☆



 君はスライムに溶かされて死んだ。


 君はトラップで感電して死んだ。


 君は生きながら食べられて死んだ。


 君は焼かれて死んだ。


 君は溺れて死んだ。


 君はゴブリンの群れに押し潰されて死んだ。


 君は刺し殺された。


 君は殴り殺された。


 君は斬り殺された。


 君は死んだ。


 君は死んだ。


 君は死んだ。


 君はーー………




 ☆




「勇者よ。……死んでしまうとは、何事ですか」


 彼の言葉で目を覚ます。ここで蘇ったのは、もう何度目かわからない。

 今回はいいところまで行ったのにねえ。残念、残念。


「勇者様」


 ふらつきながら外へ行こうとしたところを、神官くんに呼び止められた。


「勇者様。……少し、休まれてはいかがですか」


 心配そうな顔つきだ。君は平気平気、と手をひらひら振っておどけてみせた。


「そんなこと……っ! だって勇者様は、ずっと休まれてないではありませんか。蘇ったらすぐさま外へ出て、また再生のお告げが下って! そして再生したら、またすぐに外へ向かわれて。

 もう少し、ご自分を大切にして、ほしいです……。

 人族の命運を勇者様お一人に任せきりの私たちが言えることではないかもしれませんが……」


 神官くんはいいやつだなあ、と君は笑った。彼はここが魔王城の地下とは気付けないよう認識をいじられているが、性格的なものはそのままらしい。あるいはそれも、魔王の策かもしれないが。


 君はとっくに気付いているはずだ。一番簡単な脱出方法は、彼を殺し祭壇を破壊した後に自らも命を絶つことだと。そうすれば、君はここではない最寄りの教会で再生される。彼が死ぬという一点を除けば、誰の力も借りず、早々に片が付く。


 けれど君はそれをしない。彼は、神官くんは被害者だからだ。君のせいで巻き込まれた、被害者だ。だから彼のことも救わないといけない。君はそう考えているから。


「私は……、僕は、あなたに救われたことがあるんです。あなたは覚えていないかもしれないけれど、数年前、魔物に襲われた僕の村を助けてくれました。あなたは一人で戦っていて……そのとき、思ったんです。

 僕は、きっと、どんな些細な方法でもいいから、この人の力になれるように生きたいって。

 ほんの少しでいいから、勇者様の力になれたらって。

 運良く神官の才能があって、ここまでこうして来れました。勇者様の力になれると、思ったんですけど……」


 神官くんは訥々とつとつと語り、ぽつりと、死なないでください、と呟いた。


「勝手なこと……言ってます。でも、勇者様。蘇るからって、死なないでください……。あなたがとても危険な旅をしているのは承知しているつもりです。

 けど、死ぬのは、大変なことです。

 ご加護のおかげで、死の前後の記憶は曖昧だとお聞きしています。

 でも、なかったことになるわけではないんだと、思うのです。

 忘れていても、気付かないだけで……精神は疲弊しているのでは、ないのかなって……」


 そこで言葉を途切れさせて、力なく首を振る神官くん。


「………すみません。死ななければならないほどの旅に追いやっているのは僕たち人族全員なのに。……僕は……とても、自分が……ふがいなくて……」


 君は、彼の目から光るものが流れたのを見なかったことにした。

 そして再び蘇生台に横たわると、神官くんに「少ししたら起こしてほしい」と伝えた。


「え!? あ……勇者様……」


 確かに神官くんの言うとおり、忘れていても傷は傷。悪魔にそそのかされて少し簡単に死を選んでいたかもしれない。

 永眠以外で睡眠を取っていなかったので、君は少し眠って精神を休めることにした。


「は、はい……! あ、目覚めた頃に何か軽食でも用意しておきますね。おやすみなさい、勇者様」


 どこか嬉しそうな神官くんの言葉を聞きながら、君はすぐに眠りについた。神官くんの言うとおり、しっかり疲れはたまっていたらしい。




 ☆



 君は、あと少しというところで何者かに足を引っ張られた。

 追手の魔族に袋叩きにあって死んだ。

 堀を越えるまで、あと少しだったのにねえ。




 ☆




「勇者様ーー、お目覚めください」


 あれから目覚めるときの神官くんの言葉が優しくなったね。


「少しおやすみになられますか? それとも食事でも」


 君はゆっくり首をふると、何かを言う。ちょっと、聞こえるように言ってほしいよ!


「よく、わかりませんけど……僕は勇者様のおっしゃることなら信じます。僕のことは気にせず、なさりたいようになさってください」


 神官くんもよくわからなかったらしい。ならいいかぁ……しかしここまでの信頼のされよう、ニクいね~。


「勇者様に、神のご加護がありますように」


 彼の祈りを背に受けて、君はまた死地におもむく。いや、もう諦めてもいいと思うけどな。あんなわからん死にがあったんだよ? ここまでよく頑張ったよ君は。優しくて君のことならなんでも信じてくれるって言う神官くんと、片が付くまで平和に暮らすのもいいんじゃない? どうしてそこまで頑張るんだろう。


 ……おっと、出る前に悪魔のところに顔を出すんだね。


「最近来るのが遅くないかね? 私は君の再生を感じてから、ここに来てくれるのを今か今かと待っていたというのに」


 恋する少女のようにね! と悪趣味に笑う悪魔の台詞を適当に聞き流し、君は幾度目かの取引を持ちかけた。


「せっかちさんめ。私との小粋なトークを楽しんでいきたまえよ!」


 君は首を振った。横に。


「つれないな。ま、いいさ。何をお望みかな?」


 悪魔のその言葉に君は、


「ーーまず、俺に取り憑いているナニカを滅ぼしてほしい」


 ………は???


「オーケイ、お望みのままに」




 ▽




 ぱちん、と悪魔が指を鳴らすと、勇者の影から大絶叫。この世のもと思えぬほどの恐ろしい叫び声が地下牢に響き渡りました。

 驚いた神官が持ち場を離れて様子を見に来るほどです。


「ゆ、勇者様!! なんですか今のはっ!?」


「おや神官くん」


「二つ目だ、悪魔。彼の認識を正しいものに」


「おや、いいのかい? ……あいわかったよ」


「えっ、ちょ、な、なんですかいったい………っ、あ、ぅああああ!!!!?!?!?!?」


 いつの間にか悪魔の手の内にあった白い球が神官に飛び込んでいくと、今度は神官が声をあげました。とても苦しそうです。


「っ、おい、悪魔ーー」


「大丈夫、加減はしているとも。記憶はそのままに認識を戻すというのは結構大変なんだよ。頭は割れそうに痛むだろうけど、後遺症なく速やかに戻すために少々我慢してもらいたい。

 私だからできる荒業だけれどね」


 飄々と言う悪魔に、勇者は憎々しげな視線を隠そうともせず浴びせかけます。

 それを受けた悪魔は、やれやれとでも言いたげに肩をすくめました。勇者は頭を抱いてうずくまり叫び続ける神官を支えて、そっと手を握ってやりました。


「大丈夫だ、大丈夫……俺がついてる……」


「ふ、う、……あ、勇者、さま……!!?」


 しばらくして落ち着いた神官は、至近で手を握っている勇者に気付くと慌てふためきました。


「あ、あわわ、すみませんっ……!」


「気にするな。もう大丈夫か? 意識ははっきりしているか?

 ……ここがどこか、わかるか?」


「え? あ、………はい。ここは、魔王城の地下牢、ですよね……」


 苦々しげに呟く神官。悪魔の力で認識を戻されたのでしょう。


「わかるようになったならいい。……すまないな、こんなことに巻き込んでしまって」


「な、なんで勇者様が謝るんですか……っ! 謝るのは僕です、僕のせいで勇者様は……」


「奴らは俺を無力化する目的で、お前を洗脳してここに閉じ込めたという話だ。こんなことになったのはそもそも俺のせいだ」


 淡々と言う勇者に、神官は気色ばんで言い返します。


「違いますっ! そんなことありません!! 悪いのは魔族たちです。

 それに……そう、そうです。

 ぼくは勇者様に巻き込まれるのなら、どんなことでも嬉しいです。あなたのお力に、なりたい……いえ、なりますからっ!」


「……ありがとう」


 神官が両手で勇者の手を握りながら強く言い放つと、勇者は少し微笑みました。


「麗しき友情だねえ。けど勇者殿、ここからどうするかい?」


 そこに水を差したのは悪魔の一言。にこにこ楽しそうに笑いながら、勇者たちを見ています。


「チャンスは一度、今回限りさ。それにそっちの神官くんも同道するのだろ? 神官くんは君と違って死んだらそれまで。難しい道行きになるんじゃないかな」


「そうだろう。だが、やらねばならない。逃げ道はいくつか目を付けてある」


「そうかい。準備はしっかり、けれど急いだ方がいい。君に付いていたカゲワタリを消し払ったから、君が今回で決めるつもりだと魔族たちも気付いている。

 警備状況なんかにも変化を付けてくるだろう」


「おう。ある程度なら対処できる」


 勇者には天眼てんがんという異能が備わっていました。俯瞰ふかんからの視点で、自分とその回りをまとめて見ることができるのです。一定の範囲内なら壁の向こうまで見通すことのできる、強い力です。それでもって魔族の待ち伏せや奇襲を見破るつもりであるようでした。


「だが、俺の力じゃ上下からの攻撃には弱い。……取引の弾はあといくつだっけ」


「それを私に聞くのかい? あとはね……『上層から飛び降りたら魔鷹マタカのナイスキャッチ』『魔メイドたちからのご奉仕地獄』だからーー」


「なんですかそれ???」


「すまん神官ちょっと後でな」


「軽いのならふたつ。強いのならひとつ。叶えてあげられるよ」


「そうか」


 勇者は少し考え、簡単な呪文とアイテムで取り引きを済ませました。


「では、私が力を貸せるのもここまで、かな。もう会うことも無いだろう」


「何だかんだ世話になった。じゃあな」


 さっぱり手短に別れを済ませる悪魔と勇者に、神官は驚いた様子です。


「え!? 勇者様、この方はここに置いていくんですか!!? 一緒に脱出を……」


「いいんだよ、神官くん」


 それを制したのは他ならぬ悪魔でした。


「もしかしたら私が一緒に脱出する可能性もあったかもしれない。けれど、今回はそうでないんだ。

 私は悪魔。人とも魔とも相容れない。長く付き合うのはよした方がいい」


「悪魔……ですか。でも、あなたは勇者様のお力になれたーーなってくれたんですよね。ありがとうございます。少し、うらやましいな」


「おや神官くん、そんなことを言っている場合じゃないよ。君も頑張らなくちゃあ。ここから先は大変だぜ?」


 はじめて聞いた悪魔の素の口調(たぶん)に勇者は少し驚きました。


「はい。これからはぼくもきっと、勇者様のお力になってみせますから」


「うむうむ、精進したまえ」


「……行くぞ」


「はい! ……さようなら、悪魔さん」


「ああ、さようなら。神官くん」


 勇者と神官は不退転の決意と共に、これまで大変世話になった祭壇を壊しました。そして、今では実家のような気さえする、慣れ親しんだ魔王城を脱するため、彼らは進みます。

 決して死んではならない、死なせてはいけない、困難な脱出への道を踏み出すのでした。




 ☆




 では、その後のお話も少し。

 辛くも魔王城から脱出した勇者たちは、勢いそのままの電撃進軍で聖剣のある砦まで突撃しました。

 多少の無茶もしましたが、怪我は神官が癒してくれるのでどうにかなります。勇者は神官を守り、神官は勇者を癒す。二人になったからこそできる無茶でした。


 聖剣を奪取した勇者は、そのまま改めて魔王城に突撃しました。実家のような気さえする土地です。何度も何度も死にながら通った土地です。警備を薄くせざるを得ない場所から攻め、魔王と相対することに成功しました。



「覚悟しろ魔王! 年貢の納め時だ!」


「私は納められる側だがな。まったく……面倒な人族だ。生を詫びるまで殺し尽くしてやろう」


「そんなこと、させません。ぼくがーー勇者様を守ります……!」



 さて、ここで勝ったのは魔王か勇者たちか。それは後の歴史の知る通り。

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君の心が折れるまで あめおりんたろう @ameorin

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