旅人たちの詩
長濱芳人
0. 旅人へ
少年は幼い頃より外への憧れがあった。
風の吹き抜ける草原、立ち入るものを拒むような深い森、ただ広がる砂の大地、広く高くそびえる山々——
石造りの都市、行き交う人々、冒険の予感……
彼の生まれた村は街道沿いにあり、連れ立った旅人、隊をなす商人などが日常的に行き来していた。
村の人々は畑や家畜の世話、旅人たちとの商売で生計を立てている。そんな中で、少年と家族は村に立ち寄る人々へ食事や酒を、時には寝床を提供する店を営んでいた。
子供は大抵の場合、家の仕事を手伝うもので、それは彼も彼の兄や姉も例外ではなかった。
食堂で働く彼は必然、外の話を耳にする機会が多かった。
中でもたまに村を訪れる詩人の語りがお気に入りで——そんな語りは酒の肴であることが常だったため——村に詩人がきている時は、夜遅くの手伝いを願い出て、はじめこそ両親に許されはしなかったが、やがて呆れ混じりに手伝いを許されていた。
詩人の語りや唄は噂話や英雄譚、伝説や伝承をもとにしたものが多かったが、少年はそのうちのどれもが好きで、特にまだ見ぬ土地の話を聞くと胸の高鳴りを抑えることができなかった。
冒険譚や英雄譚に惹かれぬでもなかったが、戦い、勝って、富や名声を得るということよりもそれらの舞台になった場所にこそより強い興味を掻き立てられていたのだ。
子どもたちはおおむね十五の年になると大人と同等と認められ、自然と親の管理から離れてある程度の自由を得る。
地域によっては集落を挙げての成人の儀式などがあったりもするらしいが、少年の住む村ではそれぞれの家族で誕生の日を祝う程度だった。
そうして彼は自身が十五になった日、両親に村の外へと出てみたいと申し出た。
両親はそれほど厳しい人ではないが、きっと反対されてしまうだろうと漠然と思ってはいたが、父親は眉根に皺を寄せ、母親も少し困ったような表情を見せ……
……その許可はあっさりと出してもらえた。
曰く、今までさんざん外に出たいと言っていたのだし、お前の事だからきっと今日言い出すのだろうと思っていた、前々から隠れて準備をしていたのも知っている、と。
それから数日かけて準備の仕上げをすると、少年は旅立ちの日を迎える。
今までの小遣いや、手伝いで客から貰ったチップなどで路銀はしばらく何とかなるだろう。
その日は朝から両親は忙しそうにしていたので、簡単に声をかけて家を出ようとした。
ドアを閉め、前を向くと歳の離れた兄が立っていた。
無口で、あまり会話をした記憶もない。
ふいに突き出された兄の手には小さな包みが握られていた。
母からの弁当、父からは手紙を出せとの伝言、兄と姉からの餞別も入っているという。
笑顔でそれを受け取り、大きく手を振って、しばらくは帰らないであろう家へ、家族へと大きく手を振る。
見ると建物の窓から父と母もこちらに手を振っているのが見えた。
村を囲う塀を越え、街道に出る。遠く続く道、遥かには山の影、晴れ渡る青空にゆったりと流れる雲——
——少年はその日、旅人への一歩を踏み出した。
旅人たちの詩 長濱芳人 @be2note
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