第6話ー② 王都で迷子になった僕は、再会した騎士団長を妻と紹介して照れさせてしまう。
女の子と手を繋ぎながら、彼女の母親を探す僕は王都の商業地区を訪れていた。
商業地区の中でも、高級店が立ち並ぶ上層区。
貴族や富裕層が利用する場所で、道行く人々の身なりも小綺麗で洗練されている。
うぅ。場違い感半端ないんだけど。
田舎者からすると、平民が利用する場所ですらお上りさん丸出しなのに、貴族御用達のお店が立ち並ぶ場所などもはや立っているだけで居たたまれれない。
早く要件を済ませて帰ろう。母親を探してキョロキョロ辺りを見回す女の子に声をかける。
「この辺りではぐれたんですか?」
「はい。おかあさま、かいものばっかりでつまらなかったから……」
ふらふらしていたらはぐれてしまった、と。子供が迷子になる理由なんてそんなものだろう。
そう思ったのだが、どうやら違ったらしい。女の子の大きな瞳がキラリと光る。
「ぼうけんしんにひがつきました」
「うん、貴女意外とお転婆ですね?」
そういえば、一年前もそんな理由で迷子になっていたはずだ。どうやらお互い成長のない年だったらしい。
やや呆れていると女の子が「あ!」と声を上げる。
彼女の視線を追いかけると、そこには見覚えのある二人の女性が立っていた。
一人は、女の子に雰囲気の似た妙齢のご婦人。不安そうな表情で、向かいの女性に話しかけている。
そして、ご婦人の話を訊いているのは、欠片も感情を見せない、真っ白な騎士服を身に纏った――
「……ヴィオラ様?」
「っ、……だ、――カトル様ッ!?」
僕を認めた瞬間、ヴィオラ様は上擦った声をあげながら近寄ってきた。
彼女は先程までの無表情を崩し、心配そうに僕の身体を見て回る。
無事なのを見て安心したのか、安堵の息を吐く。そして、縋るように僕の服を掴むと、瞳を潤ませて僕を見上げてきた。
「ご無事で安心しました……! だっ、……カトル様にもしものことがあったらと思うと、私はもう……っ!」
「も、申し訳ありません。ご心配をおかけしました」
相当心配させてしまっていたようだ。ヴィオラ様の悲痛な表情を見ると、胸が痛む。
素直に頭を下げると、ヴィオラ様が慌てて両手を振る。
「い、いえ! 頭を上げてください! 全てはだんっ、……カトル様より目を離してしまった私の責任です。こちらこそ、申し訳ございません」
「……その謝られ方は、情けなさ過ぎるのですが」
完全に子供扱いである。
迷子になった僕が間違いなく悪いので、なおバツが悪い。
いやいや私が、いえいえ私がとお互いに謝り合っていると、
「おかあさま!」
「フリージア!?」
僕と手を繋いでいた女の子が、泣きながらご婦人に抱きつく。
どうやら、ヴィオラ様と一緒に居たのがお母様だったらしい。恐らく、騎士服を着ていたヴィオラ様に探してもらうようお願いしていたのだろう。
偶然とはいえ、揃って探し人と出会えたのは運が良かった。
母娘の感動の再会。
見つかって良かったと頬を緩ませていると、ヴィオラ様が目を見開いて僕を見つめていることに気が付いた。
酷く驚いているような、なにかを訴えかけるような表情。
なんだろう。はぐれた以外になにかしたかな?
うんうんと考えた僕はとある結論に至る。
……もしかして、幼女誘拐だと思われてる!?
「い、いえ!? 違いますよ!? あの子が迷子になっているところを偶然見つけただけで、決して誘拐とナンパとか、そうした趣味があるわけではなく――」
「ヴァイオレット様」
あたふたと弁明していると、ぎゅっと手を繋いだ母娘が歩み寄ってきた。
娘を見つけて安心したのだろう。先程の不安そうな表情から一転、穏やかな微笑みを浮かべたご婦人がヴィオラ様に頭を下げる。
「ありがとうございます。こうして娘を見つけることができたのはヴァイオレット様のおかげです」
「……いいえ。私はなにもしておりません。お礼を言うなら」
と、促すようにヴィオラ様の視線が僕へと向けられる。
「彼にお願いします」
水を向けられた僕は戸惑ってしまう。
お礼と言われたところで、一緒に迷子になっていただけで、なにかしたわけではない。
……むしろ、お世話されていたような気もする。
そんな僕の焦りは露ほども伝わらず、一つ頷いたご婦人が僕に顔を向けると「あら?」と疑問の声を上げた。
「貴方……もしかして、一年前も迷子になった娘を連れてきてくれた方ではありませんか?」
「へ? いやぁ……それは」
「はい。まいごのおにいさんです!」
なんと答えようか悩んでいると、フリージアと呼ばれていた女の子が元気な声を上げた。
やめないその呼び方? ただの恥晒しなんだけど。
羞恥で顔が熱くなっていると、ご婦人が「やっぱり」と頷く。
「ありがとうございます。貴方にもなんとお礼を申し上げればいいか」
「い、いえ。お気になさらず」
本当に対したことはしてないのだ。感謝を重ねられるほうが帰って恐縮してしまう。
「なにかお礼をしたいのですけれど……お金、というのも失礼でしょうか?」
「謹んでお断りいたします」
迷子の娘さんをお届けしただけで、金品を貰うわけにはいかない。申し訳なさばかりが募ってしまう。
「そうなりますと、そうですね……うふふ」
なにかを思い付いたのかフリージア様にソックリな上品な笑みを浮かべる。
「娘なんていかがでしょうか?」
「流石にそれは……」
犬猫じゃないんだから、そんな簡単に貰えない。なにより、受け入れた場合、僕が幼女趣味の変態犯罪者に堕ちる。
「安心してください。この子ではなく、上の子です。私に似て美人ですから、きっと気に入りますよ?」
「そういうことではなく」
なにやら楽しんでいる様子。どうにも、本気か冗談か掴みかねて返答に困る。
「……」
そして、背後から感じる刺すような冷気。氷の短剣で刺されるような痛みが背中を襲っている。
振り向きたくないなぁ。絶対怒ってるよ。
前門のご婦人。後門の妻。退路なき戦いをどう切り抜けたかものか、胃がねじ切れそうになりながらも考えて……はぁ、と嘆息。
しょうがないかぁ。顔が赤くなっているのを自覚しながら、僕は刺々しい冷気を放ち続けるヴィオラ様の手を取って横に並ばせる。
「だんっ、……カトル様っ?」
僕の行動に驚くヴィオラ様には応えず、僕は言う。
「妻のヴィオラです」
「っ……」
途端、ヴィオラ様の顔が熟した果実のように赤く染まる。
あせあせと狼狽するヴィオラ様だったが、意を決したようにご婦人に向き直ると深々頭を下げた。
「夫のカトルです」
僕もヴィオラ様も火照った顔を隠すこともできない。沸き立つ羞恥に、もはや一杯一杯だ。
そんな僕たちの夫婦発言を受け取ったご婦人は、一瞬驚いた様子だったが、腑に落ちたように優しい笑みを浮かべた。
「そう……縁ってあるものなんですね」
確かにその通りだ。
一年前と同じように迷子になって、こうして再び出会うというのは、なかなかの縁だと思われる。
「うふふ。新婚さんのお邪魔をするわけにはいきません。お礼はまたいずれ。今日はお暇します。行きましょう、フリージア」
「はい。まいごのおにいさん、またあいましょう」
仲良く手を繋いだ母娘は、別れを残し去っていった。
そして、残された僕とヴィオラ様の間にはなんとも言えない空気だけが残る。
顔合わせ辛いなぁ。
そう思っていると、柔らかななにかが遠慮がちに僕の小指に触れた。
見れば、耳まで真っ赤にしたヴィオラ様が、俯いたまま白い指先で掴んでいた。
「迷子……にならない、ように……こうするのがよいかと思います…………旦那様」
人目があるからか、呼びかけては止めていた旦那様呼び。
恥ずかしくとも、どこか嬉しそうなヴィオラ様を見ていると、微かに触れ合う小指から彼女の熱が伝わってくるかのようだ。
「そ、そうですね。また、迷子になったら困りますから」
「は、はい……」
明々白々な免罪符。それでも、言葉にしなければきっと離していたから。
手を繋ぐというには小さ過ぎる触れ合いだけれど、伸びる影を繋げて僕たちはゆっくりと歩き出した。
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