第8話ー② 金髪縦ロールのレトロな悪役令嬢から、颯爽と現れて僕を守る騎士団長は格好良いけど、僕には可愛い。
僕の反応に、コリウス様は心配そうな、けれども訝しげな視線を向けてくる。
けれど、まずはブランシュ様に対応すべきと考えたのか、スカートを摘みお辞儀をする。
「お久しぶりでございます、ブランシュ様」
「えぇ。その姿を見るに、まだヴァイオレット様のメイドをしているのですわね、コリウス。そのように身をやつして……わたくし様なら我慢なりませんわ!」
「ヴァイオレット様に仕えるのは、私にとって誇りでございます」
「ふんっ。相変わらず皮肉も通じないのですわね」
つまらなそうにブランシュ様が鼻を鳴らす。
今のどこに迂遠な表現があったのだろうか。皮肉というか、割と直球な罵りだったのだけど。
あっさりコリウス様に興味が失せたのか、ブランシュ様はなにかを探すように周囲を見渡し始める。
「ヴァイオレット様はどこにいるのかしら? わたくし様がご挨拶をさせていただこうというのだけれど」
「ヴァイオレット様はおりません」
「あら? そうなの。つまらないですわねぇ」
レースを用いたやたら豪奢な扇で顔を隠し、言葉通りつまらなそうに言う。
ヴィオラ様とブランシュ様。上級貴族同士、実は仲が良かったりするのだろうか。ちょっと不安。
さっさとどこかに行ってくれ~。
とりあえずこの場を切り抜けたい僕は珍しく神に祈った。けれど、最初から気付かれていたようで、今更ながらに顔を向けられる。いやぁっ!? こっち見ないでぇ!
「それで、そちらの殿方はどなたかしら?」
あぁもう無理。マジで胃が死ぬ穴が空く。倒れて楽になりたいよぉ。
けれども、ここで逃げ出したらコリウス様を置いていくことになるし、後日、ヴィオラ様の夫として紹介される可能性もある。今回の一件が尾を引いて、ヴィオラ様に迷惑をかけるのだけは避けたかった。
なので、僕は必死に笑顔を取り繕う。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、ブランシュ様。私は――」
「ん? あなた、どこかで……?」
ひぃっ!? もしかして覚えてるのこの人!?
名乗ろうとした瞬間、ブランシュ様が眉をひそめる。
忘れてて忘れててお願いしますほんとこれから教会にも毎日足を運ぶし毎朝お祈りもしますからどうかどうかお願いしますぅ!!
目を眇めて、睨むようにじーっと見つめてくる。脂汗が止まらない。
そして、ブランシュ様は目を剥き、パタンと扇を閉じた。
「あー!? あなた、あの時我が家のパーティに居た無礼な男ですわねぇ!?」
神は死んだ。
「無礼な男……?」
ブランシュ様の言葉に、背後のコリウス様がなにやら反応している。
けれど、彼女に説明している余裕はない。昔のことを思い出し、カンカンに怒っているブランシュ様をどうにか宥めなければならないからだ。
「あの時はあなたのせいで大変だったのですわ! どうしてわたくし様がお父様に怒られなければならないのか、今でもわかりません!」
「その説は大変申し訳ないことをいたしました。改めて謝罪させていただきます。申し訳ございません」
「ぜ~ったい、許しませんわ!」
ですよね。わかってましたとも。
苛立たしいとばかりに畳んだ扇でパシパシ自身の手を叩く。ぷんすこ怒り心頭のブランシュ様。
ここからどう怒りを沈めればいいのか。貢物でもする?
遠い目をして現実逃避に入りかけたところで、コリウス様がそっと近付き耳元で囁くように問いかけてくる。
「なにやら因縁がある様子。どういったご関係で?」
まさか、とひやっとするぐらい声が低くなる。
「昔の婚約者……などと仰っしゃりませんよね?」
「その場合、私は生きてませんね」
胃痛で死んでる。
「では、どのようなご関係で?」
関係……。そう問われるとどうにも答えに
あえて表現するのならば、
「被害者と加害者?」
「……どちらがどちらですか?」
それは受け取る人によって変わるのでなんとも。
~~
ブランシュ様との出会いは3年前。
新しく出来た庭園の自慢かなんだかで開かれたシンビジウム侯爵家主催のパーティに招待された時のことだ。
周囲は僕より爵位の高い令嬢令息ばかり。
(あぁ、早く終わらないかなぁ)
身の置き所に困り、もはや置物となって端っこに鎮座していた。
とはいえ、食事は喉を通らなくても、口の中は緊張で乾く。
なので、近くを通りかかったメイドに、
「申し訳ない。なにか飲み物をくれるか?」
と、お願いしたら、バシャーンと彼女が盆に乗せていた酒をぶちまけられた。
……えぇっと、なにがどうしてこうなった?
驚く僕に、わなわなと肩を震わせたメイドは、頬を紅潮させて叫ぶ。
「この――無礼者! 私をシンビジウム侯爵家の娘、ブランシュと知っての狼藉ですの!?」
「こ――侯爵令嬢様ッ!?」
いやなんで侯爵令嬢がメイドやってるのさ!?
~~
「後で知ったのですが、お転婆で高飛車がすぎるブランシュ様の教育として使用人のマネごとをさせていたらしいです」
娘と違い、シンビジウム侯爵家当主は至って真面目で 道理のわかるお方であった。
――この件は全てシンビジウム侯爵家の責任だ。
そう仰って、男爵家の息子でしかない僕に頭を下げて謝罪したぐらいだ。
それはよかったのだけれど、
「危うく僕どころか、一家郎党不敬罪で首が飛ぶ所でしたからね。今では使用人であろうと、怖くて迂闊なことは言えません」
この件がトラウマになって、胃痛持ちになるし、未だに外交関係は父上にお願いしているという情けなさ。というか、ブランシュ様もだけれど、雲の上の存在であるシンビジウム侯爵家当主に頭を下げられたのも地味にトラウマになってる。シンビジウム侯爵家は僕にとって鬼門。正直、今後一切関わりたくなかった。
「……お労しいお話ですね」
気まずそうにコリウス様が顔を伏せる。
「ブランシュ様の金髪縦ロー……お顔を知っていれば回避できたであろうこと、ご主人様本人も悪くないと言い切るのが難しいのも含めて、お労しいですね」
「冷静な状況判断ありがとうございます」
目元をこすって悲しんでいるようで、追い打ちをかけるのは止めていただきたい。その件については、本気で反省してるので今後に活かしていく所存です。
「なにをごちゃごちゃ話しておりますの!?」
コリウス様と話していたら、ブランシュ様が「むきーッ!」とわかりやすく怒り出した。相変わらず気の短いお方だ。
「ふん! バカにして。ですが、丁度良い機会ですわ」
おほほ、と扇を広げてブランシュ様は笑う。
「お父様に怒られた憂さ晴らし、今こそさせていただきますわ!」
「3年前の件を今更!?」
そういう性格だからお父上に怒られたんじゃないのかな!?
けれど、ブランシュ様は聞く耳を持っていない。
「黙らっしゃい! お前たちやっておしまいなさい!」
ビシッと扇を僕に突きつけ、控えて執事二人に指示を飛ばす。
わかりやすい悪役そのもの。
とはいえ、僕を殴って終わるならそれはそれ。ヴィオラ様や家族に迷惑がかからないなら、その程度は過去に不手際をした僕への罰として甘んじて受け入れるつもりだ。
貴族社会。実はグーパンが一番軽い罰なのだ。首が飛ぶより安い安い。
殴られる覚悟、というかもはや諦観。ぼーっと立ち尽くしていると、白いなにかが視界を横切った。
「ブランシュ……これはどういうつもりですか?」
どこからともなく現れた真っ白な騎士服姿のヴィオラ様が剣を抜いて冷たい殺気を放つ。そして、僕を守るようにブランシュ様との間に立ち塞がった。
見るからに機嫌が悪い。というか、今にもブランシュ様に斬りかかりそうな雰囲気だ。
これにはさしもの気の強いブランシュ様もヤバい空気を察したらしい。冷や汗を流してたじろぐように一歩下がった。
「あ、あら……? ヴァイオレット様。突然、現れてなんの用かしら? わたくし様はそこの無礼な男に罰を与えるところでしたのよ?」
「罰……? 旦那様に?」
あ。ヤバい。ヴィオラ様の中でなにかが切れる音がした。
思い出すのは赤薔薇騎士団副団長のルージュ様が悪ふざけで僕を『カー君』と呼んで、ヴィオラ様が首を落とそうとした時のこと。
『ルージュなら避けられると思って、脅すつもりで剣を振った』
と、ヴィオラ様は弁解。けれど、ルージュ様は『あれはマジだった』と真顔で語っていた。
今のヴィオラ様はその時の気配にソックリなのだ。
血塗れ殺人現場待ったなし。
いくら公爵家といえど、公共の場で刃傷沙汰はまずい。そうでなくても、殺人は犯罪なので普通にダメ。
急いで僕は殺気全開のヴィオラ様を止めるべく、彼女の前に躍り出る。
「ヴィオラ様! 私は大丈夫ですので、お怒りを沈めていただけませんか?」
「旦那様……しかし」
「お願いします」
戸惑い揺れる紫の瞳を真っ直ぐに見つめる。
しばらく僕とブランシュ様を目で追いかけ、悩む素振りを見せる。けれども、最後には僕の意を汲んでくれ、ゆっくり頷いて剣を鞘へと納めてくれた。
僕はほっと胸を撫で下ろす。
すると、同じようにブランシュ様が安堵の息を零していた。冷や汗を流し、その顔は見るからに青い。
けれども貴族としての矜持か、その態度は変わらず高圧的だ。ある意味尊敬する。
「お、おほほほほほほっ! きょ、……今日のところはこれで勘弁して差し上げますわ~! お~ほっほっほっほっほっほ――えほっ、げっほ!?」
やられ役の悪党のように、捨て台詞を残しながらお供を連れて去っていくブランシュ様。
嵐のような人だ……。
見た目といい、話し方といい、レトロな貴族令嬢そのままの人物像。
あそこまで徹底できるのは凄いな。関心してしまう。別段、真似したくはないけど。
不愉快そうにブランシュ様を睨み付けていたヴィオラ様。彼女が去るのを見届けると、まるで人が変わったようにくしゃりと表情を崩した。
「旦那様……!」
心配だと全身が訴えてくる。瞳を水面のように揺らす。そして、縋り付くように僕の肩に触れてきた。
「どこか怪我はありませんか!?」
「だ、大丈夫です。なにもされていませんので」
「本当ですか? あぁ、こんなに顔が真っ青で、怖い思いをさせてしまい申し訳ございません。私がお傍にいなかったばかりに」
「い、いえ。お気になさらず」
というか、なんでヴィオラ様はここにいるのだろうか。騎士団の仕事はどうした。もしや、街の警備とかだったのだろうか?
一頻り僕の心配をしたヴィオラ様。その標的はこの場を逃げるように去ったブランシュ様に移る。顔から一切の表情を消し、感情のない氷のような声音でボソリと呟いた。
「……やはり、ブランシュは排除するべきでしょうか」
「やめてくださいね?」
冗談抜きで。
やりかねない雰囲気に恐れ慄いていると、これまで成り行きを見守っていたコリウス様がヴィオラ様に声をかけた。
「ヴァイオレット様」
満面の笑みのコリウス様。けれど、なぜかその顔には濃い影が差している。
「本日は訓練に王城警護の任があったように記憶しておりますが、どうして街中にいるのでしょうか?」
あ、やっぱり仕事で街に居たわけじゃないのか。
ではなぜだとヴィオラ様を見ると、彼女はバツが悪そうに顔を背けた。
「……街の警備も私たち騎士の仕事です」
「ヴィオラ様?」
「……だって、心配でしたから」
コリウス様に叱られ、拗ねたように唇を結ぶ。
なにやら珍しい光景。
ヴィオラ様が子供のように窘められ、ふてくされるなんて初めて目にした。
雇用主とメイド。本来、主従として徹底した上下関係が求められるヴィオラ様とコリウス様だけれど、こうした光景を見せられると立場を超えた関係を築いているのだと認識させられた。
なにかいいなぁ、そういうの。
小言を口にするコリウス様に、聞きたくないと耳を塞ぐヴィオラ様。
お互いにだけ見せる意外な一面が、僕は少し羨ましかった。
親の説教を嫌がる子供のように、コリウス様から逃げてきたヴィオラ様が、僕を見てきょとんっと首を傾げる。
「どうかしましたか、旦那様?」
「ん……いやぁ」
なんと説明しようか悩む。けど、隠すことでもないと素直に話すことにした。
「羨ましいなぁって、思っただけです」
「羨ましい、ですか?」
「はい」
僕は頷く。
「ヴィオラ様とコリウス様。お互いにしか見せない一面があって、そういう関係が特別に見えて、羨ましいなぁって」
彼女たちを見て抱いた僕の素直な感情だ。
クイクイと、服の裾を引っ張られる。
見ると、なぜかヴィオラ様が真っ赤な顔で俯いていた。
「……わ、私が旦那様に向ける感情は特別で、唯一の関係性だと思われるのですが」
違いますか? と、潤んだ瞳で見つめられ、言葉に詰まる。
「い、いや……、それは確かにその通りなのですが!? コリウス様には主従とは思えない気安さがあるといいますか、それが僕には特別親しく見えたといいますか……ね!?」
もはや自分がなにを言っているのかわからなくなっているが、多分そういうことだ。特別が親しくて主従が……ダメだ。頭こんがらがってきた。
不意に、手がひんやりとした体温で包まれる。
「気安さ……というのは、こ、こういうのでよかった……でしょうか? こ、れで……特別親しく、思っていただける、でしょうか?」
「は、い……僕も、そう、思いまふ」
よかった、と嬉しそうに、けれど恥ずかしそうに微笑むヴィオラ様。
多分、僕がヴィオラ様とコリウス様に抱いていた感情とは違うのだけれど、もうなんかどうでもよくなった。というか、頭が茹だってなにも考えられない。
なんなのこの子。どうしてこんなことが平然とできるの? 殺す気? ときめきで僕を殺す気ですか?
最初は冷たかったヴィオラ様の手が、徐々に暖かくなっていく。まるで、繋いだ僕の手から熱が移っていくように感じて、余計身体が熱くなった気がしてくる。
うぐ、やっぱりこういう触れ合いは慣れないな。
羞恥心で目が合わせられない。
どこに視線を向けたものか。あちらこちらに泳がせていると、
「ご主人様」
と僕を呼ぶコリウス様の銀の瞳とばったり出会ってしまう。
ニコニコ笑顔のコリウス様。あ……なんか既視感。
笑顔の割に恐ろしい雰囲気を肌で感じ取って、熱かったはずの僕の体温が一気に下降。それこそ、氷水をぶっかけられたような気分だ。僕は条件反射で返答した。
「はい」
「今、私がヴィオラ様にお説教中です」
「はい、ごめんなさい」
「そういうイチャイチャは、後にしてくださいませ」
「い、いや? 別にイチャイチャってわけじゃ……」
「旦那様?」
「はい、ごめんなさい」
勝てないよね。
結局、王都の往来で夫婦二人揃ってメイドに説教されるという世にも奇妙な珍事を、王都の住民にお見せすることになってしまった。あはは……。
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