第15話(筑波山麓の物ノ怪)

 駿平は意気揚々と眼前に見える筑波山を目指して進んでいく。

 日没し血のように赤黒い夕空が影だけになった山を取り囲み、不気味さを演出している。

 

 進む駿平を追いかける燈夜の胸は、バクバクと鳴っている。緊張か恐怖か、その両方からか。

 確かに、駿平がハンターと呼んだ少年は物ノ怪を討伐した実績があるらしく、聞き込みで居場所を絞れない以上、物ノ怪の出現場所近くにいる可能性に賭けてみるという行為は理にかなっている。

 もし当てが外れた場合、自分たちだけで物ノ怪と対峙して生きて帰れるのだろうか。

 幻翠は物ノ怪には剣も妖術も効かないと言っていた。いくら紅沙が腕の立つ剣豪でも、剣術が効かないということは……。


 ――無謀すぎる。


 同時に昨日自分が紅沙に対してした無謀な誓いを思い出す。

 こんな自分が紅沙を守り抜くと約束してしまった。考えるよりも先に口をついて出た言葉ではあるが、冷静に考えれば出来もしない約束というのは明白だ。いざその状況になった途端、軽率だったと怖気付く自分に嫌気がさす。

 

 斜め後ろを見やればやはり無表情、いやポーカーフェイスの紅沙。彼も鼻から無理な約束と思い自分の助けなど当てにもしてないのだろう。 


 燈夜は布袋ぬのぶくろに入れたままの竹刀を握りしめた。今朝方、千雪の夫に稽古をつけてもらい、頂いたものだ。刀で斬れない化ケ物に、こんな武具を持っていても役に立たないオモチャのようなものだが。

 守れないまでも盾になることならできるだろうか――。 


「不動峠って、あの辺りか?」


 駿平が振り返って先に見える分岐を指さした。


 波郎なみろう蓮姫れんひめには自分たちの人探しが優先のため、そのついでに気を配ることしかできない、と返事をしてきた。けれど人情派の駿平のこと、物ノ怪の巣の方も探す気満々なのだろう。

 

 同心が叫んでいた不動峠への行き方は波郎に教えてもらった。それほど遠くはないと言っていたから、そろそろ近くまで来ていてもおかしくない。


「着いたら、どうするの?」


 作戦も立てずにここまで来たが、駿平には何か考えがあるのだろうと尋ねてみる。


「ハンターが来るの待つしかねぇよな」


「先に物ノ怪が出たら?」


「大丈夫。俺逃げ足早いから」


(それって……)


 不意にカチッと音がして、紅沙が左手を刀に添え鯉口を切った。その直後、先ほど駿平が指差した別れ道の奥に閃光と爆破音が轟いた。


 閃光に一瞬浮かび上がる黒い影。

 閃光は場所を変え、いくつも続く。


「なんだよ……あれ……」


 物ノ怪には形がある、と言う言葉から、妖怪のようなおどろおどろしい頭や手足のある物体を想像していたが、それは黒い煤のような煙のような塊で、それが意思をもった生物のように広がったり流れたりと形を変え移動している。


 目もあるようには見えないのに、それが狙いを定めたようにゆっくりとこちらに向かってくる。

 紅沙もゆっくりと長刀を抜く。

 逃げ足は早いと言った駿平の足が自分と同じように竦んでいるのがわかる。


 その時、何かがその物体を飛び越えてこちらに向けて投げられ、駿平の足元に転がってきた。

 見ればそれは竹筒の片側に導火線のような紐が付いていて、それがチリチリと燃え光っている。

 現代でいうダイナマイトにしか見えない。

 駿平が我に返り、竹筒を拾い上げると、まだ結構な距離がある黒い塵のような煤のような塊を目掛けて投げ返した。


「こっちじゃねぇよ! 下手くそがぁ!!」


 竹筒は塊の中心部辺りで丁度良いタイミングで爆発し、黒い塊を弾けさせた。塊は形を失い打ち上げ花火の柳のようにサラサラとしなだれて消えていった。


「すごいよ、駿平! あの距離で!」


「俺? がやったのか?」


 恐怖から解放された興奮も相まって称える燈夜と呆然とする駿平の方へと、拍手をしながら誰かが近付いてきた。


「本当にね、メジャーリーガー目指せるんじゃない?」


 月明かりに照らされて姿を見せたのは紅沙に負けず劣らず顔立ちの整った少年だった。


「お前が、ハンターか?」


「僕はそんな風に呼ばれてるの? ネーミングセンスないね」


 少年はふふっと笑って答えた。


「僕はハンターじゃない。テロリストだよ」


「テロリスト? てぇか、あれダイナマイトみてぇの、お前が作ったの?」


「こっちの世界も同じ地球なんだから、材料さえ揃えば作れるでしょ」

 

 こっちの世界……この言葉が自分たちと同様に現代から来たことを示唆している。


「あの、でも物ノ怪を次々に倒したっていうのは、あなたなんですよね?」


「あなたって、同じ年位でしょ。僕は久住咲。サキでいいよ」


「あ、天川燈夜です」


「日野駿平」


「それで? 僕に会いに来たんでしょ?」


 咲にとっては想定内の訪問だったとでもいうような落ち着き払った様子でこちらを見てくる。


「そうだ。お前を探してた。江戸幕府の将軍の幻翠にお前を連れて来るように命令されてる。俺らと一緒に来てほしい」


 暫し、お互いの腹を探り合うように睨み合い、沈黙が流れた。

 咲が沈黙を破って片方の口角を上げた。


「構わないよ」

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