第9話ー② 心配性な女騎士団長が職場に夫を連れ込んだ結果、部下の前で惚気られてしまい羞恥の海に沈んでしまう。

 うんうんと自分を納得させていると、今度は入れ替わるように女性騎士たちが集まってきた。

 最近、似たような光景を見たなぁ……。

 これから起こる確定的な未来に遠い目をしていると、先頭の女性騎士が爽やかに声をかけてきた。


「やぁ。君が噂のヴァイオレット団長の旦那様だね。初めまして、よろしくお願いするよ」

 キラッとやたら眩しい笑顔。

 うわぁ、すっご。女性に使っていい言葉かわからないけれど、めちゃくちゃ格好良いんですけど。なんというか、凄いイケメン。男性的でありながら、女性としての可憐さも残している。中性的な格好良さ。女性にモテるタイプの女性だ。

 男性騎士たちの闇組織感とは反対に、正統派な騎士っぽさがある。


 キラキラしたイケメン集団に見惚れていると、いきなり貴公子然とした整った顔立ちがぐいっと近付いてきた。そして、指先でくいっと顎を上げられ、目と目が合う。

「あの団長が惚れ込むぐらいだ。どんな子かと思えば、随分と可愛らしいウサギちゃんじゃないか」

「あぎゅえっ!?」

 いやぁぁああああっ!? なになに急に心臓がドキバクの未知の感覚!

 顔の良い男性に迫られてドキドキしてしまう女性の気持ちがわかってしまった。好き嫌いじゃなく、これは心臓に悪いよ。もはや凶器。

 そして、僕の横から狂気の剣がギラリと伸びてきた。ヒィッ!?


「旦那様から手を離しなさい」

「おっと。団長様の怒りに触れてしまったらしい」

 おどけるように肩をすくめて、ひょいっと引き下がる。

 すげぇ。視線だけで人を殺せそうなヴィオラ様の殺気すら子猫扱いじゃん。これがイケメンというものなのか……女性だけど。


「けど、あまり独占欲が強いと、愛しの旦那様に嫌われてしまうよ?」

「……っ!?」

 彼女の言葉があまりにショックだったらしい。

 剣を落とし、よろよろと後退あとずさる。顔を青く染め上げ、膝から崩れ落ちると、潤んだ紫の瞳が弱々しく僕を見上げる。

「こ、……こんな独占欲の強い女は、嫌いでしょうか?」

 頬を伝う一筋の雫。

 って、泣いた――ッ!?

 殺気立ったと思ったら、突然泣き出す。情緒不安定すぎではなかろうか。

 僕のせいか? 僕のせいなのか? いや、ほぼ間違いなくそうなんだろうけどさー!

 とりあえず慰めなくては。あたふたしながら言葉を絞り出す。


「ぜ、全然嫌いではありませんよ? 独占欲が強いとも思いませんし」

「……本当ですか?」

「本当です!」

 コクコクと首が取れそうなほど頷く。

 けど、とヴィオラ様は悲しげに俯いてしまう。

「重い女だと、ルージュが……」

 おいこらルージュ様ぁぁあああああああっ!?

 今日も休暇でいないくせに、問題だけ置いていくんじゃありませんよ!?

『だって本当のことですもーん。きゃは☆』

 うるさい! 想像の中ですらうるさいなあの人は!


 しかし、重い女か。自覚あったんだなぁ……(しみじみ)

 ハッ!? そうじゃない。ヴィオラ様は軽い軽い軽いかるいカルイ……よし。


「重くもありませんよ。僕はヴィオラ様が優しい人だって知っていますから」

「旦那様……」

 うっとりとした瞳。どうにか決壊は避けられたようだ。

 ふぅ。と、一息ついたのも束の間、

「カトル君は、ヴァイオレット団長のどこを好きになったんだい?」

 ふざけんじゃないよもぉおぉぉぉおおおおおおおっ!?

 そうやって次々火種放り投げるのやめて!

 泣くよ!? いい加減大の大人が年甲斐もなくジタバタ駄々こねるよ!? 見苦しさすっごいからね!


 とはいえ、いくら心の内で叫んだところで放たれた言葉は取り消せない。

「……!」

 ヴィオラ様がじぃっとガン見してきている。期待のこもった目が重い。

 恐ろしい重圧だ。お茶を濁すという選択肢はなくなっている。


 さて、どう答えればヴィオラ様を泣かせないか。究極の難問に挑もうとした矢先、ふと首を傾げる。

 

 ――あれ? そもそも僕はヴィオラ様のことが好きなのか?

 

 きっかけは強引な婚姻。

 政略結婚ではなかったとはいえ、僕からすれば恋だ愛だという気持ちはなかった。

 だからといって、ヴィオラ様が嫌いか? と問われれば、そんなことはないと断言できる。

 ……できるのだが、逆に好きか? と問われればうーん。


 ヴィオラ様の好意は素直に嬉しいし、時折見せる愛らしい表情にときめくこともある。

 気になっているといえばその通り。人として好ましいと思う。

 でもなぁ。恋愛かと言われると、返答に困る。こういう煮え切らない態度がよくないのはわかっているんだけど、中途半端な答えもよくないし。

 うんうんと自問自答していると、女性騎士に肩をちょんと突かれる。


「なんでしょうか?」

 今、大事なことを考えている途中なんですが?

「想い悩むのは結構だが、なにか言ってあげてくれないかな?」

「?」

 彼女の指差す方を見て、ぎょっとする。


「やはり旦那様は、私のことは好きではないのですね……」

 瞳を濡らし、今にも泣き出しそうなヴィオラ様が視界に飛び込んできた。

 やばい。泣き出しそう。

 僕は慌てる。


 好きって言う? けど、本当に好きなのか僕自身わからないし……。

 どうしたもんか、どないなもんか。

 悩む間も涙がじわりじわりと目尻に溜めり、今にも零れてしまいそう。

 けれども、どれだけ考えても答えなんてだせない。

 うぅっ……もういい! とにかくなにか言おうと勢いのままに口を開く。


「ヴィオラ様は可愛い!」

「っ!?」

 なにやらヴィオラ様が驚いているが、もはや自分でもなにを言っているのかわからないので止められない。

「顔がとっても綺麗!

 スタイルも凄い!

 照れて顔を赤らめる時なんて最高です!

 普段、無表情なのに、不意にそんな表情見せるから何度心臓が止まりそうになったことか!

 家事なんてしたことないだろうに、一生懸命覚えてようとしてくれるのも嬉しいし!

 好きって言葉を聞くたび、こっちの心臓はドキドキしっぱなしですよ!? ときめきで殺す気ですか!?

 毎日毎日好き好きって、嫌じゃないですけどこっちの気持ちも考えて――」

 一度話し出すと堰を切ったように止まらなくなってしまい、思いのままを吐き出してしまう。

 止まったのは、不意に眼前を手のひらで塞がれたから。

 なに急にどうしたの? まだまだ僕は言い足りないのだが?

 誰の手だ。手を避けるように顔を動かすと、片手を僕に突き出しながら、しゃがみ込んで小さくなっているヴィオラ様の姿があった。


「もう……それ以上はおやめください。恥ずかしくて……耐えられそうにありません」


 か細い声で僕を制止。ぷるぷると丸めた身体を震わせている。ヴィオラ様の顔は耳まで赤い。まるで、見られるのが恥ずかしいというように、両手で顔を覆い隠している。


 小動物のような姿。さっきまで泣きそうだったのに、一体全体どうしてしまったのか。

 これでは僕が相当小っ恥ずかしいことを口走ったかのようではないか。

 違うよね? 惚気てないよね、僕?

 まっさかぁ。そう思って訓練場を見渡すと、血涙を流して歯ぎしりするツルツル騎士集団が僕を睨み付けていた。


「ギリギリッ……妬ましい。けど、次やったら首が……」

「完全犯罪なら……」

「それだ!」

 それだじゃねーよ。月夜の夜道歩けなくなるでしょう?

 どうやら僕への敵意を失ったわけではなく、命欲しさに耐え忍んでいただけだったようだ。

 彼らが自身の命すら顧みなくなった時が、僕の命日か……。


 そんな殺意を押し殺す男性騎士たちの隣には、別の意味で僕を殺そうとする女性騎士たちがニヤニヤと僕たちを眺めていた。

「いやぁ、お熱いじゃないか」

「まさか、団長のあんな乙女な姿を見ることが叶うとはね」

「当てられてしまうよ。羨ましい限りだ」

 やめて! そんな生暖かい目で見ないで! 恥ずか死しちゃう!


 彼ら彼女らの反応を見た僕は、改めて羞恥心でうずくまるヴィオラ様を見て確信した。

 相当恥ずかしいこと口走ったんだな、僕! 記憶ないけども!

 もういやぁ……おうち帰るぅ。


 結局、この日は嫉妬と生暖かい目に囲まれ、羞恥の海から騎士団長(と僕)が帰ってこれなかったため、訓練はお流れとなった。

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