第7話ー① 小悪魔メイドのせいで、妻の柔肌を覗いてしまいました……。
――おかえりなさいませ、ヴァイオレット様。
右を見てもメイド。左を見てもメイド。
総勢100人は超すだろうメイドたちに一糸乱れぬ
流石、公爵家の
そんなわけで、僕が訪れているのは貴族や豪商が住む王都の高級住宅区にあるヴィオラ様の屋敷だ。元々は社交界シーズンのみ使っていた
……気負いなくポンッと屋敷を贈るのは、ライラック公爵家の血なのだろうか。
今日からここに泊まるの……寝れる気がしないが?
僕が屋敷や使用人に臆している間に、ヴィオラ様は常と変わらぬ態度で侍女頭と思わしきメイドに話しかけている。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ」
夜空の川のように、銀に輝く長髪のメイドが、美しい所作でヴィオラ様にお辞儀をする。
そして、ちらりと銀の
「そちらはお客様でしょうか?」
どこか声音に含みを感じる。これは、気が付いているのではなかろうか?
ヴィオラ様を見れば、無表情なのは変わらずだが頬に紅が差していた。普通の人なら気が付かない違い。けれども、侍女頭と思われる銀髪メイドさんは、その反応から察したらしい。にこやかな笑みで
ヴィオラ様は赤い唇に、剣を握っているとは思えないしなやかな指を添え、
「その……」
紫色の瞳を泳がせ、ぽしょりと呟いた。
「……私の夫です」
余程恥ずかしかったのか、最後には耳まで赤くし俯いてしまった。
聞いてる僕まで恥ずかしくなってくる。公開処刑かな?
ヴィオラ様の言葉を聞き、黄色い悲鳴を上げたのは銀髪メイドさんの後ろに控えていた若いメイドたち。
さながら庭に咲く5,000本の薔薇だ。
冷血で厳しいという噂のヴィオラ様だけど、使用人とは仲が良さそうだ。もとより、貴族の噂なんてひよこが竜になるぐらいあてにならない。こうして事実を目の当たりにすると、余計に実感する。
一歩離れたところで
「わぁ~。この方が新しいご主人様なんですね?」
「ヴァイオレット様から伺っていましたけれど……なんというか、普通」
「でもでも、素朴な感じでいいと思いますよ」
教えてあげよう。素朴という言葉は、言われてもあんま嬉しくないんですよ? ――というか、近い近い。離れて離れて。女性特有の甘い香りで立ちくらみがする。
一応、家主の夫という認識はあるのか、勢いの割に触れてはこなかった。けれど、身体と身体の隙間は僅か。触れるか触れないかの距離感で、入れ替わり立ち替わり興味津々のメイドたちに接近され、僕はたじたじだ。
女性のエスコートすら慣れていない僕には刺激が強すぎる。
見かねた銀髪メイドさんが嗜める。
「そこまでにしてください。ヴァイオレット様の旦那様に失礼ですよ」
パンパンと銀髪メイドさんが手を叩くと、はーいと返事をして素直に下がっていくメイドたち。
距離が離れてほっとするのも束の間、興味は尽きていないのか、好奇心に満ち満ちたキラキラ輝く瞳が向けられているのに気が付き、僕はうっと小さく呻く。
これは、隙を見せたら質問攻めだな。
うげぇっと思っていると、銀髪メイドさんが「困ったものです」と小さく嘆息。綺麗な所作で頭を下げてきた。
「申し訳ございません。ヴァイオレット様の旦那様に大変な失礼をいたしました」
「い、いえ。気にしないでください」
「何分、メイドたちは若い娘が多く、好奇心を抑えられないのでしょう。後ほど、叱りつけておきます」
「叱るほどのことではないですから」
むしろ、僕のせいで叱られるとか、胃痛が増すので止めていただきたい。
けれども、銀髪メイドさんはそれでは困ると言葉を重ねる。
「そう申されましても」
と、僕を促すように視線が動く。
「こちらで叱りつけておかなければ、命すら危ぶまれますのでご容赦くださいませ」
いや、命って……これぐらいのことでそんなわけ。
そう思いながら彼女の視線を追いかけて、ぎょっとした。
「貴女たち……覚悟はよろしいですか?」
ひぃっ!? なんかめっちゃ怒ってるんですけどー!?
ヴィオラ様から怒りが吹雪く。室内で、風もないというのにゆらゆら動く髪が空恐ろしい。
きゃいきゃい騒いでいたメイドたちも、今更になって竜の逆鱗に触れたことに気が付いたのか、皆顔が真っ青になっている。
「というわけですので、お叱りの件、ご理解いただけましたでしょうか?」
「(コクコクコク)ッ!?」
死ぬより説教のほうがマシに決まっている。僕は深く納得した。
それはよかったと、胸の前で両手を合わせた銀髪メイドさんが笑顔を浮かべる。
屋敷に入ってすぐ命が危ぶまれる事態。
今日からしばらくここで暮らすというのに、こんな調子でやっていけるのか。心配は雪のように積もるばかりだ。
あぁ、誰も殺されませんように。
殺人鬼のいる脱出不可能の屋敷に泊まる心地になりながら、僕の王都での生活が始まった。
――
離れがたい雰囲気全開のヴィオラ様と心を痛めながら別れ、僕は銀髪メイドさんに今日泊まる部屋へと案内してもらっていた。
「申し遅れました。私、白百合メイド隊のメイド長をしておりますコリウスと申します。以後、よろしくお願いいたします、ご主人様」
ふふりと、小さく笑みを零すコリウス様。
見事な
「白百合メイド隊?」
「はい」
まるで騎士団のような名称だ。
なんでわざわざ名前なんて付けたんだろう? 趣味?
僕が疑問に思っているのが伝わったのか、コリウス様が補足説明してくれる。
「ヴァイオレット様が規律を大事にされる方でして、集団としての意識付けをするために命名されました」
そう語るコリウス様は、どこか誇らしげだ。公爵家のメイドであるよりも、名前のある組織に所属しているというほうが誇りや愛着が芽生えるのかもしれない。実際、彼女の反応を見る限り効果はありそうだった。
まぁ、白百合というには、賑やかなメイドたちであったが。
「こちらです」
指し示された一つの部屋。
どうぞと促されるままに扉を開けて――時が止まった。
なぜなら、部屋の中には女神と見紛う美を放つ、下着姿の女性が立っていたからだ。
「あふぇ?」
「だ、旦那様?」
口から変な声が漏れた。
なにこれ。ヴィオラ様が着替え中……?
高級そうなレースの下着に魅惑の身体を包んだヴィオラ様。余分な肉のない引き締まった肢体に、服の上からではわからなかった豊満な胸が谷間を作っている。
騎士とは思えない、それこそ女神のごとき美しい裸身。
あらゆる物事を忘却して見惚れてしまっていると、ヴィオラ様が羞恥で赤く上気した肌を恥ずかしそうに隠す。
「あ、……あまり、見つめないでいただけると」
「――ッ!?! 失礼いたしました――――ッ!!」
どぉぉおおおおなってんのよもぉぉおおおおおおおおおおおおっ!?
ようやく事態を理解した僕は、叩きつけるようにバタンッと勢いよく扉を閉める。礼儀とか礼節とか気にしてる余裕はない。
ド、ド、ド、と
あ、危なかったぁ……一瞬、ヤバいモノが目覚めかけた。
いや、危ないというか、完全なるやらかしであるわけだけれども。
というか、
「これはどういうことですか!?」
めっちゃ着替え中だったけど!? というか、ここヴィオラ様の部屋だよねぇ!? 絶対客室じゃないよねぇ!?
振り返って、コリウスに問いただす。すると、彼女はまぁ大変とでもいうように口元を手で覆うと、
「間違えてしまいました。申し訳ございません。……ふふり」
しれっと、悪びれもせずにそんなことを口にする。
嘘だ……絶対わざとだこのメイド長。
初見に抱いた礼儀正しいメイドという印象は音を立てて砕け散り、小悪魔のしっぽが顔を出す。
仕える
信じられないという思いで彼女を見つめていると、ギィッと響く軋む音に身体がビクリッと跳ねた。
「だ、旦那様……」
振り向けば、小さく開けた扉の隙間から顔だけを覗かせるヴィオラ様。
その顔は未だに赤く、羞恥で染め上がっている。
待って待って。大した時間経ってないんだけど、着替え終わったの?
身体は扉の影に隠れて見えず、その先がどうなっているのかは伺えない。けれど、先程の光景をまざまざと思い出してしまい、慌てて鼻を押さえる。ヤバい……鼻血出そう。
照れが照れを加速させ、周囲の温度がグングンと上がっていく錯覚に陥る。
「お見苦しいモノをお見せしました」
恥ずかしがりながらも、どこか申し訳なさそうにするヴィオラ様。
お見苦しいって……。
脳裏に刻まれて消えないヴィオラ様の裸身を思い描き、
「凄く……綺麗でしたよ」
つい、口を滑らせ、思ったままを口にしてしまう。
すると、一瞬目を丸くしキョトンとした様子のヴィオラ様だったが、数秒後、僕の言葉が脳に届いたのか、赤かった顔を増々火照らせ、耐えかねたかのように俯いてしまう。そして、ぽしょりと蚊の鳴くような声で呟く。
「ありがとうございます……」
「いえ……こちらこそお礼申し上げます」
着替えを覗き覗かれお礼を言い合う謎すぎる状況。
下着姿を見てお礼申し上げるとか、最低すぎない、僕?
もはやのぼせてしまいそうな空気の中、唯一涼しげな顔の
「夫婦仲がよろしいようで、安心いたしました」
いや、反省しろ。
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