幕間 寂しがり屋の妻に「一緒に王都へ行きましょう」とせがまれたら、貴方は断れますか?
「で、ヴィオ団長はいつ王都に戻るんですかー?」
メイド(本物)に出されたスコーンをもぐもぐと食べながら、メイド(偽)ことルージュ様がヴィオラ様に質問を投げかけた。
訊くのか……今それを。
朝、僕の胃を痛めながら悲壮な別れを告げたはずのヴィオラ様は、カップに口を付けたままビシリッと固まった。まるで石像にヒビが入ったかのような音が響く。
「……貴女には関係ありません」
「仕事してくださいよヴァイオレット騎士団長ー?」
休暇取りまくっているルージュ様だけには言われたくないだろうね。
実際、ヴィオラ様も不満があるのか、目を細めてルージュ様を睨めつけている。
とはいえ、だ。
本来、ヴィオラ様は騎士団長としての職務を全うしている時間。離れがたくとも、いつまでも屋敷に留まらせるわけにはいかない。
「ルージュ様に加担するわけではありませんが」
ここ重要。
「そろそろ、王都に戻らなくて大丈夫ですか?」
ヴィオラ様は公爵令嬢にして王国唯一の女騎士団長だ。立場もあるのだから、このままティータイムを楽しみ続けるわけにはいかないだろう。
そのはずなのだが、僕の言葉に感情の薄かった無表情は途端に眉尻を下げ、この世の終わりとでもいうように潤んだ瞳を僕に向けてきた。
「……一緒に居ては、いけませんか?」
「い、いけないってわけじゃないんですけど……ゔぃ、ヴィオラ様のーね? 立場とか、風評とかがあるじゃないですか? それをこんなことで傷つけるのも、いかがなものかと思いまして」
「ダメ……ですか?」
まるで幼気な少女のように、両手を組み懇願してくる。
これがルージュ様ならあざとい演技だと確信したが、相手は厳格で知られるヴィオラ様だ。一緒に居たいというのは間違いなく彼女の本心。切々と訴えてくる瞳が嘘なわけない。
じーっと穴が空くほど見つめられ、冷や汗ダラダラ。一秒、二秒と時を重ね、僕は屈した。
「あー……はい。なんでもないです」
「よえー」
辛辣なルージュ様の合いの手。うるせいわい。
「そうですか。ありがとうございます」
ほっと胸をなでおろし、柔らかく微笑むヴィオラ様。
それが見れただけでも良しとしようと、今後起こるだろう諸々を忘れようとしたのだけれど、
「カトルも行けばいいじゃない」
と、突然母上様に告げられ、「はぃ?」と僕の口から戸惑う声が零れた。
振り向けば、メイドの代わりに紅茶の追加を持ってきた母上様が、ごくごく当たり前のような顔で立っていた。
「いや……行けって、どこに?」
「王都」
でしょうね。けど、そう簡単に行けるわけがない。
「とはいっても、領主の仕事もありますし」
「まだ貴方は領主じゃないでしょう? あくまで、仕事を肩代わりしてるだけ。お父様にやらせるわ」
まるで決定事項のように言う。
僕の意志も、父上の意志も考慮されていない。今、この話を父上が聞いていたら、絶対青ざめてただろうな。母上様に逆らえないから粛々と仕事するんだろうけど。男はつらいよ。
だが、問題は時間だけではない。
「ですが、旅費もありませんし……」
「私が出しますので安心してくださいっ」
前のめりに提案してきたのはヴィオラ様だ。悲しそうに下がっていた眉はキリリッと吊り上がり、期待に満ち満ちて輝く紫の瞳を真っ直ぐ僕にぶつけてくる。
あまりの勢いに、顔を引きつらせながら僕は僅かに仰け反った。
「さ、流石に、女性に旅費を持ってもらうのは情けないと言いますか……体裁が、ね?」
「気にしないでください」
「んふふー☆ ひーもおーとこー♪」
余計な茶々を入れるルージュ様を、ヴィオラ様がジロリと鋭い眼力で黙らせる。
気にしないでと言われたところで、既に屋敷の修繕(新築)までしてもらっている。結婚したとはいえ、ヴィオラ様に頼り切ってしまうのはあまりにも情けない。
どうすればヴィオラ様を悲しませず断れるか。
悩んでいると、母上様が助け舟を出してくる。
「お金なら心配しないでいいわ。うちで出すから」
ただし、ヴィオラ様に。
「ヴィオちゃんのおかげで屋敷の修繕費がいらなくなったから。そのぐらいなら問題ないわ」
それに、と母上様は優しい微笑みをヴィオラ様に向ける。
「新婚旅行もまだでしょう? こっちのことは気にしないで、王都だけじゃなく、そのままどこかで楽しんでいらっしゃい」
「お義母様……ありがとうございます」
ヴィオラ様が感極まったように目尻に涙を浮かべ、頭を下げた。
もはや行かないなんて言える雰囲気ではない。川の流れのように止められない義理の母娘の感動劇を観せられながら、僕は流木のように身を任せるしかなかった。
つまり、
「王都行き決定ですねー?」
そういうことになった。
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