第12話 職人の醍醐味

 完成した2つの特製フライパンを持って、メイとイナリは、定食屋へとやって来ました。


「こんにちは」

「いらっしゃい。あ、メイちゃんじゃないかい。ちょっと待ってておくれ、今、息子を呼んでくるからね」


 メイが挨拶しながら定食屋さんへ入ると、おかみさんが挨拶もそこそこに、息子のミゲルを呼びに行きました。


 ミゲルが来るまでの間に、メイは特製フライパン2つを鞄から出して、テーブルの上に置いておきました。


「メイさん! フライパンは!?」

「ふふっ、完成しましたよ。こちらが、そのフライパンです」


 どたどたと慌てた様子でやって来たミゲルは、メイを見るなりフライパンの一言が飛び出しました。


 その様子に微笑みながら、メイはテーブルに置いた2つの特製フライパンを指し示します。


「えっ? 2つも?」

「こちらが、予定通り鉄製のフライパンで、もう片方のこちらは、フラパン合金という材料で作ったフラフラパンです」


「えっと、鉄のフライパンと、フラフラ?」

「フラフラパンです。2つを使い比べてもらって、より良いフライパンの方を納品しようと思います」


 2つのフライパンを前に戸惑うミゲルに、メイはそれぞれのフライパンを手に取って紹介しますが、ミゲルは、突然出て来たフラフラパンという名に目をパチクリさせて困惑していました。


「な、なるほど、さっそく試してみてもいいでしょうか」

「もちろんです」


 ミゲルは、フラフラパンと言う名をスルーして、子供のように瞳を輝かせると、2つのフライパンを手に、どたどたと厨房へ向かいました。


 メイがおかみさんと世間話をしながら待っていると、いい匂いが漂ってきて、ミゲルが出来立てのチャーハンとスープを持って、嬉しそうに厨房から出て来ました。


「メイちゃんの作ってくれたフライパンは素晴らしいよ!」

「お気に召しましたか?」


「もちろんだとも。さっそくチャーハンを作ってみたんだけど、最高の出来に仕上がったよ。是非とも食べてみて欲しい」


 そう言いながら、ミゲルは、メイの前にチャーハンとスープを並べます。


「それじゃぁ、遠慮なく」

「ぼくもぼくも」

「ふふっ、イナリも一緒に食べましょう」


 メイはイナリにチャーハンを一口食べさせ、そして自分も一口食べました。


「「おいしい!!」」


 メイとイナリは、目をまん丸にして、そろって同じ言葉を漏らすのでした。

 それを見ていたミゲルも、おかみさんも、とても嬉しそうに微笑んでいます。


「なんていうのかしら、お米の一粒一粒がパラパラしていて、お米を噛み締める食感と、噛んだ時に広がる味わいが素晴らしいわ」

「お米の一粒一粒にちゃんと味が付いているみたいだね」


 メイとイナリは、それぞれの言葉で食べた感想を述べながら、幸せそうに一口、また一口と、チャーハンを味わうのでした。


「メイちゃんの作ってくれたフラフラパン?を使ったら、食材に一気にぶわーっと火が通っていくんだよ。それでいてフライパンが焦げ付く様子もなくってね、なんか腕が上がったんじゃないかって思えるほどだよ」


「そりゃぁ、あんたの腕が上がったんじゃなくって、メイちゃんの作ってくれたフライパンのおかげだよ」


 ミゲルさんが興奮気味に、フラフラパンを使ってみた感想を述べると、おかみさんも嬉しそうにメイのフライパンのおかげだと褒めてくれるのでした。


「壊れてしまったフライパンよりも、すごく手に馴染むし、もう言うことなしだよ」

「ふふっ、それは良かったです。それで、鉄製とフラパン合金製とを比べてみてどうでしたか?」


 満面の笑みでフラフラパンを絶賛するミゲルに、メイは、どちらのフライパンが良かったかを尋ねました。メイとしても、違いが気になるのでしょう。


「うん、鉄製のフライパンでもチャーハンを作ってみたけど、やはり、フラフラパンの方が、断然熱の通りが良かったと感じたよ」

「そうですか。それじゃぁ、納品の方は、フラフラパンの方でいいですね」


「えっと、それなんだけど、2つとも買わせて貰えないかな」

「それはいいですけど、お代は大丈夫ですか?」


 評判の良かったフラフラパンを納品しようというメイの言葉に、ミゲルはちょっと困った顔をして両方購入したいと言い出しました。


「鉄のフライパンは、わしが買わせてもらおうと思っての」

「源さん!?」


 厨房から、定食屋の主人が現れて、メイが驚きの声を上げました。


「ふぉっふぉっふぉ、ちょいと使わせてもらったが、なかなか手に馴染んでの。気に入ったので購入しようと思ったのじゃが、どうじゃ? 売っては貰えんか?」


「もちろんお売りしますよ。でも、鉄製でいいんですか? よければフラパン合金製のフラフラパンを作りますよ?」


「ふぉっふぉっふぉ、わしには鉄のがちょうどいい。そのなんちゃら合金製じゃと わしの腕に余ってしまうでの」


「ふふっ、そうですか。では、その鉄製フライパンを納品させて頂きます」


 なんと、メイの作った特製フライパンは2つとも売れてしまいました。これには、メイもほくほく顔でした。





 その後、特製チャーハンを平らげて、メイは定食屋をお暇しました。そして、子ぎつね印の鍛冶屋さんへの帰り道、メイはイナリと嬉しそうに話しをします。


「材料一つで、フライパンの性能に差が出るなんて、やっぱりフライパンは奥が深いわね」

「いい経験が出来たね」


「そうね。それにしても、あんなに喜んでもらえて、ありがたいわ」

「メイも、いつも以上に嬉しそうだよ」


「そりゃぁそうよ。こうして自分の手で作り上げたものが、あんなに人を喜ばせることが出来たのだもの。これこそ職人の醍醐味ね」


 子ぎつね印の鍛冶屋さんは、普通の鍛冶屋ではありません。若いメイド姿の職人さんが、ちょっと変わった手法で作る製品は、今日もお客さんに笑顔を運んできたのでした。



 ~ おしまい ~

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子ぎつね印の鍛冶屋さん すずしろ ホワイト ラーディッシュ @radis_blanc

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