた。

そして季節は巡り、大学生になった。

いつ私の鳥籠になってくれるかうずうずしていた時に、急に海斗が綾斗を紹介してくれた。そして、驚いたことに綾斗と付き合うように促してきた。

私は絶望した。今までやってきたことは何だったのかと打ちひしがれた。でも、囁いてくる海斗の目の奥底に私が期待していたものが宿っている気がして、絶望が一気に希望へと変わった。

綾斗と付き合い始めて1年たった最近。何かが変わり始めたと感じた。そして、その勘が当たっていることを告げるかのように綾斗の様子がおかしくなった。

まさか、海斗が私の鳥籠になるためにここまでしてくれるとは思っていなかった。

そう。海斗は綾斗を悪役にして自分がヒーローになって、ヒロインである私に気に入ってもらおうとしたんだ。

私が望んだ以上だった。計画はうまく行き過ぎた。

海斗に抱きついたときにとうとう体が震えてしまった。顔はうずめていたから海斗には泣いているように見えたかもしれない。

違う、笑ってしまったんだ。

嬉しすぎて。だって、ようやく手に入れられたから。

以前、神様に祈ったんだ。私か今いる環境は窮屈だから、叶うなら鳥籠が欲しいって。

ありがとう、願いを叶えてくれて。

此処はとっても素敵なところだよ。

ああ、神様。また願いを叶えてくれるのなら。

この鳥籠は壊れませんように。

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