第14話ー① 妻に「絶対に会ってはいけない」と言われていた侯爵令嬢と、 お泊りすることになったらどうしますか?
剣と雪の封蝋。
「……」
どこかで見覚えのある家紋が描かれた手紙が届いた。それを摘み、僕は執務室で顔をしかめる。
良くも悪くも、カトル・シャムロックの人生を大きく変えたモノ。出来る限り関わりたくはない。
「ヴィオラ様に確認が取れれば良かったのですが」
タイミング悪く、ヴィオラ様は騎士団長の会議があるとかで王都に戻っていた。
ここしばらくはシャムロック家の屋敷に滞在していただけに、本当に運が悪い。
しばらく見なかったことにしたり、透かしてみようとしたりと無意味な抵抗を試みたが、結局放置するわけにもいかず、恐る恐る手紙の封を開ける。
『両親には、この婚姻を反対されましたので』
ヴィオラ様との結婚式の日。
そう、どこか嫌そうにヴィオラ様が語っていた。
僕の気持ちはどうあれ、ヴィオラ様の両親からすれば大事な娘を奪っていた男だ。しかも、未だに挨拶の一つもしていない。
そんな相手から届いた手紙。正直、見たくなかった。
「あぁ……ヴィオラ様に任せきりにしていた不始末が今更明らかになった気分」
後悔したところで遅く、そもそも過去の自分がこの状況を知っていたからといってなにかが変わることもなかっただろう。胃の痛みが増すぐらい。
嫌々ながら中身を改めると、意外にも中身はお怒りといった内容ではなかった。そして、相手はお父様でした。
時候を交えつつ、丁寧に語られるのは『ぜひ、会いたい』ということ。
文面通り受け取るのなら、悪い内容ではないのだが……
「相手は大貴族ですしねぇ」
怒っていようが、それをわざわざ晒すこともないだろう。
「だからといって断るのもなー」
執務机に積まれた書類を枕に項垂れる。
ヴィオラ様からは会う必要ないと言われているが、書類上は義父になったわけで。なにより、ヴィオラ様の父親なのだ。断るのは申し訳ないし、あまりにも不誠実な気がする。
うー。あー。がー。
頭を抱えて、椅子から転げ落ちる。そのまま床をゴロゴロ転がり、のたうち回り
振り回した腕が執務机にぶつかり、バサバサッと紙の雨が降り注ぎ、白い山を作る。そして、その下に埋もれる僕。
書類の墓に埋葬され、しばらく屍となっていたが、深い溜息で顔の前の書類を吹き飛ばす。
「しょうがない。行きますかぁ……」
――と。
後日、気の進まないまま、ライラック公爵領に向かい、待ち構えていた人物を見て顔が引きつった。
「おほほ。お久しぶりですわねぇ。無礼な男……いえ、カトル」
含み悪いを浮かべる金髪縦ロールの美女。
あちこちに宝石を散りばめ、ギラギラと目に悪い豪華絢爛なドレスで己を着飾る、今最も会いたくなかった女性、ブランシュ・シンビジウム侯爵令嬢が、案内された部屋で待ち構えていた。
さい、あく、だー。
理解を拒む状況に、痛む額を抑える。
考えることは沢山。状況の整理。これからどうするべきか。悩みは尽きない。
が、もはや衝動的に身体が反転していた。
「間違えましたー」
「帰すわけありませんわ!」
ですよねー。
■■
「飲みませんの? せっかく淹れた紅茶が冷めてしまいますわよ?」
「……いただきます」
ライラック公爵領の辺境にある屋敷。
その一室で、どういうわけかブランシュ様と相対することになってしまった。
機嫌良さそうな様子でカップに口を付けるブランシュ。計画が上手くいって嬉しいのかもしれない。
ブランシュ様に視線を向け、警戒しながら口を付ける。
飲みやすい適温。良質な茶葉を使っているのか、苦味がありながらも清涼感もあり飲みやすい。
うちの安物とは大違いだ。
まぁ、最近はヴィオラ様が『旦那様に相応しい物を』と、茶葉に限らず屋敷の物をあれこれ質の良い物に変えているのだが。気付けば高級品を口にしているなんて日常茶飯事。止めるよう注意するとしゅんっと落ち込んでしまうので、やり過ぎないよう目を光らせなければならなかった。
……普通逆だと思うけどね。安物から高価な品に変えられるのを警戒するってどういうことなの。
屋敷でのいざこざを思い出しながら、ブランシュ様に問いかける。
「ヴィオラ様のお父様はいらっしゃるのですか?」
「おりませんわ」
素気なく告げられる。
でしょうね。そんな気はしてた。
そうなるといよいよもって頭が痛く、胃に穴が空きそうだ。
僕の顔色が悪くなったのを見て取ってか、口元に手の甲を添え、ブランシュ様がおほほと笑う。
「わたくし様の誘いを尽く断るんですもの。
故に、強硬手段を取らせていただきましたわぁ!」
「そりゃ断るでしょうよ……」
もーやだほんとー。
温泉旅行でブランシュ様が僕を奪うと宣言して以来、我が屋敷では彼女の名前は禁句だった。
特に頬にキスをしたのにヴィオラ様はお冠。名前を訊くだけで冷気のような怒りを放っていた。
そのため、度々ブランシュ様から届く茶会の誘いは全てシャットアウト。
誘いの手紙を見るなり、ヴィオラ様は無表情で切り刻み、影の差した顔で火に焚べていた。一言も喋らず、火を前にするヴィオラ様はあまりにも恐ろしく、当事者の僕ですら口を挟めない。
そんな彼女に『行く必要はありません。――絶対に』と、感情のない声音で言われては、誘いに乗れるわけがなかった。
「狭量な女ですわ!」
ハンッ、とブランシュ様が鼻で笑う。
ヴィオラ様の性格を知っているのか、事情を話していないにも関わらず、なにやら事情を察している様子。そういえば、どこかで学生時代とか言ってた気もするし、二人は昔馴染みなのかもしれない。
「ライラックのご当主様も協力的でしたわよ。
お~っほっほっほ! まぁ、公爵家の娘が、有象無象の男にうつつを抜かしているのですから、気にいるわけもありませんことね!」
「そーですよねぇ」
つまるところそういうことで。
ブランシュ様にハメられたのも大いに問題だが、僕個人としては、ヴィオラ様のお父様に嫌われているのが確定したのが一番辛い。
ヴィオラ様は会わなくていいと言ってるけど、そういうわけにもいかない。一度、席を設ける必要がある。
それなのに、会う前からこれでは、お先真っ暗。あー胃が痛い。
痛む胃を抑えながら、僕は座っていた椅子から立ち上がる。
「あら? どこへ行きますの?」
「どこって……申し訳ありませんが、帰らせていただきます」
当たり前である。
謀られたとはいえ、ブランシュ様と会っていたなんてヴィオラ様に知れたら、怒りはしないだろうが、心配させる上に最悪泣き出す。
『旦那様は……私のことがお嫌いですか?』
涙ながらに切々と訴えてくるヴィオラ様。想像の中だというのに、罪悪感で心臓が痛い。
なので、ここから一刻も早く離れないといけない。
「ムリですわよ」
……のだか、ブランシュ様が優雅に紅茶を飲みながらさらっと告げる。なんて?
「いや、ムリって……現に来れているわけですけど」
「ここ、どこだか理解していらっしゃる?」
「……湖の浮島の上にある屋敷」
「大正解」
よくできましたと、大袈裟に拍手で褒められる。
ヤバい。なんとなく僕も察してきた。
「そもそも、いくら最初から騙すためとはいえ、会場を公爵領にある本家ではなく、
ライラック公爵領でも辺境にある屋敷を選んだと思いますの?」
カップを置き、ブランシュ様はクスッとからかうような笑みを零す。
うわぁもう訊きたくない訊きたくない。
そう。最初から不思議ではあったのだ。
僕が呼び出されたのは、ライラック公爵領の中でも端っこにある森林地帯。
森の中央には広大な湖があり、湖の中央には浮島がある。その浮島の上に建てられた別荘が、今僕たちがいる場所だ。
案内されるがまま、森を走る馬車に乗り、湖を渡る船に乗りようやく到着した屋敷。
自然豊かで過ごしやすいなんて名目だったが、なーんでそんな場所を指定したのか?
血の気が引く。
諦めを確信しながらも、縋る気持ちでブランシュ様に訊く。
「あの……帰りの船は?」
「ありませんわ」
「泳いで帰れたりなんか……」
「確かに、陸地まで泳げない距離ではありませんが……」
含みのある言い方。彼女の口が三日月を描く。
「湖には凶暴なモンスターが住処にしているとか。
上手く湖を渡りきったとしても、森の中にも危険な生き物が沢山」
あらぁ? と、心底困ったようにブランシュ様が頬に手を添える。
「困りましたわ。これでは屋敷から出れそうにありませんわ~。
お~っほっほっほ! お~っほっほっほっほっ……えっほ!? けほっ!?」
高笑いを上げすぎたのか、咽て涙目になるブランシュ様。
泣きたいのはこっちだ。
だって、
「……閉じ込められたってことですか?」
「おほほ。楽しみましょう、カトル。
――ヴァイオレット様のことを忘れるぐらい、ね?」
目尻に涙を浮かべながら、妖しく笑うブランシュ様。
ちょっと間の抜けた侯爵令嬢と、閉じ込められた浮島の屋敷で過ごす日々。
……不安しかないんだけど!
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