怪物

ルリマツリ

怪物

 最初、人を殺すのは抵抗があるものだ。しかし、人はどのような物事でも継続すればある程度慣れてしまう。それは人殺しも例外では無い。だが生憎、私はこれが初めてなのだ。引き金を引くことも、あまつさえ銃を触ることも初めてのことだ。ゲームで習得したあやふやな知識を最大限に引き出し、こいつの上に跨り、脳天に銃口を突きつけているただの一般人だ。殺しのプロでもない。何発撃ち込めば人が死ぬのか、どこを撃てば確実に死ぬのか、詳しくは分からない。脳天を狙っているのもサスペンスドラマで見たから。ただそれだけの理由。ただ、人間の弱点のひとつに脳がある事はバカの私でも理解している。

 

 はぁ。いつまで心の整理をするつもりだ。

 

 

 いらないことを考えてる暇があったらさっさとこいつを殺そうではないか。しかし、どうしても人を殺すことを全身が抵抗してくる。他の生物は幾多も殺してきたのに。体に刻み込まれている先人が作ったプログラムをこれほど厄介に思ったことは無い。だがこれがなければ世界は今より殺人に溢れ、混沌としているのだろう。引き金を引こうとする手はピクリとも動かない。ただ冷や汗をかき小刻みに震えるだけだった。心臓の鼓動が体の内を通して聞こえてくる。壊れろ。人間の中に刻み込まれたプログラムのリミッターを外せ。殺せ。殺せ。こいつは生かしてはいけない。犠牲者が増える前に、この手で。殺せ!


「うわあああああああああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!」

 


「パァン」

 

 首の血管が切れそうになるほど発狂し、その勢いで私は引き金を引いた。一発。遅れて二発、三発、四発。弾が切れるまで撃ち続けた。呼吸が荒れ、目から涙が溢れ出し、自分が心臓になったのかと錯覚するほどの激しい鼓動を感じる。こいつが私にした事を思い浮かべば簡単な事だったかもしれない。銃を撃った時私はどのような顔をしていたのだろう。きっと酷い顔をしていたに違いない。全身の筋肉に力が入り顔もグシャグシャになっていたはずだ。他の人から見れば私は人間ではない怪物か何かに見えただろう。

 

 脳が熱い。体が熱い。

 

 銃を撃った瞬間、指先からつま先から脳に向かって一直線に熱が走った。熱すぎるもの、例えばフライパンなどを触っている感覚がずっと脳で続いている。血生臭く濁った空気を必死に吸い込みながら呼吸を落ち着かせ、平静を取り戻した。こいつの息はもうないみたいだ。脈も打っていない。足元に広がる血溜まりを眺めながら、冷たく成り行く死体から体を離し、ふらつきながら立ち上がる。

 今日はゆっくり休もう。無気力な目で力が入らない体に鞭を打ち、闇夜の中自宅に帰宅した。臭いが移った体を洗い流しぬるい湯船に浸かった。死体は後日処理をしよう。見つかったって大した事ない。私は悪いことはしていないのだから。ただ、極悪人をこの手で断罪しただけである。むしろ、これから生まれるかもしれない犠牲者を救ったのだ。感謝されるべきである。


「今夜は眠れなさそうだ。」

 

 最早言うことを聞いてくれない体に愛想をつかし、湯船で一夜過ごそうと決めた。ベッドに入ってもどうせ眠れない。

 

 何も考えず、ただ蛇口から少しずつでている水が落ちる音に耳を傾けながら天井を見つめていると、陽の光が差している事に気がついた。夜が開けたのか。重い体を水の中から出し、体を丁寧に拭き、服を着る。ご飯を食べると死体の処理中に吐いてしまうような気がするので食べないでおこう。出来れば一生あいつの顔を見たくはなかったが、あそこに残すのも気分が悪い。どうせならもっと。徹底的に。この世からあいつを消し去りたい。そんな衝動が私の体をを家の外へ出す。

 眩しく照り付ける陽の光を手でさえぎりながら空を見上げた。空は晴天だった。世界の浄化を手伝った私を神は褒めてくれているらしい。


「私の善行を神が評価している。」

 

 私は薄らと微笑み、世界の期待に応えられたことを自慢げに思った。今までとは打って変わり、明るく車に乗りあいつの元へ向かった。

 

 周りから見た私の笑顔は、全身の毛が逆立つほど恐怖を感じる、不気味なものであった。

 

 

 

『それは人間ではない怪物か何かのようであった。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物 ルリマツリ @rurimaturi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る