第19話 母からのプレゼント

私がクラシックピアノの大人学習者であることは、徒然記を読んで下さる方はご存じだろう。


私には演奏の時の悪い癖がある。

それは曲に入り込みすぎてしまう事だ。

ピアノというのは多分楽器の中でもかなり難しい楽器だと思う。

孤独な楽器とも言われるが、一人で曲を完結することもできる。

それが一つの魅力でもあると思う。


曲に入り込みすぎるというのはどういうことか?

集中して弾くのはいいのだが、ピアノにかじりつき、次の音を鳴らす事に集中しすぎてしまうのだ。


ピアノの演奏はもちろん集中力が必要だ。

人の目にさらされても動じず、ただただその作曲家の音楽を再現し演奏する。

だが入り込みすぎて我を忘れてはいけないのだ。

曲に全集中しながら、客観的にも自分の音をとらえなければならない。

これが出来る演奏と出来ない演奏はかなり違ってくる。

私はレッスンを受けるたびに「客観的に自分の演奏をとらえながら弾きなさい」とよく注意されたものだ。


小林愛実ちゃんというピアニストがいる。

小さい頃からベートヴェンの難しいソナタやショパンエチュードを弾く天才児だった。

CDデビューは14歳だったと思う。

すでに学生時代からプロとして活躍していて、2021年のショパンコンクールで4位入賞はたした。

昨年であったか、その時に同じく出場した反田恭平さんと結婚をし、一児をもうけている。

実は2021年の前の2015年のショパンコンクールにも出場している。

その時はファイナルまでいったものの、入賞はできなかった。

その時の演奏はやはりピアノにかじりついている状態といってもいい。


先日題名のない音楽会に小林愛実ちゃんが出演していた。

その時に聞いたエピソードが「以前は曲に集中しすぎて、ピアノにかじりついて弾いていた。」の様な事を言っていた。


2021年のショパンコンクールは違った。

曲に集中しているもののどこか客観的に自分の演奏をとらえて弾いている。

この差が入賞するかしないかを分けたのではないかと思っている。


しかし一度は入賞を逃したとはいえ、二度も最高峰のショパンコンクールで本線に残り、ファイナルに残るというのは偉業である。

2015年に挑戦した他の日本人も2021年にも挑戦はしていたが、予備予選にも通らなかった人もいる。

彼女がどれだけ凄いのか、どれだけ真摯にピアノに向かってきたかわかるエピソードだ。


私など彼女の前ではピアノを弾いているなんていうのはおこがましい位だが、一応自分なりに真剣にピアノに取り組んでいる。

客観的にとは??とずっと思っていた。


私はインスタグラムもやっているのだが、くらしき作陽大学をフォローしている。

その大学はモスクワ音楽院特別演奏コースがあり、ロシア人の教授が教えてくれる。

なぜロシア人か?というと、現在のピアノの主流はいわゆるロシア弾きといわれるロシアピアニズムが主流であるようだ。


ショパンコンクールなど、名だたる国際コンクールにエントリーするコンテスタントはこのロシアの演奏に大体触れて来る。


2021年のショパンコンクールで優勝したブルース・リウはダンタイ・ソンという人についている。

このダンタイ・ソンはベトナム人であるのだが、ロシアのモスクワ音楽院に在籍していた。

そしてショパンコンクールでも優勝している。

2位の反田恭平くんもロシアのモスクワ音楽院に留学している。

とかく東洋人は差別されがちで、演奏で結果を出さなければ、教授陣にも相手にされないという。

途方もない努力をしたのだろう。


ではロシアの奏法の何がいいのか?

それはやはり音の豊かさと音量をだす重力奏法だと思う。

昔はドイツ弾きというのが主流であったが、ロシア奏法では音色もかなり変化してくる。

ドの♭とシは同じ音なのだが、ある先生が「ド♭を弾きなさい」と生徒に注意をする。

生徒は「弾いてます」というのだが、「いいえ、あなたのはシです。ド♭を弾きなさい」と言われるのだ。


ピアノというのは本当に難しい。

趣味で弾いてる私でさえ、こちらのミ♭はまだ痛みを感じる音で、次のミ♭は少しほっとした音でと言われる。


楽譜を全て読譜し、最後まで弾けるようになってからが長い。

曲からフレーズ、小節、そして1音に至るまで音色を追求するのだ。

そしてようやく曲として人の前で演奏ができるようになる。


このくらしき作陽大学で曲に入り込みすぎないようにと教えている授業の様子があがっていた。

上の方の空間を見ながら、耳は音に全集中だ。

とても参考になる動画だった。


話がかなり反れてしまったが、母が亡くなり、私はしばらくピアノに触れることができなかった。

しかし久しぶりにピアノを弾いてみると、どうしても母の事想いながら弾いてしまう。

これが功をそうしたらしく、曲に入り込みすぎず、客観的に自分の音色を聞けるようになった。

まさにくらしき作陽大学のロシア人の教授が言ったような感じで演奏していた。

しばらくピアノに触れなかったのも良かったらしい。


母は最後にとても素晴らしいプレゼントをくれた。

私がピアノを続けていることを喜んでくれた母。

次はヴェートーベンのソナタ27番を予定してる。

特に2楽章は母の為に選んだ曲だ。

ピアノを習わせてくれた母に感謝しつつ、母の事を想いながら27番を弾きたいと思い、今日もピアノに向かっている私であった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オンナ徒然記  渡しのぶ @patako34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る