第10話ー① 旦那に贈り物をしたい妻と初デート。見慣れぬ女性らしい姿にドキマギです。

 ようやくヴィオラ様の休暇が取れた日。

 連日ヴィオラ様と一緒に騎士団へと赴き、男前な女性騎士たちにからかわれ、笑顔の裏で血涙を流す男性騎士たちに睨まれる日々も終わりを告げた。


 僕にとっても遂に訪れた休息日……となるはずだったのだけど、ヴィオラ様が僕に贈り物をしたいと言い出しご破産となってしまう。

「こちらなんていかがでしょうか? 旦那様によくお似合いかと」

 ヴィオラ様の屋敷で僕があてがわれた一室。ヴィオラ様が両手で広げて見せてくるのは、笑顔の女商人に手渡された、金糸の刺繍や宝石の装飾が眩しい赤い上着だ。


 趣味の悪い、成金商人が好みそうな衣服。

 これが似合うと言われるのは少し……というか、かなり傷付くんだけど。


「どうでしょうか?」

 ズズイッと、無表情のまま迫ってくるヴィオラ様。相変わらず彼女の内心はその表情から伺えないが、その紫の瞳は期待で瞬いているようにも見える。

 冗談……じゃないのか。

 ヴィオラ様の感性に小さな不安を覚えながらも、僕は色々な意味で丁重にお断りする。


「さ……さすがにそのような高価な品をいただくわけにはいきません」

「いえ。そう高価なモノではありませんので、旦那様はお気になさらないでください」

 さらっと言うヴィオラ様。

 その態度は嘘をついているように見えないが、彼女が手に持つ服は成金仕様で見るからに高い。服の良し悪しは貧乏貴族の僕には判別不能。けれど、服の装飾に使われている宝石だけでも、男爵家の総資産を超えるだろう。触れるのも恐ろしい。


 背中に冷や汗。顔に引きつった笑顔を貼り付けながら、傍に控えて沈黙するメイド長コリウス様にコソコソと話しかける。


「(ちょっと。お宅のお嬢様の金銭感覚どうなってるんですか?)」

「(公爵家とはして至って一般的かと)」

 公爵家基準は一般的とは言わない。


「(ヴァイオレット様は散財するお方ではありません。宝飾品にも興味がなく、上級貴族としては質素でしたが……)」

 せっせと服やら宝飾品をテーブルに広げるヴィオラ様を見て、コリウス様はよよよと流れてもない涙をハンカチで拭う。

「(……恋というのは、人を変える魔力があるのですね)」

「(良い話にまとめた雰囲気出すのやめていただけませんか?)」

 全然、良い話でもなんでもない。むしろ、悪い男に騙されて貢いじゃう女性みたいで心が痛む。

 さてはこのメイド、面白がっているな?


 ピョコンっと見え隠れする小悪魔の尻尾。あるじの成長に感動して涙を流すその裏側で、ニヨニヨとほくそ笑んでいるのが透けて見えるようだ。

 胡乱な目でコリウス様を見ていると、ヴィオラ様の後ろで背景に溶けるように控えていた女商人が新たな品を取り出した。それを受け取ったヴィオラ様が品定め。納得したのか、僕の前に差し出してくる。


「こちらの剣はいかがでしょうか? 柄の細工がとても細やかで、刀身も美しい。旦那様に相応しい品です」

「い、いやぁ。私は剣を使わないので」

 遠回しに断ろうとしたけれど、ヴィオラ様はふるふると首を横に振る。

「宝剣ですので、使わなくても構いません。腰に携えるだけでも旦那様の魅力が引き立つでしょう」

 実用性すらないなら尚更いらないんだけど。魅力が引き立つどころか、剣の付属品にしかならなそうだし。


 このような感じで、ヴィオラ様に高価な品々を見せられては「いやぁ」とか「私には似合わないですね」とか、やんわり断り続けた。

 その結果、

「……旦那様は、私からの贈り物はお嫌でしょうか?」

 と、膝の上で手が白くなるほどギュッと握り、俯いて今にも泣きそうなヴィオラ様ができあがった。


 こうなることは目に見えていた。けれど、僕にはどうしようもなかったのだ。貰ったら貰ったで、女性に貢がせるクズ男になるし、あまりにも高価な品すぎて貰う側の僕も気が気じゃないのだ。


 助けてメイド長……!

 最後の頼みと、コリウス様に視線で訴える。すると彼女は、僕同様最初からこうなることを見越してか、考える間もなく提案をする。


「高価な品は受け取れないというのであれば、ご主人様が街で欲しい物を見繕うというのはいかがでしょうか?」

 コリウス様の提案に、俯いていたヴィオラ様の顔がわずかに上がる。そんなヴィオラ様に、コリウス様はニッコリと笑って応える。

「せっかく取れた休暇なのです。ご夫婦で王都デートと洒落込むのも、よろしいかと」


 ■■


 ――女性の準備には時間がかかるものです。

 そうコリウス様に言われ、屋敷の前で待つことおよそ1時間。


「遅いですね……」


 雲ひとつない青々とした空を見上げて、僕はぼーっと立ち尽くしていた。

 妹と出掛ける際も散々待たされた経験がある。別段、待つことは苦痛ではなかった。

 とはいえ、落ち着いているかといえば、そんなわけもなく。

 女性とデート。それも相手はヴィオラ様だ。それだけでも動悸がするというのに、僕に贈り物をするためと言われては、もはやどうすればいいのかわからない。

 くっ……恨むぞ、コリウス様。

 してやったりとほくそ笑む小悪魔メイドを想像して、苦虫を噛み潰していると、遠慮気味な声がかけられる。


「旦那様。……お待たせいたしました」

「いえ。全く待ってはいません……よ?」

 ヴィオラ様が気を使わないよう、愛想笑いを作って振り返り――目を奪われた。


「あぅっ……いかがでしょうか?」

 立っていたのは、白百合のように可憐で清楚な令嬢だった。

 不安そうに、けれどもどこか期待するような眼差しで、もじもじと手遊びをしながらチラチラと視線を向けてくる。

 ヴィオラ様の姿は白のブラウスに、ハイウェストスカート。

 飾り気の少ないラフな格好だが、ブラウスのフリルは女性的で愛らしい。

 少しばかり化粧をしているのか、普段よりも深い赤で彩られた唇は水々しく、肌の白さと相まって目を惹かれる。


 ヴィオラ様に清楚な雰囲気の格好は可愛すぎるぅ。

 夫婦となり、ヴィオラ様と一緒に過ごすことが増えた。その中で見る彼女は、化粧っけがなく、どちらかといえば男性的な動きやすい格好を好む傾向にあった。騎士服はその典型だ。

 そのため、可愛いというよりは、格好良いという印象が強い。

 今日とて、若い令嬢が好むような華美な格好というわけではないが、元々素材が良いのだ。少し女性らしい格好をするだけでも印象はガラリと変わり、自信のなさそうなオドオドした態度が可憐さを引き立てている。


「あの……旦那様?」

「あ、はい。し、失礼しました」

 ヤバい。普通に見惚れてた。

 緩んだ顔を手で隠し、心の内を悟られやしないか不安で手に汗握る。

 泳ぐ視界に映るのは、不安に揺れる乙女の顔。そんな彼女の不安を払拭しようと、はやる動悸に声を上ずらせながら、僕はどうにか声を絞り出す。

「その、……よくお似合いだと、思います」

「……! あ、ありがとう、ございます」

 わっ、と喜びの花が咲き誇る。

 恥ずかしそうに指を絡めながらも、内から湧き上がる喜びは抑えようがないのか、頬に赤みが差し、蕩けるような笑顔を浮かべる。

 そして、ブラウスを内から押し上げる豊かな胸元に手を当て、ほっと胸を撫で下ろす。


「安心……しました。その、私は女性らしくなく、お洒落には疎いものですから」

 この服もコリウスに選んでいただきました、とちょんとスカートをつまんで少し持ち上げる。

 流石はメイド長。良い仕事をする。

「私としては、もう少し宝飾類で着飾っても良いと思ったのですが……」

 自信なさげなヴィオラ様の言葉で、今朝方見せられた成金服を思い出す。

 どうやら、彼女の中で着飾るというのは、高価な宝飾類で身を固めるという意味らしい。

 ギラギラ輝く宝飾類を身に着け、派手なドレスで身を包むヴィオラ様。うん、ないな。性格的にもない。ヴィオラ様の服を選んだコリウス様には感謝の念に堪えない。


「そ、それではいきましょうか」

 いつまでもヴィオラ様に見惚れているわけにはいかない。

 目的であるデート……もとい買い物に向かうため、踵を返して歩き出そうとすると、ちょこんと小指を掴まれる。弱々しく僕の小指を捕まえたまま、その場を動こうとしないヴィオラ様。もしや……と僕は息を呑む。

 これは、あれか。手を繋ぎたいという合図なのか。

 空いている手を開いたり閉じたり。ドキマギしていると、ヴィオラ様が申し訳なさそうに言う。

「あの……道が逆です」

 はい、ごめんなさい。

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