第9話 コーティング

「さぁ、今日は、魔法のコーティングをするわよ」

「がんばれー」


 朝から鍛冶場に入ったメイは、昨日仕上げた特製フライパンを金床の上に置き、元気いっぱいに、本日の作業予定を口に出しました。


 イナリは、すでに応援の構えです。


「マジカルハンマー!!」


 メイが職人の腕輪へ手を触れて、そう唱えると、腕輪から細長い棒の先に可愛らしい小ぶりのハンマーヘッドが付いたマジカルハンマーがポンっと現れました。


 メイは、マジカルハンマーをパシッと手に取り、くるくるっと回すと、特製フライパンへ向けてハンマーをスチャッと構えました。


「付着防止コーティング!!」


 メイが、コーティング名を叫びながらマジカルハンマーで特製フライパンを打ち叩くと、フライパンの上に魔法陣が展開されて、その魔法陣は特製フライパンに吸い込まれるように消えてゆきました。


「ふぅ、これで魔法コーティングも完了よ」

「おみごと!」


魔法コーティングを終え、額の汗をぬぐうメイへと、イナリがパチパチと拍手を送りました。


 マジカルハンマーは、職人の腕輪の能力を宿していて、メイが作った製品へさまざまなコーティングを施すことが出来る特殊なアイテムです。


 普通の鍛冶職人には難しいとされるコーティングも施すことが出来ますが、かなりの魔力と集中力が必要なので、なかなか難易度の高い技術なのです。


「魔力が消費されるとはいえ、マジカルハンマーで叩いただけでフライパンの表面コーティングが出来るなんて不思議よね。まるで狐につままれた気分だわ」


「こうかい?」

「いたたたた……。やっぱり夢じゃないわね」


 メイは、イナリにほっぺたをつままれて、これが現実なのだと改めて理解するのでした。


「さぁ、最後にもう一度、最高品質まで品質を向上させれば、究極のフライパンが完成するわ」

「さっそく、ダンジョンだね」


 魔法のコーティングを掛けると、やはり最高品質から並品質まで品質が下がってしまうため、ダンジョンで魔物を倒して品質を上げようというのです。


 職人の腕輪の力を存分に使う鍛冶仕事は、なかなかに大変なのです。


「ちょっと待ってね。こっちにも魔法コーティングを掛けるから」

「それは鉄製のままだけどいいの?」


 メイは、ミゲルの依頼を受けて作った2つの同形状のフライパンのうち、材質変更をしていない鉄製のフライパンを持ち出してきて、金床の上に置きました。


「いちおう、念のために、鉄製の物も仕上げておくつもりよ。フラパン合金製と比べてもらおうと思ってね」


「なるほど、材質の違いがどれほどのものか、試してもらうんだね」

「そういうことよ」


 メイは、マジカルハンマーを構え、鉄製の特製フライパンにも、付着防止コーティングを掛けるのでした。




 そして、メイとイナリは、今日もまた、ダンジョンの角ウサギ出没エリアへやって来たのです。


「ふふっ、今日もウサギがたくさんいるわね。品質上げが捗りそうだわ」

「昨日よりも、さらに増えているみたいだけど、これって魔物が異常発生しているんじゃないの?」


「そうかしら? まぁ、そっちの方は、ハンターギルドが何とかするでしょうから、私たちは、目の前の仕事に全力投球よ!」

「やれやれ、メイには敵わないな」


 イナリの心配もなんのその。メイは、フライパン二刀流で四方八方から襲ってくる角ウサギを倒しながら、フライパンの仕上げに全力投球する意気込みを語ります。


 イナリもイナリで、なんだかんだ言いながらも、メイが倒した角ウサギの魔石を回収して回ります。


 ダンジョンにおける魔物の異常発生というのは、単純に魔物の数が増えて危険度が増すだけでなく、変異種発生の温床になったり、スタンピードへとつながったりすると言われていて、ハンターギルドも常に情報を集め、目を光らせているのです。


 とりわけダンジョン上層部分で魔物の異常発生が起きた場合、駆け出しハンターが犠牲になったり、スタンピードへつながりやすいとされていて、迅速な対応が必要とされています。


 それゆえ、魔物の異常発生の兆候が感じられた場合は、速やかにハンターギルドへ報告することになっているのです。

 メイも、ハンター登録しているのですが、ちょっと自覚が足りないようです。


「はっ!?」

 ガンッ!!


 突然、通常の角ウサギよりも、はるかに高速で突撃してきた角ウサギに気付き、メイは咄嗟にフライパンで防御しました。


「あのウサギ、異常に速いわ……」

「赤い角ウサギだよ」


 メイが呟いている間に、ぴょんぴょんと、素早くメイと距離を取った全身真っ赤な角ウサギは、いつでも突撃できるぞという構えでメイと対峙しました。


「噂の紅彗星のお出ましかしら?」


 メイは、対峙する赤いウサギを見つめながら、あっけらかんと呟くのでした。

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