第9話ー① 朝食を取っていただけなのに、なぜか妻の職場に同伴出勤が決まっていた件ついて。

 ――赤薔薇騎士団

 王国所属の騎士団の中でも、女性騎士が多く所属する珍しい騎士団だ。

 なにより、騎士団長を務めるのはヴァイオレット・シャムロック。王国史上初、女性で騎士団長にまで上り詰めた才女である。


 王国内でも特に著名な騎士団であり、その華やかさから民衆からの支持も熱い。

 年1回ぐらいしか王都に来ない田舎者の僕ですら、耳にするぐらいだ。その人気っぷりが伺い知れる。


「訓練を開始します。なお、本日は見学者として、私の夫であるカトル様がいらっしゃってくれています。情けない姿を見せた者は懲罰です。敵を前にしたかのように、命懸けで訓練に励んでください。――よろしいですね?」

『了解しました、ヴァイオレット騎士団長!』

 一糸乱れぬ敬礼をする騎士たち。

 なんとも見事なモノだ。常ならば関心するところであるのだが……現在、僕は冷や汗と胃痛がとまらなかった。

 なぜなら、指示を出す騎士団長ヴィオラ様の横で、王様が座るような豪奢な椅子に座って訓練に赴く騎士たちを見送っているからだ。ほんと何様なんでしょうね、僕?


 ヴィオラ様の指示の元、だだっ広い訓練場で鍛錬を始める騎士たち。

 彼らを見送ったヴィオラ様は、冷たい無表情を氷解させ、口元を緩ませる。

「旦那様。私の我が儘にお付き合いいただきありがとうございます。退屈かと思いますが、傍に居ていただけると、その……私は、嬉しいです」

「は、はは……そんな、退屈なんて」

 騎士たちの視線が怖い。

 どうしてこうなった……!? 原因の一端が僕にあるのは理解しているけどもさぁ……!


 針のむしろに座ることになったきっかけ。

 それは屋敷を出る前、早朝にまで遡る。


 ――


「旦那様が心配なので、本日は休暇を取ります」

 屋敷の食堂。

 朝食を終え、一息ついていたヴィオラ様は、いきなりそんなことを言い出した。

 え……なにその休暇宣言。そんな理由で休む人おる?


 これには、白百合メイド隊メイド長のコリウス様も笑顔が固まる。

「ヴァイオレット様……名誉ある騎士団のおさが、そのような理由でお休みにならないでくださいませ」

 ほんとその通り。頑張れ、コリウス様。

 僕は心の中で応援した。直接ヴィオラ様に物申す勇気はまだない。

 けれど、コリウス様の苦言にも、ヴィオラ様は断固として譲らなかった。


「いいえ。そのような、ではありません。王国で最も意義のある休暇理由です。異論は認めません」

「異論しかありませんが」

 ですよねぇ。その理由と比較すれば、意義のある休暇理由は他にごまんとあることだろう。


「コリウス……理解してください。私は旦那様が心配なのです。これでは、仕事にも身が入りません」

 そう語るヴィオラ様はいつも通り無表情だ。人形のような冷たい表情からは、彼女が冗談で言っているのか本気で言っているのか窺い知ることはできない。

 

 とはいえ、そこはメイド長にまで上り詰めたコリウス様。ヴィオラ様とは長い付き合いなのだろう。その目は半眼になり、呆れが見て取れる。

「念のためにお伺いしますが、ご主人様のなにが心配なのでしょうか? ヴァイオレット様が身を案じておられる旦那様は、貴女様の目の前で呑気に紅茶をすすっておられますが?」

 呑気ちゃう。口の中が緊張でパッサパサなんだ。潤すぐらいさせてください。


「確かに、今は無事です。いつも通り世界で一番格好良い旦那様です」

「黙秘権を行使します」

 ニッコリ笑顔のコリウス様。

 それはもう否定してるのと同じなのよね。いや、肯定する気はないけれど、悲しくはなるんです。


 ただ、明らかな妄言を口にしているヴィオラ様は至って真剣だ。

「ルージュが旦那様の屋敷に無断訪問した件や、ブランシュが旦那様に危害をくわえようとした件……あまりに立て続けに旦那様の周囲で問題が起こりすぎています。だというのに、つ……妻である私が、旦那様の身を案じないわけにはまいりません」

「それは……そうかもしれませんね」

 えぇ。コリウス様納得しちゃうの……?


「迷子の件もありますし、ご主人様を一人にするのが心配なのは理解できます」

「コリウスならそう言ってくれると思っていました」

 僕は一人でお留守番もできない子供かな?

 やたらめったら問題が起きているのは確かだけど、迷子以外は不可抗力だと思うんだよね。いや、大きな視点で見たら、迷子だって僕のせいじゃない。王都の道が複雑なのが悪い。つまり、社会が悪い。


 そんな僕の訴えはあくまで心の中でのこと。

 ヴィオラ様とコリウス様は、それはもう真剣に議論を続ける。僕の処遇について。僕を蚊帳の外にして。……あ、ちょうちょ(幻覚)


「ヴァイオレット様はご主人様が心配。けれど、お休みされるのは問題がありますし……」

 口元に手を当て悩む素振りを見せたコリウス様が、なにか思い付いたのか一つ頷く。

「では、こうしましょう」

 そして、満面の笑顔を浮かべる。

「ご主人様と共に同伴出勤されてはいかがでしょう?」

 ……なに世迷い言を口にしていらっしゃいますのこのメイド長は?


 ――


「世迷い言であってほしかった……」

 ほんとにしちゃってるじゃん同伴出勤。いや、本来の同伴出勤の意味は違うわけだけど、同伴して出勤はしてるわけで……頭混乱してきた。


 もう帰りたい。

 なにしろ、騎士たちが必死に訓練してる最中、王様気分で一人ふんぞり返っているのである。彼らがどう思っているかわからないが、居心地の悪さはここ最近の中でもトップレベル。胃の痛みは最初からクライマックスだ。


 なにより問題は……。

「失礼。少しよろしいでしょうか?」

 お腹を抱えて伏せていたら、男性の声が聞こえてくる。

 血の気が一気に引く。恐る恐る頭を上げると、そこにはどこかで見たことのある筋骨隆々の男性騎士たちが立っていた。威圧感たっぷり。知らなければその筋の者にしか見えない。

 みぎゃぁぁああああっ!? でたぁぁぁああああああああっ!?

 もはや、道端でドラゴンに遭遇したかのような気持ちだ。


 騎士団に来たくなかった理由。

 ヴァイオレット騎士団長を尊敬してやまない男性団員たちに、会いたくなかったからだ。結婚式で遭遇した時は、危うく亡き者にされかけたからね……。

 怖いよぉ、全員禿頭になってるせいで強面感がさらに増々……というか、なんでハゲてんの?

 ツルツルピカピカ。

 恐怖を忘れてキョトンとしていると、突然男性騎士たちが勢いよく身体を折り曲げ頭を下げてきた。


『先日はご無礼、申し訳ございませんでした!』

「え!? ……あ、はぁ」

 なになに。逆に怖いんだけどどうしたの。

 頭を丸めて悟りでも開いたの?


 あまりの変わりように恐怖を覚えていると、僕の傍に控えていたヴィオラ様が口を開く。

「彼らも心を入れ替えたのでしょう。今回だけは、お許しください」

「い、いや……許すもなにもないのですけど」

 そもそもあれだけ敵意剥き出しだったのに、こうも態度が変わったのはなぜ?

 そのことをオブラートに包んで質問してみると、ヴィオラ様の目がスッと鋭くなる。

「結婚式の日。彼らの旦那様の暴挙が目に余りましたので……少しばかり懲罰を」

 怖い怖い。

 絶対少しじゃないよ。モンスターにも果敢に挑む王国騎士たちが、全員真っ青になってるもの。どんな罰だったのか気にはなるけど、聞きたくもない。

「なぜ禿頭……?」

「首か髪か、どちらがよいか伺ったところ、全員髪と答えたので、その結果です」

 なるほど。髪と答えたからハゲたと……首にしたらどうなってたの?(真っ青)


 なんか怖くなってきた。これ以上深掘りするのはやめておこう。

 とりあえず、許すと言うと、強面の男たちが心底安堵したように息を吐き出した。

『感謝いたします!』

 と、声を揃えて訓練に戻っていった。

 これ、許さなかったらどうなっていたんでしょうね?

 血を見そうなたらればを頭を振って振り払う。

 心配事が一つ減った。それでよしとしよう。

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