第16話(駿平の生い立ち)
拍子抜けだ。有り難いことなのだが、何というか目的達成までには、もっと手こずるだろうと気負っていた。
あれだ。
『千と千尋の神隠し』で千尋がハクを助けるために銭婆の元へ向かって、そこでもう一波乱起きると思っていたのに、あっさり問題解決。肩透かしを食らった、あの気分。
「何でですか?」
「何?」
「何でそんな簡単に承諾してくれるんですか? 僕たちが何者かもわからないのに……」
「何者か……。そんなの同じ世界から来たってだけで充分じゃない?」
やはり咲は見抜いていた。この世界の人たちと同じ着物を身に着けていても、同じ出自の者の目は誤魔化せないものなのか。
「僕は早く元の世界に戻りたいんだ。同じ境遇の君たちと行動を共にしていれば、その方法も早く見つかるはず、三人寄れば文殊の知恵ってね」
◆◆◆◆
山の天気は変わりやすい。
煌々と照っていた月が姿を隠すと、急な突風と共に激しい雨が降り出し、咲が寝蔵にしている祠で雨宿りをすることにした。
祠の中で火を焚き、冷えた体を温めようと、周りを4人で囲んだ。
「お前、元の世界に戻るって言ってたけど、ここ何だと思ってんだ?」
焚き火に両手をかざしながら駿平が問う。
「――う〜ん、普通に考えて、パラレルワールドとか?」
「夢とか、死後の世界って可能性はねぇ?」
駿平はそう言って死後の世界の根拠となる駿平と燈夜がこちらの世界に来たきっかけを話した。
焚火の炎から目を話さず、じっと聞いていた咲が少し間を置いて口を開く。
「――正直、ここがどこだろうと、どうでもいいんだよね」
「なんでそんな戻りてぇわけ?」
「あの女に復讐するためだよ」
「女?」
「僕の母親さ」
「ここが死後の世界かどうかは知らないけど、僕も死にかけてここに来た。母親に包丁でメッタ刺しにされてね」
いきなりの告白に駿平も返す言葉がなく、唾を呑んで次の言葉を待つ。
「あの女を生きながら地獄に落とすまで、僕は死んでも死にきれない」
ゆらゆらと揺れる炎が咲の顔に影を蠢かせ、先程までとは別人のような表情を演出する。それは紅沙のポーカーフェイスな無表情とは違って、悪感情を宿した能面のようで、見てはいけないものを見たような気にさせられる。
「――何でってか、母親がそんなんすんの何か理由があったんじゃねぇの?」
予想していなかった咲の重い告白に、いつもはズバッと知りたいことを単刀直入に聞く駿平も曖昧な表現しか出来ない。
「他人の身の上話を知りたいなら、まずは自分から話すのが筋じゃない?」
咲の表情が嘲笑的な笑顔に戻る。
「俺のは、別に大したことねぇよ。未婚で俺産んだ母親が育てられないからって、施設に預けてそれっきり」
「で、何でヤクザに追われるハメになったわけ?」
駿平が咳払いをすると話を始めた。
「中学あがって、俺凄かったんだよな。身体能力? 運動部顧問の間で俺の取り合いんなって、結局野球部入ったんだけど、皆に期待されて自分でも可能性とかすげぇ感じて。
でもさ、部活、金係んじゃん。グローブとかユニフォームとか、最初は先生たちが金出し合ったりして助けてくれた。でも強くなればなるほど遠征費だなんだって、そうそう甘えてられねぇし。
あ〜やっぱ俺みたいのはさ、夢見るのも許されねぇんだなって悟ったら、転落するのは早かったな」
いつも明るくて面倒見がよくて、喜怒哀楽の哀なんて知りませんて顔してる駿平に、そんな過去があったことに、燈夜は衝撃を受けた。
咲は黙って視線で続きを促した。
「同じ匂い嗅ぎつけてくんのか、チンピラの先輩に甘い言葉で誘われて、気付いたら悪いグループの手先みたいに雑に使われてた。
そんな時に優しくしてくれた女と仲良くなって好きになった。ある時その子が顔に痣作ってきてさ、前から相談されてたDVの彼氏から逃げたいって泣いて、彼氏に貸したまま返ってこねぇ金取り返して一緒に逃げようってなった。
約束の日にその子んとこ行ったらヤクザの彼氏に腕からませて他人みたいな顔してこっち見てて、なんか俺一人悪者になってた、金のことも女の作り話だったみてぇ」
「あとはさっき話した通り、逃げて逃げて、ビルから落ちて、気付けばこっちにいた」
「相談女……」
「あ?」
「典型的な相談女に騙されるなんて、くっ、君って純粋なんだね」
咲は可笑しくて仕方ないというようにお腹を手で抑えて笑っている。
駿平にとっては笑われても仕方のない黒歴史なのか、悔しそうだけど言い返せないといった感じだ。
ひとしきり笑った後、咲が燈夜の方に体を向けた。
東浪紀 國優 @UTAGAWAKUNIYASA
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