第6話ー① 王都で迷子になった僕は、再会した騎士団長を妻と紹介して照れさせてしまう。
多くの人で賑わう王都。
綺羅びやかでありながら、無秩序に物がごった返して窮屈な印象を受けるのは、僕が田舎者だからだろうか。
道行く人とすれ違う時には身体がぶつかってしまい、人波に揺られて酔いそうだ。
そんな田舎から出てきた野暮ったい男間違いなしの僕は、道の端っこで途方に暮れていた。
「……ここ、どこ?」
うわー、迷子。言い訳の余地なく完全無欠に迷子じゃん。
王都のど真ん中でヴィオラ様とはぐれてしまった僕。視界一杯の人混みを見て、彼女と再会できるのか不安で胃が痛む。
とりあえず、ここは王都のどの辺なのだろうか?
場所だけでも確認しないと始まらないので、近くの人に声を掛けようとした時、不意に小さな女の子の声が聞こえてきた。しかも、泣き声。
声のする方向を見れば、知識のない僕でも一目見て上質と分かるピンク色のドレスを身に纏った小さな少女が、大きな瞳に涙を溜めてボロボロと泣いていた。
「迷子かなぁ……」
女の子の近くに保護者の姿はない。
「……おかぁっ、さまぁ……ぐずっ、うぅぅっ」
どうやら僕同様、はぐれてしまったらしい。鼻をすすりながら、うずくまって泣いている。
そんな女の子を見て、通りかかる人々は心配そうな表情を浮かべている。けれど、遠巻きに様子を伺うばかりで誰も声を掛けようとはしなかった。
都会の人は冷たいって噂だったけど、この状況を見ると真実味が増すなぁ。
とはいえ、いくら都会人の人情が薄かろうと、見渡す限り人だらけの街路。誰一人として泣いている女の子を助けようとしないのは不可思議だ。
改めて周囲の人々と女の子の姿を見て、「あぁ」となんとはなしに理解する。
貴族の子供に関わりたくないのだ。
王都といえど、そこらかしこに貴族がいるわけではない。とりわけ、この辺りは平民が多い区域なのだろう。王都に住めるだけあって垢抜けた者が多いが、気位の高そうな貴族の姿は見当たらなかった。
逆に、この女の子は間違いなく貴族の子供。しかも、相当高位だ。
着ているドレスはとびきり上等。髪から足先までコーディネートされた身なりは間違いなくお金がかかっているし、領地にいるお転婆な娘たちとは違い、泣いているにも関わらずその仕草の一つひとつに品がある。
つまるところ、通行人の気持ちとしては、女の子は心配だけど、上級貴族の子供に声をかけて万が一にでも誘拐犯に間違われたくないわけだ。善意の行動であっても、悪として受け取られるなんて世の中にはざらにある。最悪、誤解で首が飛びかねないのだから、助けるのに二の足を踏んでも仕方がない。
なので、僕としても声をかけないのが賢いのだろうけど……。
「お゛があ゛ざま゛ぁ゛……っ!」
見捨てられるわけないよね。僕はため息をつく。
同じ迷子の僕がどれだけ役に立つかはわからないけれど、傷を舐め合うぐらいはできるだろう。
……推定年齢一桁の女の子と同じ境遇とか、情けなくて僕まで泣きそうだけども。
はは、と乾いた笑いを零しながら、未だに泣いている女の子に声を掛けようとして、
「貴族の子供だぁっ!」
「い゛や゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」
目の前で、見るからに柄の悪い男二人組に女の子を連れ去られてしまう。
「……はへ?」
突然の出来事に一瞬、呆けてしまう。
いや……え? これって……
「誘拐じゃないですかー!?」
なんでこうなるの!?
周囲が騒々しくなり始めるが、気にしている余裕はない。咄嗟に僕は女の子を抱えて逃げる男二人を走って追いかける。
「こらそこの誘拐犯待ちなさーい!」
「誰が待つか!」
「そうだ! 俺たちゃコイツを使って、親から身代金を奪うんだからな!」
人垣をかき分けながら、男たちは怒鳴り返してくる。
こんな往来で、それも白昼堂々誘拐したわりには口が軽い。自分たちのことを誘拐犯と認めた上、目的まで堂々と語るとか、計画性うんねん以前にバカなのではなかろうか? いや、バカなんだろうけど。
とはいえ、身体能力はなかなかのもの。
人混みという名の障害物があるとはいえ、田舎で畑仕事に精を出す僕が追いつけないとは。
このままだと見失うかも。
そう思ってちょっと焦り出した僕だったけど、
「ガハハ! これだけ高そうな服を着てるんだ! そりゃあ親も大層な金持ちだろうよ!」
「これで一生遊んで暮らせますね!」
「おうよ! 今夜は女を買って楽しもうじゃねぇか兄弟!」
うーん。ご機嫌な大声で居場所丸わかり。やっぱり、バカだなぁこの二人。
聞くに堪えない下劣極まる内容と声だが、僕としては助かる。
とにかく引き離されないように追っていると、先頭を走っていた男が突然コケた。
「ふべっ!?」
「あ、兄貴!?」
女の子を抱えた小柄な男が慌てて駆け寄る。
頭でも打ったのか、険しい顔で額を押さえながら男が立ち上がる。そして、周囲の人々に向けて声を荒らげた。
「誰だ今俺様の足を引っ掛けた奴はっ!?」
なるほどそういう。
都会の人が冷たいというのは、僕の勘違いだったのかもしれない。
ようやく男たちに追いつくと、大男を心配する小柄な男に抱えられた女の子とバッチリと目が合う。
「……うえっ」
一瞬、泣き出しそうにくしゃりと顔を歪ませたが、女の子は決意した表情を浮かべると、ベソをかいたまま大きな口を開け――ガブリ。
「いっで――――ッ!?」
小柄な男の首に勢いよく噛みついた。おおぅ、勇敢。
痛みに耐えかねたのか、女の子の拘束が緩んだ。その気を見逃さず、男の腕からするりと抜け出した女の子が、慌てて僕の方向へ逃げてくる。
膝を付き、両腕を広げて待ち構えると、ぽふんと胸の中に女の子が収まった。
「まいごのおにいさん……っ!」
えぇ……一目見て迷子って断言されるほど道に迷ってそうなの、僕? ちょっとショック。
「よくもやってくれなクソガキがぁ!?」
「おいお前! 痛い目見たくなかったら、その金づるを返しな!」
揃って痛みから帰ってきたガラの悪い男二人が、血管が浮くほど拳に力を込めながら近付いてくる。顔は真っ赤で、見るからに怒り心頭だ。
「まいごのおにいさん……ぐす」
腕の中で心配そうな声を出す女の子。安心させるように頭を撫でる。
ここで悪漢二人を倒せたら格好良いんだろうけどなぁ……。
ちらりと男二人の身体に視線を走らせる。なかなかの筋肉。冒険者崩れかなにかかなぁ。
うん、まぁ、無理。
そうなると、やることは一つしかない。
「ごめんあそばせー!」
「あ゛ッ!? おいふざけんな逃げんじゃねぇぇえええっ!?」
大男の制止の言葉もなんのその。
女の子を抱えたまま僕は、脱兎のごとく逃げ出すのであった。
――
「どう……にかぁ、にげっ……きったで、しょうかぁ……?」
追う者追われる者が入れ替わった追いかけっこをどうにか制し、僕は屋台ひしめく噴水広場で膝をつき息を整えていた。
いくら小さな女の子とはいえ、抱えて走るのはなかなかキツかった。
けど、苦労の甲斐はあり、誘拐犯二人の姿はない。まだ安心とは言い切れないが、ひとまず胸をなでおろす。
「あの……だいじょうぶですか?」
「うん? あぁ、大丈夫大丈夫。これぐらいなんともないですよ」
一緒に逃げていた女の子が、噴水の
女の子を安心させるように微笑む。けれど、走りすぎて呼吸が荒いままのせいか、女の子は心配そうなままだ。先程、自分の涙を拭っていた高級そうなハンカチを取り出すと、僕の額の汗をせっせと拭い始める。
「あ、汗ぐらいすぐ乾くから気にしないでいいですよ!?」
「だって、おかぜひいてしまいます」
「元気だけが取り柄だから平気です!」
むしろ、そのやたら肌触りの良いハンカチで汗を拭かれるほうが体調悪くなるよ! いくらすんのそれ? 絶対弁償できないよ? めっちゃ困る。
前のめりに僕が断ると、しゅんっと女の子が落ち込んでしまう。
じわりと再び大きな瞳から涙が零れそうになり、結局僕は降参。やたら高そうなハンカチに心臓をバクバクさせながら、甲斐甲斐しく少女に汗を拭ってもらうのだった。子供の涙には勝てないよ。
ひとしきり休憩を済ませた僕は立ち上がると、女の子の華奢で小さな手を取る。
「じゃあ、お母さんを探しに行こうか」
「はい」
そう言って、ようやく子供らしい笑顔を見せた女の子。
一安心するのと同時に、なにやら既視感を覚える。
そういえば……一年前にもこんなことがあったような?
王都を訪れて迷子。同じように迷子になっていた女の子を親元へと返す。
確かその時も、身なりの良い小さな女の子だったはず……?
「……もしかして、昔あったことあります?」
「なんぱですか?」
「違いますよ!?」
どこで覚えてきたのそんな言葉!?
風評被害甚だしい。誰にも聞かれていないか慌てて周囲を見回すと、幼い見た目には似つかわしくない、どこか上品な笑みを女の子がクスクスと零す。
「じょうだんです。きょねんも、おかあさまとはぐれたとき、まいごのおにいさんがたすけてくれました」
「そ、そう。なら、よかった」
本当に。心臓に悪い冗談は止めてね?
でも、そうか。去年もこんなことが……女の子はともかく、過去の過ちを忘れてもう一度迷子になるとか、一切成長してないのね、僕。
「まいごのおにいさんは、きょうもまいごですか?」
「……うん、そうですね。迷ってますね」
道にも人生にも。
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