第14話ー② 騎士団長会議から帰ってきたら、旦那様の姿が……
「
騎士団長会議を終えた私は、自身の苛立ちを感じながら王城の廊下を歩いていた。
表に感情を出しているつもりはないが、すれ違う人々が恐れるように道を譲っていく。不機嫌なオーラでも出ているのだろうか。
とはいえ、それも仕方のないこと。
わざわざ出たくもない無駄な会議に呼び出され、旦那様と離れ離れになってしまった。僅かな時間でも離れることは耐え難いというのに、日を跨いで声も聞けないというのは、私にとっては拷問にも等しい。
(早々に団長を辞めさせていただければ、こんなことにはなりませんでした)
私とて、騎士団長が突然辞めるのが問題なのは理解している。
しかし、後任の団長にルージュを指名。(本人は心底嫌がっていたがどうでもいい)
引き継ぎ関係も終え、既に実権も手放している。私がいなくてもいい環境は作り上げた。
だというのに、団長の座を辞するのを渋られるのは納得できない。
騎士団統括及び国王陛下が難色を示しているために、未だに騎士団を退団できずにいる。
今日の会議でも議題に上げたが、のらりくらりと躱され……そのせいで会議が伸び、増々旦那様と会える時間が減ったのは我ながら痛恨の至りだ。
「最早一刻の猶予もありません。
いっそ、反乱でも起こしましょうか……?」
「なに恐ろしいことを呟いているのですか?」
私の独り言に、呆れたような声が返ってきた。
顔を上げると、見知った人が困ったように眉根を下げていた。
「リナリア。城に居たのですね」
「居た……というか、魔法士も騎士も、任務がない限り城に在中するものなのですけれど」
苦笑するリナリア。
リナリアは魔法士団の団長であり、私とはお互い団長になってから友人関係を築いている。
王城どころか王都にいることも少なくなり、最近は顔も見ていなかった。友人との再会に、ささくれ立っていた心が、少し穏やかになる。
「元気そうでなによりです。
久方ぶりですが、変わりないようで安心しました」
「ふふ。私も安心いたしました。
ヴァイオレットの結婚式に招待していただけたら、晴れ姿を見ることも叶ったでしょうに」
「……それは」
リナリアの指摘に言葉が詰まる。
痛いところを突かれてしまう。なんと説明しようか。悩むが、素直に気持ちを吐露することにした。
「旦那様が、リナリアに惚れたら……困ります」
二の腕を掴み、視線を地面に落とす。
長い黒髪に、銀河のように輝く美しい瞳。
無骨な私とは異なり、淑女然とした所作は美しく、嫋やかだ。
容姿や性格。あらゆる面で女性らしさというモノが欠けている私とは大違いだ。
旦那様と出会う以前なら気にしなかっただろうが、今となってはその女性らしさに憧れる。
そんなリナリアを旦那様が目にしたら、もしも好きになってしまったら。そう思うだけで、胸が引き裂かれそうだ。
リナリアの友人としても、旦那様の妻としても、耐えられそうにない。
ばつの悪い私を見て、一瞬驚いたように目を丸くするリナリア。
それから口元を緩めると、淑やかにコロコロと笑う。
「ふふ。随分と可愛らしい顔をするようになりましたね?
今の貴女様であれば、『氷雪の女騎士団長』と呼ぶ方もいらっしゃらないでしょう」
「……そのあだ名は嫌いです」
ぶすっと不機嫌に唇を結ぶ。
旦那様の第一印象が悪かった一因だ。とても好きになれない。噂を広めた者が分かれば、斬り捨ててしまいたいほどだ。
「友人が素敵な恋をしていて、私も嬉しいです」
ですので、余計に申し訳ないと、突然リナリアが頭を下げる。
「副団長のブランシュがご迷惑をおかけしているようで」
「ブランシュについては許す気はありません」
キッパリと告げる。
同時に、温泉での一件を思い出し、今尚怒りの炎が胸の内で燃え上がる。
「私よりも先に混浴した挙げ句、だ、だ旦那様の頬にちゅ、ちゅって!?
わ、私もまだだというのに……!
あまつさえ私から旦那様を奪うだなんて、千に刻んだ上でスライムの餌にしてしまいたい!」
「……昔と比べて、感情的になりましたね」
なにやら、リナリアの表情が引きつっている気がするのは気の所為だろうか?
いえ、多分気の所為。当たり前のことしか口にしていないのだから。
「そうでしょうか?」
私自身は変わった気はしない。
けど、もし変わったというのであれば、
「……きっと、旦那様のおかげでしょう」
頬が熱くなる。きっと、今の私の顔は人様に見せられない顔をしているだろう。
そっと、両手で頬を隠す。
「ふふ。旦那様は素敵な御方ですから。私が変えられたというのも無理はありません。
リナリアも会えばわかります。
あぁ……ですが、旦那様の魅力に当てられ惚れてしまう可能性も。
流石に、私も友人を斬りたくはありません」
「……本当に変わりましたね。
そんな惚気を語ることも、殺意を仄めかすこともありませんでしたから」
「良い変化でしょうか?」
「……捉え方によって、えぇ」
なにやら濁された気がするが、気の所為だろう。
「ともかく。
私としてはブランシュを許しませんが、あくまでブランシュ個人のことです。
魔法士団にまで矛先は向けませんのでご安心ください」
「それを聞けて心の底から安堵いたしました」
形の良い胸に手を当て、リナリアはほっと胸を撫で下ろす。
なにやら本気で安心している様子。大袈裟な、とも思うが、相手があのブランシュでは不安になるのも無理ない。
「私に対抗して、金と権力で魔法士団の副団長に就きましたからね。
気苦労が耐えないのは理解します」
「少々問題があるのは事実ですが、そういうことでは……。
いえ、そうですね。そういうことにしておきましょう」
なにやら含みのある言い方。
気になりはしたが、楚々と微笑まれては追求の言葉を飲み込まざるおえない。
「ですが、なにもしていないようで安堵しました」
「なにか気になることでも?」
「そう……ですね」
気がかりがあるのか、私の顔色を伺いながら、言いづらそうに言葉を選んでいる。
「先日『これでヴァイオレット様の鼻をあかせますわ』と上機嫌だったものですから。
少しばかり心配しておりましたが……私の思い過ごしだったようです。気になさらないでくださいませ」
「そう……ですか」
確かに、私に突っかかってくることはなかった。
しかし、どうにも気にかかる。
『――奪ってしまうのも、一興ですわね?』
不意に、心が泡立つ。
「立ち話もなんですし、少しお茶でもいかがでしょう?」
「いえ。気がかりができましたので、それは後日改めて。
失礼致します」
驚いた目で私を見るリナリアを置き去りにし、私は足早に王城の廊下を歩く。
(ブランシュには絶対会わないように言い含めてあります。
だから、なにも心配はないはず)
自分に言い聞かせるも、雪のように不安は積もるばかり。
「いやいや戻ってきて突然帰るってなに言って――おいこらヴィオ団長!?」
ルージュに後を任せ、不安に駆られるまま、私は馬を飛ばしシャムロック男爵領を目指す。
数日後。男爵領の屋敷に付いた私は、ご両親への挨拶もそこそこに、旦那様の執務室に飛び込んだ。
「旦那様……っ?」
執務机の上は片付けられ、主がいるべき椅子はもぬけの殻。
ふらふらと覚束ない足取りで歩き、執務机に近づき――ギリッと歯噛みする。
「お父様……!」
机の上に残された、ライラック公爵家の家紋が刻まれた手紙を手に取ると、我知らずぐしゃり、と握りつぶした。
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